【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■3.我に力なし、異能なし――、

 

 海と空が交わる境界線上の一点が、赤黒く(にじ)む。

 

 その数秒後には、水平線の大部分が血肉を思わせる汚濁の赤に染まった。

 

 血煙と煤煙から成る瘴気が立ち上り、澄み渡った蒼穹を曇らせる。

 

 平穏を憎悪し、生者を(ねた)む外道の群れが、高熱の吐息を漏らしながら海上を駆ける。

 

 地獄の顕現。

 

 それに相対するのは、たったひとつの影。

 

 背負う艤装は艦娘の初期装備のひとつである14cm連装砲と12.7cm連装高角砲。

 

 生身の人間からすれば巨砲に違いないそれは、迫りくる百鬼夜行を前にしてはあまりにも頼りなさげに見えた。

 

 だから岸壁に立ったまま、気づけば口を開いていた。

 

「行くな」

 

 死ぬぞ。

 

 と言いかけて冷静な部分がそれを押し留めた。

 

 艦娘(あれ)は端的にいえば、“無人兵器”である。

 

(あれは、あれは生きているわけではない)

 

 他方、鹿島(かんむす)は振り返ると微笑みながら言った。

 

「大丈夫です。私の練度、甘く見ないでください」

 

「いや、いまたった1隻で出ても勝算はない。こっちに来なさい」

 

 それから思い出したように、理由を付け加えた。

 

「……戦力を保全するのも、立派な戦略のひとつだ」

 

「ありがとうございます。館長」

 

 でも、と彼女は背中を見せた。

 

「みんなが避難する時間を稼がなくちゃ」

 

 超自然的な銀髪が揺れる。

 

「違う――!」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

(柄でもない夢だ)

 

 鬼威は館長執務室にて湯呑に口をつけていた。

 

 中身は彼が淹れたものではなく、鹿島(かんむす)が勝手に淹れて置いていった茶である。

 

 人間の生命は地球より重い、とは明らかに誇張された表現だが、人間の生命と一艦娘とを天秤にかければ、優先されるべきは人間の生命――そう鬼威は考えている。

 

 所詮、艦娘は無人機と変わらない。

 

 以前読んだ書籍に、現場の兵士が地雷処理用ロボットに感情移入してしまい、危険な場所に取り残されたロボットを助けに行く、という現象が載っていた。

 

 それもレアケース、というわけではない。

 

 それを知っていた鬼威は、「艦娘たちが傷つくところを見たくない」と言った元・提督たちが、そうした感情に囚われてしまっているのだろう、と思っていた。

 

 同時に自身は違う、と本気で思っていた。

 

 艦娘は替えのきく人工物で、ロボットで、軍事兵器だ。

 

(だが今朝の夢では、違っていた)

 

 人々が避難する時間を稼ごうと出撃しようとする彼女を、理屈をつけて止めようとした。

 

 現実には鬼威はいま、逆のことをしている。

 

 艦娘の動態保存――そんな大義名分のもと、鹿島を海上哨戒に出している。

 

 表向き、現代海洋博物館は防衛省や海上保安庁との繋がりがない。

 

 異変があったとしても速やかにこちらへ情報共有がなされるとは限らず、逆に政府の意向のもとで向こうが哨戒網を構築できているか怪しいものだった。

 

 最悪の場合、深海棲艦が北上してきているとしても、誰も気づかない、という事態も起こり得る。

 

 故にこの局面では、たとえ1隻であったとしても、艦娘による海上哨戒の重要性は高かった。

 

(が、敵に出会えば――)

 

 鹿島は沈むだろう。

 

 個々の艦娘の能力に、鬼威は疎い。

 

 だが彼も練習巡洋艦なる艦娘が鈍足であり、装甲も最低限しかないということを知っていた。

 

 かの有名な大和のように、寡兵で状況を好転させられるようなフネではないことはわかっている。

 

 敵に遭遇した鹿島が沈む、それは特に問題ではない。

 

 ただどこで敵に遭遇したかを報告できないまま沈むのだけは困るので、彼は衛星電話をはじめとする通信手段を彼女に持たせていた。

 

 繰り返すが鹿島が戻らなかったとしても、それはまったく惜しくはない。

 

 むしろ鹿島がやられることで深海棲艦の脅威を煽り、政治的に停滞を強いられている現状を打破できるかもしれない。

 

