【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■22.我は明日への希望を背負う

 青白い鬼火を曳きながら、高度3000mの夜空に巨大な球体が現れた。

 

――深海空超要塞(スーパーフォートレス)

 

 日本政府が一方的な休戦を宣言する直前に出現した最新鋭の敵航空戦力であり、数トンの爆弾を搭載して10000m以上の高高度を時速約600km前後で飛行できるという(艦娘側の標準的な艦上機と比較すれば)破格の性能を有している。

 

 その死の鳥が房総半島を素通りして東京都に迫ったとき、空襲警報(Jアラート)に叩き起こされた多くの人々は、未だ避難の途上に遭った。

 

 大編隊よりも遥か前方を往く最先頭の2機が、ばさりと長大な翼を展張させた。

 

 続けてそこから弾ける照明弾、そして解き放たれる焼夷弾。

 

 煌々と照らし出される夜空を切り裂き、火の雨が物流倉庫の天井を焼き、無人の駐車場に停まったままの自動車を()み、爆散させた。

 

 それから2機の深海空超要塞は悠々と高度を上げていく。

 

 彼らの役割は“目印”をつくること。

 

 赤熱する地表、その北方には本命――市街地が広がっている。

 

 それを焼くために100ではきかない数の死神が現れる。

 

「海のほうが燃えてるっ!」

 

「こっち来る? こっちに来る!」

 

 戸建てとアパートから成る住宅街を走る狭い路地で、逃げる人々は頭上に長大な白い翼と嗤うようにゆらめく青白い鬼火を見た。

 

「ダメだ、建物のなかに――!」

 

 その1秒後、彼らは続けてありえないものを見た。

 

 焼夷弾が作り出す火の雨にしてはあまりにも貧弱に過ぎる火花が奔ったかと思うと、深海空超要塞の白い外殻が砕け、人々の目の前で力なく高度を落としていく。

 

「ゼ、ゼロ戦」

 

 父母とはぐれたひとりの男児が洩らした言葉に、その足下で何かが答えた。

 

「ちがうさ」

 

 彼らの頭上を、日の丸を抱いた銀翼が翔けていく。

 

いっしきせん(一式戦)はやぶさ()だ。それから、」

 

 確実に市街地を焼き尽くすために、高度を下げている深海空超要塞の編隊に覆い被さるように、戦爆連合の大編隊が現れた。

 

ふくせん(複戦)とりゅう(屠龍)ぴーさんしー(P-3C)おらいおん。わかるか、こぞう――」

 

 生まれた時代も、経緯も、機種も違う銀翼たちが轟然、空を掻き回す。

 

「われらはおまえをまもる、ただそれだけのためにあつまった」

 

 途端に高度5000メートル以下のあらゆる空間から、闇が振り払われた。

 

 P-3Cが翼下から次々と照明弾を投下し、辺りを白昼同様の明るさと成し、深海空超要塞の姿を暴き出した。

 

 そして翼下に敵影をはっきりと視認した妖精たちは、獰猛な笑みを浮かべた。

 

「くい ほうだいっ!」

 

 深海空超要塞からほとばしる橙色の火線にも臆することなく、P-3Cの群れから陸軍機の群れが飄々離脱し、高速急降下――必殺の一撃を超大型爆撃機の背中に浴びせかかった。

 

「逃げるよっ!」

 

 それをのんびりと眺めている余裕はなく、人々はまた走り出す。

 

 逃げる人々でごった返す生活道路から少し離れた場所では、幹線道路では赤色灯を回しながら消防車が走っていく。

 

「……先輩、後ろのは? 自衛隊じゃないっすよね、あれ」

 

 消防車のハンドルを握る消防士はミラーをちらりと見て言った。

 

 そこに映っているのは大砲を牽引するトラックであった。

 

 さらに消防士からは見えないが、その背後にはさらに車列が続いている。

 

 が、助手席に座る先任の消防士は「気にすんな」とミラーを見もしなかった。

 

「バケモンが街を焼いてんだ、いまさら幽霊で驚きゃしねえよ」

 

 彼の言葉が終わるとともに、消防車の窓ガラスが震えた。

 

 遠雷がごとき響き。

 

 しかしそれは建物の爆発のそれでも、爆撃の轟きでもない。

 

 展開を終えた陸軍の高射砲が射撃を開始した音だった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「状況はどうなって!?」

 

 国立現代海洋博物館の艦娘たちを引き連れて外洋に出た霧島は、自身のマイクに問う。

 

