【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました―― 作:河畑濤士
「どういうことだッ!」
深夜の館長執務室に響いた声は、磯風のものだった。
役人どもに文句のひとつやふたつでも叩きつけてやろうと思っていた天龍と木曾はぎょっとして口をぽかんと開けたが、それを後目に、彼女は訪れた防衛省防衛政策局の
弄橋は苦痛に顔を歪めながら、何かを言おうとしたが、それよりも先に磯風が怒鳴った。
「貴様らがやったんじゃないだろうなッ!」
「誤解です!」
弄橋の横に立つ外務省国際協力局国際海洋戦略室の
「だから誤解だと――!」
「説明してください」
有無を言わさぬ冷徹な
「この状況で館長が入院。あなたたちが仕組んだんじゃないんですか?」
鹿島の背後では
彼女と付き合いの長い艦娘ならわかるだろう。
次に隼鷹が動くことがあれば、それはビール瓶を棍棒代わりにした横殴りの一撃だ。
「落ち着け!」
遅れる格好で声を上げ、いまにも殴りかかりそうな磯風と隼鷹の肩を掴み、弄橋と素来から強引に引き剥がしたのは、天龍と木曾だった。
「マジで冷静になれ」
それでもなお弄橋らを睨みつけたままで、磯風はまったく視線を動かさない。
その彼女に、天龍は言い聞かせるように言った。
「こいつらに鬼威を殺ろうとする動機はないっての! いや、鬼威を排除しようとしても、解職はともかく、殺すのはやりすぎだ。こいつらが提督と艦娘をどれだけ隠してるかわかったもんじゃないが、それでもいま戦う意思をもっている提督を殺すほど軽率じゃねえ……。鬼威にはスペアとしての価値がある」
「……」
鹿島もまた黙って2、3歩引き下がり、磯風、隼鷹、鹿島の3隻と、弄橋、素来の間に、古鷹と瑞鶴、川内が割って入り、突発的かつ物理的な衝突に備えた。
「鬼威館長を爆殺しようとした現行犯人は我々とは関係がありません」
弄橋は服装を整えながら、冷静を努めた。
「この国には、どれだけ不逞の輩がいるのでしょうか?
忌々しげに言ったのは鬼威の席に座り、眉間に皺を寄せたまま虚空を見つめる霧島だった。
彼女が口にしたのは質問ではなく、ただの愚痴だ。
そう判断した弄橋は「現行犯人はローンウルフ型のテロリストです」と口にした。
「そういうことを聞いてるんじゃないんですよッ!」
蹴り飛ばされた鬼威の机が大破しながら宙を舞う。
デスクが壁に叩きつけられて悲鳴を上げ、天龍と木曾は目を剥いた。
「申し訳ございませんでした。鬼威館長を守れなかった、警察はもちろんのこと、われわれ防衛省の責任でもあります」
「責任!?
大喝する霧島に怯むことなく、素来は頭を下げた。
「おっしゃるとおりです。いま鬼威館長は最寄りの自衛隊病院に入院されています。身辺警護についても強化いたしました。ですからご安心ください」
「安心できるわけないでしょうが! 我々も――」
「いえ、みなさんには鬼威館長の傍にいていただくよりも、していただかなくてはならないことがあります」
素来は平然と言ってのけた。
その言葉を継いだのは、弄橋である。
「硫黄島南方の海域に、少なく見積もって50隻を超える数の深海棲艦が出現しました。その輪型陣の中央にいるのは、例の白い深海棲艦――未来棲姫です」
「ご、50隻?」
突然降って湧いた話に、比較的冷静を保っている艦娘たちは呆けた。
「ええ。おそらくは未来棲姫が彼らを糾合し、指揮を執っているのでしょう」
「それでえ? 私たちに戦って欲しいっていうの?」
戦槍ともに壁際に佇む龍田に、弄橋は臆することなくうなずいた。
「そのとおりです」
「それはさすがにムシが良すぎるんじゃないの~?」
ふふふ、と嘲るように笑う龍田に、「ならば」と言いつつ弄橋は一歩前に出た。
「貴女がたの助力は不要。我々は戦って死ぬだけです」
「……」
霧島が片眉を上げた。
「周辺空域ではかつてのB-29と同等の能力を有する深海空超要塞さえも確認されています。臨海部だけじゃない。奴らは本気で、この国を破壊しようとしている。我々は総力を挙げて彼らを迎え撃ちます」
「それ、無駄じゃない? そういうのを精神的マゾヒズムっていうと思うのだけど~?」
冷たく切り捨てた龍田に、弄橋はゆっくりと頭を振った。
「勝ち目が薄くとも国を守るために最後まで戦い抜く。かつての貴女がたと同様の覚悟が私たちにはあります」
「口だけならどうとでも言えるっ!」
口を挟んだ霧島に、弄橋は怯まず言い返した。
「あんまり防衛省を
「……」
「……失礼、貴女がたともに戦った将兵の血は、俺たちにも流れているんですよ」
「何をいまさら――」
「それに、鬼威館長ならそうするでしょう?」
「……」
弄橋はさらにずいと前に出て、古鷹と瑞鶴、川内から成るラインとその向こう側にいる艦娘たちに言い放った。
「鬼威館長なら立ち向かう。私たちもそうする。それで貴女がたはどうするんですか?」
「……」
その足下を妖精たちが、せわしなく駆けていく。
国立現代海洋博物館に最寄りの岸壁上では、街灯の下で、旧軍の制服を纏った妖精たちが車座をつくり、味方に見立てた白い小石と敵を示す黒い小石を並べていた。
その傍らを走っていくのは、装具を纏い小銃を抱えた妖精たちと黄の分割迷彩が印象的な数輌の中戦車。
遅れて妖精たちが荷車に載せた探照灯を押していく。
「下士官兵は集まったか?」
そこに現れたのは白毛に黒ぶちの猫であった。
「もちろんですとも。きた は
「よろしい――」
その遥か頭上を、数機のジェット戦闘機が往く。
「――当世の防人どもも
猫は前足で顔を洗ってから、左右に問うた。
「さて、我らの翼はどうだ」
「こちらへ」
少し離れた緑地帯には、銀翼の列線が整然と構築されていた。
「爆戦に雷電か」
「かいぐんき は これだけですが」
「何?」
「
「彼奴らめ、この国に愛想が尽きたのではなかったのか」
猫は毒を吐きながらも、その口調はどこか愉しげであった。
妖精はこくりと頷きながら、「
「
「人格者は孤独にはならない、必ず味方がいるものだ――孔子の言葉だな」
「かれら も また かれ に みかた するときめたのでしょう」
「よろしい」
猫が満足そうに頷いた瞬間、防災無線が不快かつ耳障りなサイレンを流し始めた。
「合戦準備ッ!」
「かっせんじゅんびっ!」
月の光も、星の光も届かない夜闇の下、妖精が、艦娘が、そして人が地を蹴って駆け出した。
「負けるなよ、喇叭を吹き鳴らせえ!」
一斉にレシプロエンジンが唸り出し、黒鉄の艤装に妖精たちが乗りこみ、空間という空間をレーダー波が埋め尽くす。
「りくぐんより! “我ら朝に勝利を得れば、夕に死すも可なり!”」
山に這い上った妖精たちが空を睨み、艦娘たちが超高温の吐息を獰猛に洩らし、緊急発進機が次々に空へ舞い上がる。
「モールスにて陸軍含む全軍へ送信! “暁の水平線に勝利を刻みこめ!”」
「りょうかい、“暁の水平線に勝利を刻みこめ!”」