【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました―― 作:河畑濤士
「かっせん じゅんび」
ヒトが精霊だとか、妖精だとか呼ぶ不可視の存在たちが、わらわらと集まる。
「かっせん じゅんび」
優しく吹き荒れた風の合間から現れた彼らは艦娘たちの艤装に乗り、次々と号令をかける。
「かっせん じゅんび」
艦娘たちが噴き出した爆煙が、絶望の瘴気を吹き飛ばした。
甦る青白い空。
降り注ぐ金色の陽光。
銀色に光り輝く水飛沫。
「かしかん へい ことごとくに みよ!」
最後に現れた彼らは鬼威の肩までよじのぼると、高らかに叫んだ。
「あっき あくりょう ことごとく きけ!」
金の喇叭が吹きわたり、太陽が大書された旗が天を衝いた。
「われらが ていとく は ここにもどったぞ!」
再び色を取り戻した世界。
その中心で、仰向けのかたちから上体だけを起こした鬼威は「畜生」と毒づき、吹き飛ばされた自分の黒縁メガネを拾い上げてかけ直した。
レンズが片方、外れている。
「お前たち艦娘が最初から素直に出てくればッ!」
その言葉に反応したのは、岸壁下に降り立ったまま動かないでいた江戸紫色の長髪を有する艦娘であった。
「その前に提督がここまで来ちゃったんだから仕方がないでしょお!」
「俺の軽を吹き飛ばす必要はないだろう!」
「あー、さーてっと、一仕事しますかねえ!」
紅白の制服に濃緑の長衣を巻きつけた彼女は、航空甲板が描かれた巻物を広げた。
「勅令!」
彼女の懐に仕舞われていた紙片が舞い上がり、航空甲板を模した巻物の直上を翔ける。
「攻撃隊、発艦ッ!」
純白の紙片に色がつき、翼がつき、飛行機が形成された。
「あれぇ……彗星じゃなくて九九式艦爆!?」
素っ頓狂な声を上げる彼女を無視して、鬼威は繋がってくれと願いながら防衛省防衛政策局の弄橋に電話をかけた。
数コールの後に、通話は繋がった。
「鬼威館長、無事ですか!?」
「なんとか。ただ
「6隻?」
「とにかく艦娘を呼び出せました。自衛隊の援護はありますか?」
「いま県知事と都知事から海上出動派遣要請を出してもらいました」
現政権に手抜かりがあるとすれば、この十数年の戦争の間に成立した“戦争法案”のほとんどを改正していない点だ。
現行法においては、神出鬼没の深海棲艦に対応するため、主権を有する国民によって選出された都道府県知事が要請すれば、内閣の決定や国会の承認がなくとも、陸海空自衛隊は深海棲艦に対する武器使用が可能である。
それを鬼威は知っていたし、弄橋もこれを利用するために都道府県知事とのパイプを作っていた。
「鬼威館長。ヘリと哨戒機がそちらに向かいます。こっちでタイミングを報せます。このまま繋げておいてもらっていいですか?」
「わかりました、ありがとうございます!」
鬼威はスマホを手にしたまま、可能な限りの大声を張り上げた。
「自衛隊の援護を要請した! タイミングはこっちから報せる!」
「私の計算では、それは不要かとッ!」
眼鏡をかけた和装の艦娘はそう返事をしながら、背負う巨大な連装砲を赤黒い瘴気を放つ怪物へ指向した。
「敵は最大でも重巡。私がひねりつぶします!」
そうして始まるのは連続射撃。
発砲の衝撃波が海面を割り、岸壁を叩き――鬼威に襲いかかる。
「は?」
「危ない」
艤装を解いたセーラー姿の艦娘が鬼威に覆い被さり、人間など簡単に吹き飛ばしてしまう爆風から彼を守った。
そのそばで残骸と化していた鬼威の軽自動車は、またもや吹き飛ばされ、電信柱に激突して路上を転がっていく。
近傍にあった物流倉庫や事務所の窓ガラスが一斉に割れ、あらゆるものの破砕音が響き渡った。
その中で鬼威に被さった艦娘だけは、黒の長髪が乱れる程度の被害で済んでいる。
彼女は眉間にしわを寄せながら、苦々しげに声を上げた。
「霧島、気をつけろ」
「司令、磯風さん、ごめんなさい!」
「……めちゃくちゃだ、お前ら艦娘はッ!」
磯風の腹の下で呻く鬼威。
「天龍、俺は鹿島を助ける!」
「わかった。言っとくが後輩、援護はしねえ――俺は斬りこむだけだ!」
そこから離れた海上では、木曾が鹿島を支え、天龍が高速突撃に移っていた。
それを迎え撃つのは2隻のロ級だが、最先頭の1隻は彼我の運動エネルギーが乗ったすれ違いざまの斬撃を浴び、続く片割れは跳躍した天龍が繰り出す大上段からの一撃に沈んだ。