「航空自衛隊の攻撃は失敗した」

 

 対してイヤホンから流れてきたのは低い女性の声――戦艦長門に座乗する櫻麻衣のそれだった。

 

「現場は決死の覚悟だったが、作戦自体が楽観的にすぎた。亜音速の空対艦誘導弾ならば、敵艦隊の防空網を無視できると踏んでいたのだろうが、実際にはレ級の“飛魚”で迎撃された」

 

「……それで?」

 

「西の海を見ろ」

 

 霧島らが視線を遣ると、水平線上に夜空よりも黒々とした色彩――長門の崩れかけた艦橋が見えた。

 

 否、長門だけではなく、海上自衛隊の護衛艦『まや』ら数隻の艦影もまたそこにある。

 

「我々に合流しろ。敵の陣容を突き崩し、未来棲姫を丸裸にして、自衛隊機あるいは護衛艦の攻撃を通す」

 

「簡単に言いますね」

 

 霧島の眼鏡の内側には、F-35Aからもたらされた敵の位置情報――彼らが構築した厚い防御スクリーンが投影されていた。

 

 驚くべきは1体、1体がみな総じて戦艦、空母といった主力艦、あるいは“姫”や“鬼”と称されるような強力なネームド艦であること。

 

 数的劣勢は勿論のこと、質的にも(ワレ)が劣っている。

 

 しかし櫻麻衣の声色(こわいろ)には、昂揚もなければ焦燥もなかった。

 

「言うさ。我々は戦う、そして勝つ」

 

 次の瞬間、長門の艦体からパッと火花が散った。

 

 続いてその周囲で2、3の水柱が立ち上がって崩壊し、細かい海水の粒となって辺り一帯に降り注いだ。

 

 水上艦同士の決闘は、実艦形態を採っている関係で投影面積が大きい長門に対する深海棲艦側の長距離砲撃から始まった。

 

 擦過するだけでも装甲が削り取られる弾雨。

 

 それもそのはず、押し寄せるすべての砲弾が16インチ弾なのだから。

 

「来ないでっ! 逃げて!」

 

 生身の人間から重装甲の戦艦まで吹き飛ばす暴風雨に立ち向かい、逆らい、突進する長門と櫻の耳朶(じだ)を少女の声が打つ。

 

「貴女みたいな真面目なヒトが――いや、あなたたちのような真面目な人々ばかりが損をする。そんな国のために戦う必要はないんですっ。逃げてください!」

 

 強力な電子攻撃で無線通信に割りこんできた未来棲姫の声。

 

 熔解しかかった長門の艦橋で、押し寄せる大口径徹甲弾を睨む櫻は、特に驚きもしなかった。

 

 彼女はレンズが割れてフレームだけになった眼鏡の位置を直してから、「断る」と答えた。

 

「我々が逃げれば、貴様らは無抵抗の大勢の人間を殺す」

 

「そのとおりですよ。そこまでしなければ、もう何も変わらない。私の怒りだって収まらない!」

 

「ならばもう貴様と語る言葉はない」

 

「バーカ ジャナイノォ――!?」

 

 戦艦長門、その未来位置にある海面が突如として割れ、黒鉄(くろがね)の塊が姿を現す。

 

 背負うのは2基の16インチ3連装砲塔。

 

 振りかざすのは、一対の巨大な対艦(きょう)

 

「サア、ノゾミドオリ、逝ケ!」

 

 南方戦艦新棲姫が吼え、艦娘たちの装甲板を容易く切断する対艦鋏が長門の艦首を襲い――空を切った。

 

「ハ?」

 

 否、黒々とした鋏刃(きょうじん)は、青い燐光の塊をすり抜けた。

 

「侮るなよ」

 

 次の瞬間、実艦大の光の塊の中から白黒の戦装束を纏った少女が飛び出した。

 

 漆黒の艤装に座る南方戦艦新棲姫には、対処するだけの時間はなかった。

 

 艦娘形態の長門が繰り出した拳は、南方戦艦新棲姫の面頬を粉砕し、その内側にある顎関節や頬骨を破砕し、それに留まらず新棲姫の長身を遥か後方へ吹き飛ばしていた。

 

「貴様らが放つ豆鉄砲なぞ、あの光に比べればさしたることはない」

 

「ヌカセェ――!」

 

 血反吐とともに南方戦艦新棲姫は海面を蹴り、長大な十文字槍を振り回しながら再度、長門に躍りかかる。

 

