【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■25.あるいは、さよなら、艦隊これくしょん。

「ワダツミ・コントロール。こちらサンダー101。敵の陣形が崩れた」

 

「サンダー101。こちらからも確認できている。攻撃まであと10分」

 

 03式前方光学監視装置で戦場をモニタリングしているP-3C哨戒機の翼下では、零戦52型と敵戦闘機の死闘が繰り広げられ、その脇を通り抜けていった隼鷹の流星改が戦艦レ級に魚雷を投じ、その長大な尾を水柱とともに引きちぎった。

 

 戦艦大和を最先鋒として長門、陸奥が続いた突撃により、敵輪形陣に風穴が空き、そこを起点として敵の陣容は大きく崩れていた。

 

 敵艦は未来棲姫と大和の接触を防ぐようため、背面に廻していた防空艦を前面に立てたが、勢いに乗った艦娘たちの前では、時間さえも稼げない。

 

「……」

 

 実艦形態をとった鹿島、その前部艦橋のウイングに鬼威はその身を晒していた。

 

 その視線の先には、純白の装甲が浮かんでいる。

 

 周囲では死に体の戦艦レ級が長門、陸奥の連撃を受け、また前に出てこようとした防空巡棲姫が大和の51cm連装砲による長距離砲撃を浴び、一瞬で絶命の憂き目に遭っていた。

 

「パパ……」

 

 提督と同じく、未来棲姫――波間に立っている鬼威美雪の声はよく通った。

 

 実艦形態の鹿島と、それに帯同する磯風、そして鬼威美雪の声を聞いた艦娘たちは、彼女の次の言葉を、恐怖とともに待った。

 

 あれは、ともすれば自分の姿だとわかっていた。

 

 消極的であっただけで、自身らもまた国家に、社会に、人に絶望し、戦いを放棄していた。

 

 その自分たちには、彼女を批難する権利はない。

 

 だが鬼威美雪の言葉は、意外なものだった。

 

「ごめんなさい」

 

「……」

 

「許せなかった。みんな、パパの悪口を言って、パパを傷つけて――でも、パパのこと、パパの思いを、わたし、何も考えてなかった。わたし、勝手に――」

 

 踝まで伸びた純白の髪。

 

 血の気どころかあらゆる色彩を否定する、どこまでも白い肌。

 

 白紙を連想させる何も映していない瞳。

 

「美雪」

 

 鬼威燦太は、口を開いた。

 

 今度は、美雪のほうが恐怖する番だった。

 

 彼女は彼女で自分がしでかしたことの大きさを理解していた。

 

 だが鬼威燦太の言葉は、意外なものだった。

 

「美雪が(パパ)のことを思って動いてくれたってことは、(パパ)がいちばんよくわかってる」

 

「……」

 

 俯いていた鬼威美雪は、顔を上げた。

 

 その瞳の表面は朝日を反射して、暖かな橙に輝いた。

 

「逆にわかってくれ。(パパ)は、美雪のことを愛していた」

 

「うん」

 

 遥か北方の空から、空の青と海の青を纏った影が迫りつつあった。

 

「だからこそ、(パパ)はここにいる。それから美雪、美雪はもう死んだ」

 

「うん」

 

 4つの小さな影は、その翼下に純白の弾頭を抱えている。

 

「あのとき守ってやれなくて、ごめん」

 

「うん」

 

「ママとは離婚した。ママのことを幸せにしてあげられなくて、ごめん」

 

「うん」

 

「こんな(パパ)で――」

 

「いいよ――」

 

 F-2A戦闘機が切り離した93式空対艦誘導弾B型が、戦場の空に現れた。

 

 深海棲艦たちはそれを見て“飛魚”を発射し、あるいは艦上機を叩きつけてこれを阻止しようとしたが、その数はあまりにも少なかった。

 

 赤外線で捉えた画像をもとに、その弾頭は真っ直ぐに鬼威美雪へ向かう。

 

「ありがとう、パパ」

 

 死してなお、愛されていた。

 

 感謝の念も、わずかばかりの無念も、すべてを亜音速の一撃が吹き飛ばした。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「……」

 

 防衛省防衛政策局の弄橋(いらえばし)は、防衛省の敷地内にある喫煙室に入るなり、ピースに火を点けた。

 

 結果からいえば、あのあと鬼威と戦艦大和以下多くの艦娘は本州に戻らず、南の海に去った。

 

「ありがとうも、さよならも言えなかった」

 

 偶然か弄橋のほかには誰もいない喫煙室に、彼の言葉が響いた。

 

 繰り返しになるが、艦娘たちは国や役所や役人に忠誠を誓っているわけではない。

 

 加えて鬼威自身も身に危険を感じたのだろう。

 

 当然といえば当然だ。

 

(確かに身の安全に責任は、持てない)

 

 関東を強襲した深海棲艦の大艦隊を率いていたのが、彼の娘だった。

 

 聞けば誰もが馬鹿げた話だと一蹴するだろうが、日米中をはじめそれを知っている関係者は多く、真相はすでに世間にも出回り始めていた――いまのところ人々はそれを陰謀論と切って捨てているが。

 

「……どうも」

 

 ピースを半ばまで喫ったところで喫煙所に入ってきたのは、外務省国際協力局国際海洋戦略室の素来(そらい)であった。

 

「……」

 

「……“例の話”はもう私たちのところまで来てますよ」

 

「……」

 

「彼女たちの要求は補給、具体的には水と食料、それから硫黄島の――」

 

「……」

 

 素来が勝手に話し始めるので、弄橋は少し苛立ち、やはり口を開かなかった。

 

「政府は補給の要求を容れるようですが……防衛省では何か算段が立っているのですか?」

 

「算段? 何のですか?」

 

「彼らに対する抵抗の算段ですよ」

 

「抵抗?」

 

 弄橋は笑った。

 

 実のところ鬼威と艦娘の行方は、わかっている。

 

 彼らはいまも遥か南の海で深海棲艦と戦っている。

 

「抵抗? 彼と彼女たちにどうやって抵抗するっていうんですか?」

 

「それはそうですが」

 

「相手は現代兵器が通じないうえに、やろうと思えば東京湾どころか太平洋沿岸を焼き払える存在ですよ。櫻は休養中、米国政府は事態を注視すると静観の構えです」

 

 弄橋は言ってから、再び笑った。

 

 もちろん彼は、素来もまた鬼威と艦娘たちに感謝と後ろめたい思いを抱いていることを知っている。

 

 鬼威らの物資供与の要求については、すでに公になっており、今後は激しい反対運動が展開されるだろうことを彼らは直感していた。

 

 弄橋はひとしきり笑ったあと、ピースを灰皿に押しつけてから言った。

 

「……無責任なさよならでもなく、抵抗でもなく、我々は我々にやれることをやります。あなたたちもそうでしょう?」

 













『さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――』


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