【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■23.汝、暁の、次の暁の、その次の暁の守り手――

 

 時間は遡る。

 

 響き渡る空襲警報(Jアラート)の警報音と上空を飛び交うヘリが吹き下ろしてくる轟音が、港湾施設を、市街地を、病院に、平等に襲いかかった。

 

 窓をはじめ、病室全体が震動する。

 

 微睡みのなかから鬼威は意識を取り戻した。

 

「深海棲艦か」

 

 鬼威は痛む背中を無視しながら、上半身を引き起こそうとする――が、それは右肩に載せられた手に制止された。

 

「行く必要はありません」

 

 毅然だが、しかしどこか優しい口調の言葉。

 

 ベッドの横に置かれた丸椅子に、大和が座っていた。

 

 鬼威はなぜここに、と言おうとしたが、すぐに愚問だと気づく。

 

 地上最強ともいえる彼女を制止できるものなど、存在しない。

 

 彼女は行こうと思えば、どこにでも行けるのだ。

 

「……Jアラートが鳴っている」

 

「ええ。そのとおりです。私と一緒に逃げましょう」

 

「人が殺されようとしているのに指をくわえて見ているつもりはない」

 

「しかし、その人たちはあなたを傷つけるばかりです」

 

「ああ。そのとおりだ。パイプ爆弾まで投げ込まれるとは思ってなかったが……」

 

 鬼威は病室のテレビを点けると、空襲警報の対象地域が関東地方一円であることを確認した。

 

「大和、俺と一緒に来い。万年、戦力不足だ」

 

「話、聞いてましたか?」

 

 大和の声色からは、鬼威に対する心配と同情が滲んでいた。

 

「この国の人間に価値はありません。戦う理由がない」

 

「何も知らない赤ん坊や子どもがいる限り、戦う理由はある」

 

「貴方や私が戦って守りとおしたところで、この国の人々は反省することはない。そしてその傲慢な態度、物言いは子どもたちへ継承される。提督や貴方のように真面目な人間が、損をして、傷つく国が続いていく、延々と、です」

 

「前にも言った。俺は見返りや感謝を求めて戦うわけじゃない」

 

 鬼威の右肩に置かれた大和の掌に、力が篭もる。

 

 対する鬼威もまた、大和の瞳を睨んだ。

 

「それに、お前に戦う理由が必要か? お前は戦うために造られた軍事兵器だ」

 

「……っ。しかし」

 

 鬼威は弱弱しく左腕を持ち上げると、自身の右肩に載せられた大和の手に、自身の左手を載せた。

 

「理由が必要なら」

 

 そして穏やかに、そして決然と彼女の手指に自身の手指を絡めた。

 

「俺のために戦え」

 

「は?」

 

「国のためでもなく、人のためでもなく、俺のために戦え」

 

 大和は呆然として、首を縦にも横にも振ることを忘れた。

 

 ◇◆◇

 

 青い燐光が弾け、乱れ舞い、銀の水飛沫が輝く海原。

 

 艦娘たちが洩らす覚悟滲む白煙と、深海棲艦たちから立ち昇る怒り滲む瘴気に満ち満ちた空間が、静かに白んでいく。

 

 東の空に、太陽が姿を現そうとしていた。

 

「ひさしぶりに――気合! 入れて! いきますっ!」

 

 ひときわ巨大な光が弾け、そこから現れた黒鉄の塊――実艦形態を採る比叡のマストの上にブラックホークから飛び出した猫と妖精たちが、ひらりと舞い降りる。

 

「ものども――これは私闘である! 太古から今日(こんにち)に至るまで繰り広げられてきた人類原初の私闘、すなわち親子喧嘩だ!」

 

 猫は後ろ足だけを使ってのっそりと立ち上がった。

 

「が、同時に我ら命あるものにとっても、次代の命を繋ぐという生命原初の闘いである! 思うところもあるだろう、不満もあるだろう、怒りさえもあるだろう! しかしながら、いま生まれ出たばかりの赤子を守ることに、何の異論があろうか!?」

 

「いや、ない!」

 

 妖精たちが一斉に唱和する。

 

「よろしいっ! ならば命令によらず、国家のためにあらず、闘うために戦おう!」

 

「「「我らは戦うために生まれてきた!」」」

 

 瞬間、ひときわ強い暁光が東から西へ奔った。

 

「ワダツミ・コントロール! こちらサンダー101。戦闘海域に新たな艦娘が出現」

 

 海上自衛隊の哨戒機P-3Cが装備している03式前方光学監視装置は、暁光に照らし出された幻想的な光景を捉えていた。

 

「サンダー101。こちらワダツミ・コントロール。艦娘の数を報せ」

 

「ワダツミ・コントロール。サンダー101。艦娘の数は100以上。繰り返す、艦娘の数は100以上――!」

 

 その場に居合わせた自衛隊機や護衛艦のクルーたちは一斉に、目前の奇跡を報じる。

 

 海面を奔るのはかつての帝国海軍水上艦艇の火力と馬力を人間大に押しこめた少女たち。

 