不知火(ぬいぬい)っ!」

 

 一方で、掻き消えた艦橋から投げ出された櫻は、後続の不知火にキャッチされている。

 

「司令。大丈夫ですか」

 

「ああ。このまま指揮を執る」

 

 不知火にいわゆるお姫様抱っこされた彼女は、さっと右腕を振る。

 

 同時にその脇を陽炎、球磨、多摩が駆け抜けていく。

 

「ヤルネエ」

 

 その行く手には白い帽子を被り、長槍を携えた少女が立ち塞がる。

 

 両脇に控えるのは赤黒い瘴気を吐き、鋭利な触手を有する巻貝然とした怪物。

 

「デモ、オマエラ ネズミ ガ ガンバッテモ イミハナイ!」

 

 2体の怪物を従えるルンガ沖重巡棲姫が叫ぶとおりかもしれなかった。

 

 長門は南方戦艦新棲姫を圧倒し、陽炎、球磨、多摩は絶妙なコンビネーションで瞬く間に巻貝然とした怪物から数本の触腕を捥ぎとったが、深海棲艦側はこのふたりに比肩する(フネ)を数多く後置していた。

 

「な――」

 

 戦艦レ級の放つ“飛魚”の斉射を潜り抜け、敵戦列に殴りこみをかけようとした霧島は、すんでのところで横合いから純白の巨影が海面下から現れたことに気づいた。

 

「この゛ぉ゛お゛お゛お゛っ゛!」

 

「ヤルネ」

 

 艦娘の数十倍の体躯を誇る白鯨の体当たり。

 

 それを霧島は細い両腕で受け止め、海面を砕きながら踏みとどまり、超高温の蒸気を吐きながら耐えた。

 

「デモ、コレデオワリ」

 

 白鯨に続いて現れた太平洋深海棲姫は、長槍を振りかぶる。

 

 無論、次に放たれる横薙ぎの一撃は、両腕が塞がっている霧島の胴に叩きこまれるであろう。

 

「ボスラッシュ? こういうの、すっごい新鮮――♪」

 

 その純白の凶刃は、駆けつけた龍田が繰り出した漆黒の薙刀によって受け止められる。

 

「そう思うでしょ、天龍ちゃん?」

 

「そんなこと考えるヒマはねえ!」

 

 後方からトップスピードで海面を駆け、龍田の肩を蹴って跳躍した天龍は大上段に斬艦刀を振り上げる。

 

 が、虚空で彼女は横から飛び出してきた黒い影に捕らえられ、必殺の斬撃を太平洋深海棲姫に浴びせることはかなわなかった。

 

「天龍さんっ!?」

 

 古鷹が悲鳴を上げたが、天龍は黒い影と縺れながら海面をゴロゴロと転がり、その勢いでその黒い少女を虚空に投げ飛ばした。

 

「大丈夫、軽巡棲姫だ! 龍田と霧島を援護してやれ!」

 

 古鷹が巨大な艤装を鎧った右腕で白鯨に殴りかかるその遥か後方で、瑞鶴は艦上戦闘機隊を指揮しながら敵の強力な陣容と、目標である未来棲姫にまで存在する縦深に、愕然とする思いがしていた。

 

「アキラメナヨ!」

 

「シンカイ ヘ シズメ!」

 

「諦めないし、沈まないよっ! 夜戦じゃ、負けないから!」

 

 川内は突進してきた駆逐古姫と、軽巡棲鬼を相手取り、魚雷乱舞するステップを踏み始めている。

 

(本来なら1個艦隊6隻でやっと相手する奴らがゴロゴロと――)

 

 必勝の思いとともに白い鉢巻を締めてきたはずの瑞鶴は、弱気を振り払うように熟練の妖精たちが乗りこむ零戦52型を新たに空へ射出した。

 

 その視線の先では激しい空中戦が始まっている。

 

 航空優勢を巡る戦闘もまたなんとか拮抗状態に持ちこめている状態で、気を抜けば瑞鶴が指揮する戦闘機隊による防御スクリーンはすぐに崩れるであろう。

 

(やつら、まだ相当数の戦闘機を温存してる……!)

