【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました―― 作:河畑濤士
鬼威は迷わず鹿島へメッセージを送るとともに、スタッフの避難に動き出した。
現在の国立現代海洋博物館に、一般の来館者はいない。
あらかじめ録音された館内放送が避難を呼びかけ、スタッフたちは少しの驚きとともに、整然と避難を開始する。
日本国民は――太平洋沿岸の人々はみな戦争に慣れていた。
「誰か残っているか!?」
最後に残ったのは、責任者の鬼威である。
男子トイレ、女子トイレの個室まで見て回り、展示物の準備を行うバックヤードまで達したところで、彼は遠雷がごとき轟音と地響きに襲われた。
「撃たれたか」
咄嗟にしゃがんだが、目に見える範囲では、キャプションボードを作成するための発泡スチロールが机から落ちたくらいで、ほかに何も異変は起きなかった。
鬼威もまた戦争に慣れている。
砲声と着弾時の大音響――彼は妻と美雪とともに乗った旅客船で、かつてそれを聞いた。
「っ! ……着信!」
彼は再び携帯端末の画面を見た。
そこにあったのは、彼が期待する返事ではなかった。
「私は逃げません。みなさんが避難する時間を稼ぎます」
馬鹿、という言葉を呑みこんだ。
戦力の保全のために撤退しなさい、と打とうとした指を止めた。
彼女がモノであるだとか、人間の生命の価値だとか、そういった思考を封じた。
「我々には、いや、私には君が必要だ」
鬼威は自分が鹿島を避けていた理由を、はっきりと自覚した。
(陳腐だな)
自嘲せざるをえない。
無意識のうちに、美雪が成長していれば彼女のような――などとそんなふうに艦娘と美雪を重ねていたのかもしれない。
だから遺影のように艦娘を並べた展示室が不愉快だった。
(それに――)
鹿島は沈むだろう。
それで、たったひとり稼働状態で残っていた鹿島は――。
なぜか人懐こい笑顔とともに付いて回ってきてくれた鹿島という存在は、終わる。
そんな結末、望むはずがなかった。
(だが
鬼威はバックヤードの物陰まで見て回り、誰も取り残されていないことを確認しつつ、思考を巡らせた。
その途中、床に数枚のカードが落ちているのが視界の端に入った。
彼はそれを拾い上げるとともに――駆け出した。
「なあ……」
先程のバックヤードが、見回りで残っていた最後の場所だった。
「いまきみたちの仲間が、
バックヤードは展示室に繋がっている。
「俺には助ける力はない、提督としての能力もないっ!」
彼は展示室の物言わぬケースに向けて怒鳴った。
「鹿島を助けられるのは、きみたちだけだ! 頼む――目覚めてくれ!」
だが返ってきたのは、沈黙だった。
「……」
勿論、鬼威は奇跡が起こるとは思っていない。
「おまえたちがそこまで臆病だとは思わなかった!」
彼は踵を返して館外へ出て、駐車場へ走った。
駐車場の一角で業務用のハイエースが横転したまま燃えていたが、彼は一向に気にしなかった。
そこから少し離れたところに駐車してある自分の軽自動車に乗りこむと、握りしめていたカードを助手席にぶちまけた。
「何が艦娘だ! 何が人類の切り札だ! おまえたちは軍事兵器だ!」
彼は怒鳴り散らしながら、「いちばん近い埠頭に来い」と通信端末にメッセージを打ちこんだ。
「戦うために生まれてきた! それが敵を前にして知らぬ存ぜぬか!」
“それで、どうするってんだよ、おまえは?”
“適性もねえ、力もねえ”
“だから、逃げるのか?”
