【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■20.新たな未来を拒み

「あの白い深海棲艦は、鬼威美雪さん――いや、鬼威美雪に酷似していた。間違いありませんね」

 

 防衛省の一室にて、黒革張りのソファに座った防衛政策局の弄橋(いらえばし)鬼威(おにい)燦太(さんた)は向かい合っていた。

 

 壁にかかっている“見敵必戦”の揮毫を背にする鬼威は特に気負いも、悲歎もなく、ただ淡々と「ええ」と頷いた。

 

「あれは、美雪。私の娘で間違いありません」

 

「そう、ですか」

 

 むしろ弄橋の口調や仕草、そのひとつひとつが醸し出す雰囲気のほうが、悲壮であった。

 

「……」

 

 それから彼は白い深海棲艦――“未来棲姫”の肉親かもしれない男を前に、覚悟を決めて言った。

 

「次にあの白い深海棲艦が現れれば、我々はあれを攻撃します。そして沈めます」

 

「あれの倒しかたがわかったのですか」

 

「すべて机上の空論ですが、聞いていただけますか?」

 

「ええ」

 

「端的に言えば、陸海空自衛隊の装備品ならば未来棲艦を傷つけることが可能です」

 

「……」

 

 鬼威は無言で先を促した。

 

「まず我々は様々な状況証拠から、現代兵器が深海棲艦、また艦娘に対して無力であることを知っています。宮内庁や神社本庁の神秘学(オカルティズム)専門家いわく“彼女たちは厳密には現代の空間に映し出された影のような存在”なのだとか。要はこの直近の半世紀で製造された武器では、彼女たちの存在を消滅させるような効果は持ちえないらしいのです」

 

「その説明には矛盾が生じませんか。彼女たちが現代に映し出された影にすぎないならば、私たちに触れることさえできないはずでは?」

 

「我々もそう思っていました。だからこそこれまで神秘学的知見を軽視してきた節があります。しかし重要なのはすべてのメカニズムを解き明かすことではありません。人類はこの宇宙の法則をすべて解き明かせていませんが、宇宙進出を――いや、話が脇に逸れましたね」

 

 慌てて小さく笑う弄橋に、鬼威もまた「いやいや」と手を振った。

 

「その喩えでよくわかりました。それからこのあとおっしゃりたいことも。要は、美雪は21世紀を生きた人間、21世紀の武器であれば倒せる、ということでしょう」

 

「おっしゃるとおりです」

 

 弄橋は頷いて、A4用紙の束を卓上に置いた。

 

「すでに上と話は詰めています。未来棲姫には航空自衛隊第7航空団のF-2A戦闘機が対処します。93式空対艦誘導弾、そのなかでも00年代に製造されたタイプによる航空攻撃を実施します。誘導爆弾(JDAM)も準備しています」

 

「それで、私は何をすればいいのですか?」

 

「特に何も」

 

 弄橋の答えに、鬼威は小首を傾げた。

 

「ではなぜこの話を、私に――」

 

「本当にあの白い深海棲艦が鬼威美雪だとすれば、我々はあなたの一人娘を殺すことになります。他の者がどう思っているかはわかりませんが、私はあなたに説明する必要があると思いました。防衛省の人間だから、というよりはあなたの同盟者だから、です」

 

「そこまで気にする必要はありませんよ」

 

 鬼威は笑った。

 

「美雪が健やかに育つ未来は、深海棲艦にとって断たれた。終わったんです」

 

「しかし――」

 

「これは父親のエゴですが、美雪にバケモノになってまで生きていてもらいたくはない」

 

「……」

 

「あれが本当に美雪ならばもう一度、沈めてください」

 

 ……。

 

 防衛省からの帰り道。鬼威は納車されたばかりの青のミニバンのハンドルを握り、国立現代海洋博物館を目指していた。

 

「……」

 

 彼としては勿論、そう簡単に割り切れるものではない。

 

 一般常識が通用しない艦娘が現れ、現代兵器が通用しない超常現象ともいうべき深海棲艦が遊弋する以上、別に死人のひとりやふたり戻って来てもおかしい話ではない。

 

 美雪が再び失われた日々を取り戻したいというのならば、それを叶えてやりたいという気持ちがないといえば嘘になる。

 

 だが一方で死人が再び現れて闊歩する、それは受け入れがたい現象であった。

 

 死んだら終わり、故に人は一生懸命に生きるし、生命を賭けてなにがしかに挑むことに価値が生じる。

 