(しかし、夢の俺は――)

 

 それを望んでいなかった。

 

 ……数日後、鬼威は来館者の対応をしていた。

 

 私服姿の“来館者”――外務省国際協力局国際海洋戦略室の素来と、病的な佇まいの彼とは対照的な小太りの男は、冷徹な視線をケースに収められた艦娘たちに向けている。

 

「鬼威館長。いままでに蒐集された艦娘の数は?」

 

「現時点で146。さきほど日本通運が舞鶴から新たに運んできたものを加えて151です」

 

 小太りの男――防衛省防衛政策局の弄橋(いらえばし)の質問に、鬼威はすらすらと答えた。

 

 その回答に弄橋は苦い顔をした。

 

「我々が休戦前に確認した艦娘の数は300以上だ。半数以上が闇に消えている……」

 

「全国の鎮守府から提出のあったリストと艦娘については、すべて弊館が管理しています。いまこの場で突き合わせていただいてもかまいません」

 

「いや、貴方がたを疑っているわけではありません」

 

 弄橋はすぐさま微笑みを浮かべ、顔前で手を振った。

 

「鎮守府解散の際に、艦娘を持ち出したまま行方がわからなくなっている提督も少なくはないですからね……」

 

 そのあたりの事情は鬼威もよく知っていた。

 

 提督のなかには新政権を信用せず、艦娘がすべて解体される可能性を危惧し、カード形態の艦娘たちを所持したまま行方をくらました者もいる。

 

「彼らと艦娘が国内に留まってくれているならばまだマシです」

 

 口を挟んだのは外務省国際協力局国際海洋戦略室の素来だった。

 

中国外交部(元麻布)から艦娘購入の話が出ています。艦娘ひとりあたり10億ドル以上は支払う用意がある、と」

 

「……冗談でしょう?」

 

 艦娘をモノとしか見ていない鬼威は特に何とも思わなかったが、弄橋は驚いて素来の青白い横顔を見つめた。

 

 彼からすれば艦娘は旧軍からの“伝統”と“戦力”の継承であり、日本固有の財産であった。

 

 海外に売り渡すなど、到底ありえない話だ。

 

 しかしながら艦娘をもたない隣国の「使わないならばこちらに寄越してくれ」という声もわからないわけではない。

 

 特に中国共産党は純科学的アプローチで、現代級なる艦娘を量産しようとして計画を頓挫させた過去があるほど、艦娘に執着している。

 

「勿論、早期にまとまる話じゃありません」

 

 素来はなだめるような口調で続けた。

 

「加えて連立政権入りしている社会国民党(しゃみん)が反発しています。艦娘の売却は武器輸出にあたる、と」

 

「まさか彼らのおかげで首の皮一枚つながるとは……」

 

 溜息をつきながら、弄橋は再び視線をケースの艦娘たちに遣った。

 

「ちなみに鬼威館長は“声”は聞こえるのですか」

 

「声?」

 

 鬼威は弄橋から急に話を振られたのと、それが予想外の話題であったのと、二重の意味で戸惑った。

 

艦娘(カード)の声、ですよ」

 

「聞こえるものなのですか?」

 

「提督たちは聞くことができるらしいです。会話ができるのだとか」

 

「そうなんですか。ご存じのとおり私には提督としての適性はありませんよ。声の話も初めて聞きました。噂に聞く妖精、とやらも見たことがありません」

 

「そうでしたか、失礼しました」

 

 弄橋が口を閉じる前に、鬼威がポケットに入れている携帯端末に着信があった。

 

「……」

 

 彼は鹿島に複数の通信端末を持たせていた。

 

 定番の衛星電話も持たせているがこちらはいろいろと制約が多い。

 

 そのため携帯電話の電波やデータ通信が可能な日本近海で活用できるタイプのものも持たせていた。

 

――リ級、ツ級を含む敵艦隊と交戦中。

 

 短いメッセージとともに座標が画面に示されている。

 

 鬼威は状況をすぐに理解した。

 

「避難してください」

 

「は?」

 

 ぽかんとするふたりに、彼は説明した。

 

「深海棲艦が来ます。ここに、です」

 

 廊下に出て窓の外を見れば、水平線の向こうに血煙と煤煙から成る瘴気が立ちこめているのが見えた。

 







◇◆◇



次回更新は1週間以内を予定しております。



◇◆◇


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