【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました―― 作:河畑濤士
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次回更新は1月21日(火)を予定しております。
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約20年前――。
「女の子なら美雪という名前をつけたい」
鬼威は、そう語る妻に対して、はじめは難色を示した。
雪というのは春には
未来ある子どもに使う漢字ではない、というのが彼の率直な感想であった。
が、事前に名前は男の子なら鬼威が、女の子なら彼の妻がつけると約束していたこともあって、彼は強硬に反対することもなく、容易く譲歩した。
そこでその話は終わったし、鬼威美雪がこの世に
元気に泣く赤子を健やかに育てるために、鬼威も鬼威の妻も全身全霊を注いだ。
鬼威美雪はよく笑い、よく泣く子だった。
ころころと表情を変えた。
そのひとつひとつが愛おしく、同時に、
(いつかは大人になって、この家を出ていくのだなあ)
と切なくもなった。
「……館長?」
後ろを付き従う
「すまない、
鬼威がいる“第1展示室”は、全周に展示用のケースが置かれている。
そこに収蔵されているのは、少女たちとその暴威が封じられたカードだった。
――艦娘とは、軍事科学技術で説明しきれるものではない。
艦娘は深海棲艦に対して唯一有効な打撃を与えられる軍事兵器であり、既存の科学の埒外に在る存在でもある。
彼女たちは、3つの形態を採る。
ひとつは第二次世界大戦前後の艦艇の姿。
ひとつは火器や装甲を
そして最後は、物言わぬトレーディングカード然とした姿。
彼が知り合った“提督”いわく、艦娘の戦闘力が最大限まで活かせるのは少女の姿だという。
なにせ少女のサイズともなれば、その正面投影面積は非常に局限される。
一方でその
つまり人間大のサイズに、艦艇の馬力と火力が結集しているのである。
人類が誇る最強の兵器と呼ばれるのも当然の代物であった。
が、いまその艦娘たちは、ただの紙切れとなって目の前に飾られている。
この休眠の状態から再び艦娘の力を引き出すことは、艦娘と心を通わせる異能者――提督にしかできない。
(厭な場所だ)
いつのまにか、鬼威の顔面は醜く歪んでいた。
まるで遺影だ。
そしてそこに並ぶ溌剌とした少女たちの顔は、鬼威に美雪のことを思い出させ、そして彼を苛立たせた。
「協力してくださる提督はまだ見つからないのですか?」
「ああ」
鬼威とて無策のまま、無為に時を過ごしているわけではない。
深海棲艦に対抗する力をもう一度蘇らせる、そのためには提督と呼ばれる人種が必要不可欠。
そのため、彼は非常勤職員の採用枠をつくり、そこに元・提督を
彼は天下りしたといっても元・高級官僚。
人脈を活用すれば、防衛省の人間から元・提督を紹介してもらうことくらいは容易い。
そして彼は元・提督のもとへ足を運び――勧誘は、失敗に終わった。
それもひとり、ふたりではない。
「もう艦娘たちが傷つくところをみたくないです」
「艦娘をもって――いや、人類が深海棲艦を殲滅することは不可能だ」
「あなたにはわからないでしょうが、戦争を続ける限り、この戦争は終わらない」
彼らは傍目から見ても疲弊しているようにみえたが、中には鬼威の理解を超えた理由を口にする者もいた。
この瞬間だけ、鬼威は内心では憤ったが、柔和な表情を変えることはなかった。
深海棲艦どもはまだ太平洋をはじめとする大洋を遊弋しているではないか。
国内外に目を向ければ、小笠原諸島は未だ敵の占領下にある。
フィリピンのルソン島をはじめとする東南アジアの島嶼部もまた敵の勢力圏に収まっている。
深海棲艦が再び行動を起こせば、この東アジアでは台湾・沖縄・伊豆諸島が最前線となる。
にもかかわらず、この国は無防備を晒している。
だが無理強いはできない。
提督と呼ばれる異能者たちは、必要に応じて防衛省に臨時職員として雇われていた人間であり、いまはただの民間人に過ぎない。
むしろ鬼威は彼らに感謝さえしていた。
(いまの状況はわれわれ国民ひとりひとりが戦争から目を背けた結果だ。むしろ彼らは戦況が苦しいときも、よく頑張ってくれた)
彼らは鬼威美雪を守ってはくれなかったが、しかしながらその万倍、億倍の生命を十数年に亘って守りとおした。
そんな彼らを非難し、後ろ指をさすような言動は採りたくなかった。
とはいえ現実の問題として、艦娘を顕現させる人間がいなければ、
実際、政府首脳陣と、その意を素直に執行する“深海共生派”の官僚たちが考えているのはそれだ。
前述のとおり、鬼威には提督としての適性が皆無である。
加えて国立現代海洋博物館の館長に据えられた理由としては、彼が極めて温和な性格で――まさか深海棲艦と再び一戦を交えようと暗躍するとは、誰もが思わなかったからだった。
これで彼らは艦娘たちを防衛省から隔離し、博物館の収蔵庫に幽閉――万が一にも深海棲艦を刺激するようなことがない体制を完成させたつもりでいる。
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「正直言って、状況はかなりまずいようです」
出張の際に立ち寄った小さな喫茶店で、“偶然”出会った外務省国際協力局国際海洋戦略室の男――
病的にまでに細身の彼、蒼白の顔には苦いものが張りついている。
鬼威もまたつられて眉間にしわを寄せた。
「“ようです”?」
「我々はもう直接に
「するともう
素来はわずかに頷くと、スマートフォンを慎重にポケットから取り出し、その画面を鬼威に見せた。
――28日深夜、北硫黄島東方沖約50kmの地点に敵機動艦隊を見ゆ(米国筋)
――硫黄島周辺海域に戦艦棲姫、装甲空母姫を擁する有力な敵艦隊が集結しつつあり(中国筋)
「……海外頼りです」
「これが本当だとすれば、もう“秘密組織”ごっこをしている場合ではない……」
鬼威は
敵空母が硫黄島近海まで進出してきている。
つまり連中はその気になれば、日本の太平洋沿岸部をどこでも焼くことが可能だということだ。
「上は閣僚たちに迫る危機をレクしたようですが、反応は薄いようです」
「バカな」
「本邦よりも大騒ぎしているのは中南海ですよ」
中南海とは中国共産党の本部が存在する北京市の一区画のことである。
艦娘を1隻も擁しておらず、太平洋西部の防衛を日米政府に依存していた彼らにとって、日本の無防備状態は他人事ではなく、自国の安全保障問題に直結するのである。
「彼らは日本政府に圧力をかけているようですが、我らが
顔色の悪い素来の言葉に、鬼威は「在日米軍は」と最後の頼みの綱を口にした。
「現大統領の方針に変わりはありません。在日米軍は動きませんよ――少なくとも東京が焼けて現政権が倒壊するまでは」
「……」
「ここは連中の一撃を許して、閣僚以下人々が目を醒ますことを期待するしかないでしょう」
素来の酷薄な言葉に、鬼威は苦悩の表情を見せた。
「しかし、人は死にますよ」