茶がかかった黒い液体を全身に被りながら着水した彼女は、右眼で軽巡ツ級と重巡リ級を交互に見た。
(隼鷹の攻撃を通すためにも、ツ級からやる)
「霧島! 俺はツ級をやる、援護してくれ!」
対するツ級は引き撃ちに出た。
全力で後進を開始し、8門の5インチ砲を連射する。
「そんな逃げ腰で、この天龍様を止められるかよォ!」
射撃、射撃、射撃――1分あたり120発という馬鹿げた火力投射。
が、天龍はそれを前にしてもまったく怯まなかった。
「こんなもん当たったとしてもカスダメにしかならねえよ!」
斬艦刀の刀身で射弾を偏向させ、あるいは砲弾を叩き斬り、叩き斬りながらその弾体を驚異的な腕力で海面へ叩き落とす。
そうして彼女はその凶器を下段に構え直し、指呼の距離にまで敵に肉薄した。
「
会心の咆哮を上げようとした瞬間、彼女は必殺の一撃を途中で切り上げ、大きく上体を左に崩した。
そのあとに迫るのは、重巡リ級が放つ横殴りの一撃。
10万馬力の出力がこめられたそれは、常人は勿論、軽巡洋艦未満の艦娘の生命を容易に刈り取りうる。
しかしながら、赤黒い瘴気を纏ったその拳は、ただ空気を掻き回すだけに終わった。
「そんなテレフォンパンチ、当たるかよ!」
横合いから殴りかかってきたリ級を笑いながら、天龍は仕切り直すために後進を選んだ。
と同時に彼女の艤装、背負う12cm連装高角砲がリ級に向けて全力射撃を開始する。
咄嗟にガードを固めることを選んだリ級と対照的に、今度は軽巡ツ級が8門の5インチ砲を天龍に指向し――次の瞬間、ツ級は5インチ砲を頭上へ指向した。
その先には、九九式艦爆の編隊がある。
「みんなぁー無理すんなよぉー!」
隼鷹の叫びとともに九九式艦爆の編隊は瞬く間に散開し、ツ級の対空砲火を
狙いはもとより爆撃にない。
ツ級の気を惹くためだけのフェイントだ。
「よーし、今度こそ! 攻撃隊――って、今度は九七式艦攻!?」
隼鷹が騒ぐなか、後退する天龍と入れ違うように霧島が最前衛に躍り出た。
九九式艦爆から霧島へ指向された敵砲門が雨霰と5インチ弾を発射する。
1発目は彼女が背負う35.6cm砲塔に直撃して火を吐いた。
2発目は彼女の右肩に着弾して破片を撒き散らし、海面を割った。
3発目は彼女の右脚に命中し、その運動エネルギーのすべてを叩きつけた。
4発目は彼女の腰帯に直撃して炸裂し、破片と火焔の混淆物を浴びせかけた。
「……」
5発目、6発目、7発目、8発目――5インチ弾が次々と直撃し、そしてそのすべてが砕けていった。
「……」
霧島は胸を張ったまま、そこにいる。
「それで?」
恐ろしく底冷えする声で、彼女は長大な砲身を巡らせる。
それを見ただけで2隻の深海棲艦は回避運動を採らざるをえない。
「いまの私の装備スロどうなってんの!?」
霧島・天龍ペアと敵艦との真っ向勝負は膠着状態。
そんな状況で再び素っ頓狂な声を上げた隼鷹を無視し、鬼威と磯風は協力して岸壁の上に鹿島を引っ張り上げていた。
「大丈夫かっ――」
崩れる鹿島を抱きとめた鬼威は、血と鉄と油と潮が入り混じった臭いを嗅いだ。
「館、ぢょ、お゛……」
「……」
「あり゛がと……」
「鹿島……?」
次の瞬間、燐光が散り、鹿島が消え失せた。
鬼威の
先程まで確かにそこにあった熱量の塊が、跡形もなく消え去った。
「は?」
鬼威は己の頬についた鹿島の体液を右手で拭うと、掌についた機械油を連想させるそれを呆然と見た。
「大丈夫だ、司令。足元を見ろ」
脇に立っていた磯風は彼の脇腹を肘でついた。
「……よかった」
鬼威の足元には、1枚のカードが落ちている。
“大破”と大書されてはいるが、沈没だとか戦死だとか、そういう物騒なことは書いていない。
彼がそれを大事に内ポケットに仕舞うと同時に、スピーカー通話に切り替えていたスマホの向こう側から声がした。
「鬼威館長ッ! 5分後、海上自衛隊の哨戒機が2機、上空に到達します!」
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次回更新は1週間以内を予定しております。
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