 鋼鉄の戦列は天地を圧し、ほとばしる戦意と、引っ提げた得物を深海棲艦に指向する。

 

「……」

 

 だがブラックホークに同乗していた防衛省の弄橋だけは、感動も、興奮もなく、どこか冷淡に眼下の光景を眺めていた。

 

(彼女たちは我々を守るために戻ってきてくれたわけじゃない)

 

 鬼威という個人がここにいる、それだけのために集まったにすぎない。

 

 それを象徴するように、艦娘たちはてんでバラバラに鬼威が座乗する大和に追従する、あるいは手近な深海棲艦に戦いを挑み始めた。

 

 戦術も何もない。

 

 ただ鬼威と大和を、未来棲姫のもとへ送り届けるために吶喊する。

 

「高雄、愛宕――!」

 

 霧島は怒鳴りながら目前に迫る白鯨の体当たりを紙一重で避け、上半身を捻りながらの35.6cm連装砲改三丙の斉射をその横腹に浴びせ、その巨体を吹き飛ばす。

 

 重油のような体液を吐きながら海面に叩きつけられる白鯨と入れ替わるように、太平洋深海棲姫が得物を上段に構えて突進してきたが、それに怯むことなく金の長髪をなびかせながら躍り出る人影がひとつ。

 

「こういうの得意じゃないんだけどぉ!」

 

 突き出された凶器を両掌で白刃取りする愛宕。

 

 歴戦の艦娘とはいえ所詮は重巡、太平洋深海棲姫に力負けすることは目に見えている。

 

 その前に遅れて駆けてきた高雄が太平洋深海棲姫の細い腰にタックルを仕掛け、その純白の長身を海面上に引き倒す。

 

「バラバラじゃダメですっ!」

 

 すでに右腕の艤装が大破している古鷹が怒鳴った。

 

 怒鳴るだけではなく膝射姿勢をとると連装砲を搭載した補助腕(サブアーム)を頭上に広げ、起き上がった白鯨へ向けて射撃を開始する。

 

「古鷹の言うとおりだっ!」

 

 同調して怒鳴ったのは天龍だった。

 

 その視線の先にいるのは、龍田が放った魚雷と砲弾を躱し続け――追いこまれるようにこちらへ高速で向かってくる軽巡棲姫。

 

 それに合わせて天龍は斬艦刀を腰だめに構えて駆け出す。

 

 わずか数秒の出来事。

 

 横一文字に放った斬撃は、装甲されていない軽巡棲姫の膝を叩き斬る。

 

 斬られた側は何が起きたか理解できないまま、慣性で海上を進む膝下と、重油じみた体液を流しながら無様に崩れる膝上とに分かれた。

 

「悔しいが質的には分が悪りぃ! 頭数を活かせなきゃ負ける!」

 

 周囲に視線を遣りながら彼女はそう叫んだが、その命令を出すべき提督はこの戦場にふたりしかいない。

 

 そのふたりがコントロールするには、この海域に現れた艦娘の数はあまりにも多すぎた。

 

「艦娘っ!」

 

 途端に声が轟いた。

 

 砲声も爆発音も貫いて通る“提督”の声である。

 

「お前たちに姉妹艦がいる理由を思い出せっ!」

 

 実艦形態の長門に座乗する櫻は、塩味の飛沫を浴びながら言葉を続けた。

 

「速力も火力も同じの姉妹艦で艦隊を組め。同型艦がいなければ、かつての戦友と行動しろ。艦艇の持ち味を活かせ、半世紀前の経験を活かせ」

 

 長門の試製41cm三連装砲が火を噴き、南方戦艦新棲姫の砲塔を吹き飛ばし、続けてその下にある鋏を切断する。

 

 その41cm徹甲弾の下を悠々と前進するのは、戦艦陸奥である。

 

「長門、提督――トドメ、刺すわ」

 

 腕組をしたまま、彼女は1番砲塔から3番砲塔までをのたうち回る南方戦艦新棲姫に指向し、全力射撃を開始する。

 

 南方戦艦新棲姫の艤装は火を曳きながら漂い始め、南方戦艦新棲姫自身もまた半死半生の状態で甲板上に横たわっていた。

 

 だが彼女はどこか満足そうに「今度は戦えて良かったね」と呟き、降ってくる41cm徹甲弾を力なく見上げた。

 

「先輩、形勢は――」

 

 爆沈する南方戦艦新棲姫が噴き上げた火柱を遠目に見ながら、瑞鶴は加賀にようやく合流した。

 

「形勢?」

 

 加賀は汗ひとつかかず、舌打ちをしてみせた。

 

「この戦、大勢(たいせい)など関係ありません」

 

「え?」

 

提督(あれ)と大和が未来棲姫のところまで辿りつけるかが勝負です。艦上機部隊をすべて大和の援護に廻して」

 

 実際、彼女の(げん)は正しかった。

 

 敵中を疾駆する大和に向けて、深海棲艦側の艦上機部隊が襲いかかろうとしていた。

 








◇◆◇



おそらく次回が最終回になるかと思います。

よろしくお願いいたします。



◇◆◇
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