 それが自身の哲学であったし、死人が戻ってくるということは、それ自体が生命とそれを取りまく感情に対する冒涜ではないか。

 

 国立現代海洋博物館の正門前に着いた頃には、空はもう橙に染まっていた。

 

「お疲れ様です」

 

 鬼威は窓を開けて正門前を警備する警察官に声をかけた。

 

 衆議院議員選挙の実施が決まってから以降、デモ隊はほとんど見かけなくなり、警備する警察官の人数もだいぶ減っていた。

 

「あ、鬼威館長。お疲れ様です」

 

「いつもありがとうございます。特に何もなく?」

 

 数名の警察官とはすでに鬼威は顔なじみになっていた。

 

「ええ――」

 

 と若い警察官がうなずいた瞬間、その後方が騒がしくなった。

 

「は?」

 

「ちょっと!」

 

「止めろ、あいつを止め――!」

 

「死ねえ、鬼威ッ!」

 

 次の瞬間、円筒状の何かが鬼威の背後――後部ドアの窓をぶち破った。

 

(は――?)

 

 何が起きたかわからないまま、鬼威は座席ごと体が浮き上がったかと思うと、次の瞬間にはハンドルに頭を強烈に打ちつけていた。

 

(エアバッグが作動してねえじゃねえかよ――)

 

 後方から追突でもされたのかと思いながら、鬼威は強い目眩に抵抗しながらバッグミラーを見て――バッグミラーに釘が突き刺さり、鏡面が粉々に破壊されていることに気づいた。

 

 やむなく痛む首を捻って、後背を見る。

 

 そこにあったのはリアドア2枚が吹き飛び、滅茶苦茶に破壊された後部座席だった。

 

「な゛、なんだってん、だよ……」

 

 背中に違和感を覚えて反射的に手をやると、掌にはべったりと赤い血がついた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「なんで」

 

 曇天、月明かりさえ絶えた深夜の海。

 

 見渡す限りの黒い空間に、ぽつりと青い光が浮かんだ。

 

 人魂を思わせる燐光に照らし出されたのは、新雪のロングドレス。

 

「おかしいよ」

 

 彼女の口から息が漏れる。

 

 後方へ流れていく白い吐息は、指揮杖を携えた人外にぶつかって砕けた。

 

 漆黒の外套を纏った彼女は、深く被った艤装から赤い光をほとばしらせる。

 

「パパはみんなを守ろうとしたんだよ?」

 

 無意識のうちに展開される純白の艤装。

 

 その甲板上の艤装のふちに、海中から伸びた白い手がかかった。

 

 それから小柄な体躯の深海棲艦が、その甲板上に体を持ち上げる。

 

「ニシシ……」

 

 纏うは赤黒い霧、顔面に張りつくのは他者への嘲笑――しかしどこか憂いの混じる笑みだった。

 

「なのに、みんなよってたかって、勝手だよっ!」

 

 鋼鉄同士が擦れるざわめきが響き始める。

 

「死んじゃえばいいんだよ――!」

 

 それまで黒に塗り潰されていた空間に、光が灯る。

 

「パパをいじめる国も、人も、何もかも全部――!」

 

 鬼威美雪の叫びに呼応して、灯る、灯る、灯り続ける。

 

「みんな、力を貸して」

 

 美雪は右腕を翳すと、不可思議な光の壁(画面)を描いた。

 

 次の瞬間、鋭角的なフォルムを有する数機の艦上戦闘機が、彼女の頭上を亜音速で翔け抜ける。

 

 雲が晴れ、満月が優しい光を太平洋上にもたらした。

 

 月光を浴びるのは、人型の復讐者。

 

 その群れ。

 

 本能的に生者を襲うような駆逐級や軽巡級の深海棲艦は、ここにはいない。

 

 みなひとりひとりが、かつて激戦をくぐり抜け、その後に顧みられることもなく忘れ去られていった(つわもの)たちだった。

 

 美雪の絶望、悲歎、憎悪に呼応するように、彼女たちはまたひとり、またひとりと海底から海面上へ浮かび上がる。

 

 彼女たちの瞳は、遥か北方にある島国に向けられている。

 

 だがそこにあるのは、殺意ではない。

 

 道理ある怒り。

 

 平穏が当然のものと笑い、戦争をはじめとする災禍を認めようとせず、立ち向かう者が、努力する者が、戦う者が、後ろ指を指される事態に対する明確な嚇怒。

 

 立ち向かわなければ、努力しなければ、戦わなければどうなるか。

 

 それをいま、教えてやる――!

 

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