そんな声がしたような気がした。
だから鬼威は年甲斐もなくひとりで叫んだ。
「適性もない、力もない――だが
アクセルを踏みこんで、車を出した。
目指すは鹿島に持たせた端末が送ってきた座標に最も近い埠頭だ。
「鹿島をカード形態にして逃げるしかない……!」
埠頭で鹿島を回収し、内陸へ逃げる。
一応、防衛省防衛政策局の弄橋と別れる際に、彼に援護を要請しているとはいえ、陸海空自衛隊が首尾よく出動したとしても、成功の可能性は低いだろう。
が、鬼威がいまある手札でできることといえば、それしかなかった。
◇◆◇
艤装の最右翼に配された14cm連装砲の砲室を、8インチ弾が穿つ。
装甲が拉げたかと思うと、次の瞬間にはその隙間から爆炎が噴き出し、高熱が鹿島の髪を炙った。
だが鹿島は悲鳴を押し殺し、仰け反りそうになる上半身を意志の力で操り、右へ全身を大きく傾けて回避機動を採る。
遅れて飛来する敵の弾雨。
弾ける海水が、まるでシャワーのように一帯に降り注いだ。
それでも彼女は有効射程に入った駆逐ロ級に、残る14cm連装砲と12.7cm連装高角砲を指向した。
逆転の目は、ない。
重巡リ級と軽巡ツ級のペアが後方から弾幕を張り、その援護の下で駆逐ロ級が突進してくる。
辛うじてロ級1隻を猛射して無力化したが、それまでだ。
すでに鹿島はロ級が放つ10発近い5インチ弾を浴び、満身創痍の状態であった。
弾片が突き刺さった脇腹からはどす黒い血がにじみ、直撃弾を浴びた右脚は捻じれて妙な方向に曲がっている。
(……それでも)
諦めていない。
自身の生存を、ではない。
彼女自身が立っていることで、次の瞬間には
燃えはじめた帽子を投げ棄て、再び単縦陣を組んで突進してこようとする駆逐ロ級を睨む。
「逃げろ」
「私には君が必要だ」
「いちばん近い埠頭に来い」
(ありがとうございます。でも、私は艦娘です……)
自動読み上げソフトがささやく鬼威館長の言葉に感謝しながら、彼女はここで沈むことを決めていた。
(ならば必要としてくれるヒトのために、最後まで戦います)
ロ級が放つ砲弾の雨を辛うじて掻い潜る。
塩と血と腐敗物の入り混じる臭いを発する水が噴き上がり、彼女を濡らす。
その水柱の向こうから軽巡ツ級が擁する8門の5インチ砲が火を噴き、鹿島の薄い装甲と艤装を引き裂いた。
「あ゛っ゛、が……」
息が詰まるほどの衝撃と激痛。
上体をくの字に折りながら、慣性で後方へ滑っていく。
現実は、鹿島の意思を嘲る。
皮肉にも彼女はじりじりと陸地に追い詰められていた。
「
自動読み上げソフトの人工音声が耳朶を打つと同時に、撃ち出された6インチ弾が鹿島の顔面に直撃した。
弾け、爆ぜる弾体は四散して鹿島の後方に散らばる。
それだけではなく、彼女の右頬や右耳といったパーツが吹き飛び、その中に片耳式のイヤホンが含まれていた。
「……」
仰向けに倒れそうになる身体を、彼女は持ちこたえる。
闇雲に連続射撃を開始する彼女の12.7cm連装高角砲――それを無視したロ級駆逐の群れは高角砲の砲塔を直接照準で猛射して破砕した。
(イヤホンが、これでもう、館長の言葉も、聞こえない)
鹿島がそう思ったとき、彼女の鼓膜はクラクションの音を捉えた。
反射的に振り向く。
(なんで、そこに)
血と涙と海水で濁った瞳に映ったのは、銀色の軽自動車であった。
そして運転席から手を振る人影が、おぼろげに見えた。
(なんでそこまで――)
そこまで考えて彼女は気づく。
ロ級の、ツ級の、リ級の砲門が若干せり上がった。
「にげ――」
狙いはすでに、彼女にない。
「逃゛げてぇえええええええ゛!」
途端に彼女の足元が揺らぎはじめた。
炎上したまま艤装が崩壊しはじめ、踝が、脛が、膝が海面下に没しはじめる。
「クヒ――」
そして赤黒い瘴気を発するリ級が、口の端を歪め、顔面に嘲笑をつくった。
「ヒヒヒ……ッ!?」
その1秒後、リ級はその嘲笑を凍らせた。
青白い光が、軽自動車から漏れた。
破砕されて吹き飛ばされる天蓋、ドア、フロントガラス、4枚のカード。
そして岸壁上に鬼威を棄てて飛び出した人影は、空中で全身を
「待たせたなぁ、後輩――!」
黒いマントを翻しながら着水。
と同時に5連装発射管から必殺の魚雷が解き放たれた。
「木曽、先゛、ぱい゛――」
慣性の働く海上のこと、ロ級駆逐は魚雷を回避できず、巨大な水柱とともに切断され、どす黒い内容物を海中へぶちまけた。
「俺だけじゃないぜ。戦いを求めてるのはよぉ」
岸壁を見れば、ひとつ、またひとつと光が爆ぜる。
宙を舞うカードの1枚、1枚が赤黒い瘴気に跳ね除ける青白い光を発した。
「鬼威提督ッ、この天龍様に舐めたクチをきいたお前をぶち殺すのは最後にしてやる!」
「そこまで言われればな――この磯風、ここは護ってやる」
「かーっ! ピンチに駆けつけるあたし! 我ながらかっこいいねぇ!」
「軽で鹿島さんを拾おうってそんな杜撰な作戦をされたら、この艦隊の頭脳といわれた私が見逃しておけるわけがありません!」
ふざけたセリフとともに口の端から漏れるのは、超高温の吐息。
光の中から顕現した艤装が煙を噴き、鋼鉄の武装がいま解き放たれた。
装備こそ初期のそれに近いが、しかしながら練度は最大にまで高められた歴戦の艦娘が、海上を躍りはじめる。
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次回更新は1月26日(日)を予定しております。
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