 

 戦闘機だけではない。

 

 水上の深海棲艦も同様だ。

 

 現在、戦闘に加入している深海棲艦は全体の2割程度でしかない。

 

(これ、勝てないんじゃ――)

 

 瑞鶴がそう思った瞬間、彼女の超常的な五感は北方から何かが近づいてくるのを捉えた。

 

「自衛隊機?」

 

 陸上自衛隊のUH-60JAブラックホーク。

 

 航空支援にしてはあまりにも場違いな機体に、瑞鶴は呆けた。

 

 泥土と深緑の迷彩を纏ったヘリが近づくとともに、深海棲艦の側にも動きがあった。

 

「いったん戦いをやめてっ!」

 

 未来棲姫の声があらゆる通信用チャンネルに割りこみ、深海棲艦たちは従容と僅かに後退した。

 

 対して目の前の深海棲艦らと死闘を繰り広げ、半ば離れ離れとなって相互援護ができなくなっていた艦娘たちもいったん再集結し、陣形を組み直す。

 

 実艦形態を採った長門に再び座乗した櫻麻衣は、艦橋からブラックホークを一瞥すると「来たか」と呟いた。

 

「パパ! 無事でよかった、よかったけど、なんで――!?」

 

 未来棲姫の悲痛な叫びに応えるように、艦娘たちの頭上を飛び越えたブラックホークのキャビンドアが開く。

 

 そこにいるのは霧島らの提督で、

 

「なんで、だと?――」

 

 国立現代海洋博物館の館長で、

 

「――自分の娘が間違ったことをしていたら、それを止めるのは当然のことだっ!」

 

 鬼威美雪の父親だった。

 

 そして彼は臆することなく、ブラックホークのキャビンドアから身を投げる。

 

「は?」

 

 艦娘たちが呆け、彼を抱きとめるべく動き出そうとするが、すぐに誰もが間に合わないとわかった。

 

 そうして彼は特別な装備もなく、ただ海面目掛けて落下していく。

 

 海面まであと2000m、1500m、500m――。

 

「病院で言ったとおりだ!」

 

 その最中、彼は事前に吸いこんだ空気を吐き出しながら叫んだ。

 

「力を貸せ!」

 

 瞬間、眩い光が彼を包みこむ。

 

「オ゛オ゛……」

 

 深海棲艦が一斉に畏敬のどよめきを上げた。

 

 同時にブラックホークのキャビンドアから顔を出した猫が叫ぶ。

 

「汝、誰もが謳う“最強”、誰もが語る “伝説”!」

 

 青白い光が水平線上を灼き、海を薙ぎ、空を()す。

 

「そして、新世紀へ受け継がれた“希望”なり!」

 

 深海棲艦たちは、無意識のうちに一歩、後ずさった。

 

 それを追撃するように、凛、と気高い声が響き渡る。

 

「改大和型戦艦――」

 

 光の中から飛び出したのは、金色の紋章。

 

 続いて排水量7万トンの威容が現れる。

 

 前方を睨むのは、長砲身大口径の三連装砲。

 

「大和、推して参ります!」

 

 全世界に宣言するように叫びながら、大和はみるみるうちに増速し、その場に居合わせた防空棲姫を轢き、轢いてもなお未来棲姫目掛けて速度を上げ続けた。

 

 対する未来棲姫は、怒鳴った。

 

「なんで? なんで私と戦おうとするの!? パパも、戦艦大和も。でも、1隻くらい増えたくらいじゃ無駄――え?」

 

 そこで彼女は気づいた。

 

 ブラックホークから落ちてきたのは、鬼威と大和だけではない。

 

 取るに足らない紙切れが、海面に向けてゆっくりと舞い落ちる。

 

 それからその紙々が、次々と青白い光を発し始めた。

 

 まるで精霊(しょうろう)が舞い戻ってきたかのような光景に、深海棲艦たちは息を呑む。

 

「なんで、なんで、いまさら――おかしいよっ! おかしいって思ってるからいまのいままで戦わなかったんでしょっ!」

 

 眩く輝く光の数は、10や20、50では足りない。

 

 その光景を見て、未来棲姫は半狂乱になって叫び続ける。

 

「私と同じで、日本なんか、日本の人々なんかどうでもいいって思ったから、戦うのをやめてたんでしょっ!?」

 

「そのとおりだ」

 

 46cm三連装砲を担いだ褐色の艦娘が、青い燐光を振り払って現れた。

 

「我々は国のために集ったのではない」

 

「じゃあなんで!?」

 

「極限まで追い詰められてもなお戦うと決めた信用できる男に、“俺のために戦え”と言われた。ただそれだけだ」

 

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