【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■6.身勝手な人々。

 眼鏡のレンズ越しに鮮血の気魄を纏う黒鉄(くろがね)が迫る。

 

 だらりと垂れ下げられたリ級の右腕に力が篭もり、次の瞬間には霧島の顎を刈り取らんと下段から上段への一撃が繰り出された。

 

 漆黒の装甲に(よろ)われた渾身の打撃。

 

 それを霧島は左掌で受け止め、受け止めるだけにとどまらず、その先端を握りしめた。

 

「殴り合い?」

 

 霧島の瞳孔が拡大する。

 

「この霧島の得意とするところよ――!」

 

 リ級の右腕を覆う装甲、その表面に霧島の指先が食いこみ、わずかなひびが入った。

 

 と同時に、霧島は鋼鉄の右拳を腰まで引いている。

 

 次の瞬間に放たれるのは、必殺の右ストレートであろう。

 

 が、リ級は霧島の予備動作が見えているにもかかわらず、余裕の表情を浮かべていた。

 

(おかしい)

 

 思考を置き去りにして霧島は大きく上半身を左に崩した。

 

 その1秒後、フリーになったままのリ級の左腕、そこに収められている8インチ砲が火を噴いた。

 

 砲弾は霧島の右肩を掠め、遥か後方の海面を割る。

 

 そして爆風が霧島の眼鏡を吹き飛ばした。

 

「考えましたねッ!」

 

 リ級の8インチ砲に次弾が装填される。

 

 対する霧島が背負う艤装――35.6cm砲は射界の問題で、懐のリ級を狙えない。

 

 リ級がにやりと笑った瞬間、今度こそその笑みがひきつった。

 

「しゃらァ――!」

 

 黒い外套をはためかせながら、横合いから突っこんできたのは木曾であった。

 

 リ級は咄嗟に左腕の8インチ砲を向けたが、間に合わない。

 

 木曾のタックルが、自身ともどもリ級を引き倒す。

 

 ゴロゴロとひとかたまりになりながら海上を転がっていく両者。

 

 もちろんただ転がっているだけではなく、リ級は両腕の8インチ砲を木曾は初期装備の25mm機関砲を互いに撃ち放ち、己の拳をぶつけようと格闘していた。

 

 他方、天龍とツ級の間でも激しい拳と剣戟の応酬が続いていた。

 

 両者の間でこうも原始的な肉弾戦が始まった理由は、主に深海棲艦側の意図するところにある。

 

 霧島が登場したことで彼我の火力には隔絶が生じ、また隼鷹の艦上機もまた隙あらば航空攻撃を仕掛けようと周辺に滞空している。

 

 ならばと彼らは、敵味方混淆の状態を作り出すことで、霧島の火力投射や艦上機の攻撃を封じようと近接戦闘を挑んだのであった。

 

(決定打がねえ……!)

 

 装甲されたツ級の巨大な拳と、天龍の長大な斬艦刀が激突し、火花(はな)散らす。

 

 その最中、天龍は苦々しい表情を浮かべながら怒鳴った。

 

「おいッ! いるんだろ!?」

 

 その数秒後、彼女と深海棲艦の耳朶(じだ)を、ターボプロップエンジンの音が打った。

 

「ワダツミ・コントロール。こちらサンダー101、深海棲艦(バンディット)を視認した」

 

 太陽の照り返しでギラギラと輝く銀翼が、鬼威の頭上はるか高くに現れた。

 

「サンダー101。ワダツミ・コントロール。彼我の状況報せ」

 

 2機の海上自衛隊P-3C哨戒機が、ぐるりと海域の周囲を旋回する。

 

「ワダツミ・コントロール。サンダー101。艦娘“6”、彼の数は2。近接戦闘中――それと」

 

 否、2機だけではない。

 

「我は艦上機のエアカバーに入った」

 

 4発のエンジンを積んだ純白の機体をエスコートするのは、濃緑の翼。

 

 隼鷹改二の初期装備、試製烈風の編隊である。

 

 戦爆連合というには貧弱だ。

 

 航空艦隊というには寡兵だ。

 

 だがこの戦況を変えるには、十分すぎた。

 

「――リ級をやれ!」

 

 天龍が怒鳴ったのと、P-3C哨戒機が航空爆弾を投下したのは偶然にも同時だった。

 

 翼下から切り離された数百kgのそれは虚空で鋼鉄の弾殻を脱ぎ捨てる。

 

 そして複数の子弾を――閃光弾を撒き散らした。

 

「オオ゛ッ!?」

 

 海上に、光の塊が生じた。

 

 生命を育む太陽の光とも、深海棲艦たちが羨む街灯の優しい光とも違う、強烈で攻撃的な光が奔り、深海棲艦の網膜を()いた。

 

 そしてその光が過ぎ去ったときには、勝負は決していた。

 

「……」

 

 鬼威はおそるおそる目を開き、双眼鏡で海上を見た。

 

「……誰だよ」

 

 無惨。

 

 天龍の斬撃を浴びた軽巡ツ級は、上体から体液と臓物を零しながら、惰性で後方へ進み続け、そのまま沈んでいった。

 

 他方、リ級もまた虚空でもがいていた。

 

 彼女の胸を貫いているのは、長大なる戦槍。

 

 そしてその凶器ごとリ級の全身を持ち上げているのは、紫がかった黒髪の少女であった。

 

「天龍ちゃん、私も別にずっと見てたわけじゃなくて~」

 

 それから彼女は瀕死のリ級を海面に叩きつけ、今度こそ絶命に至らしめた。

 

「これでも最速で駆けつけたつもりなんだけどね~」

 

 

 

 ◇◆◇

 

 

 

「ワダツミ・コントロール。こちらサンダー01。深海棲艦(バンディット)の無力化を確認」

 

「サンダー01。ワダツミ・コントロール。了解。別命あるまで周辺海域の監視を実施せよ」

 

 P-3C哨戒機に装備されている03式前方光学監視装置によって戦闘をリアルタイムで監視していた統合任務部隊(JTF-)“わだつみ”司令部では、勝利の安堵と、不可解な事態に対する困惑が広がっていた。

 

「どういうことだ――」

 

「国立現代海洋博物館の人間が艦娘を起動させた?」

 

「政策局の弄橋(いらえばし)さんいわく“館長が喚んだ”そうです」

 

「彼は無能力者だろう……?」

 

 東京都練馬区に所在する陸上自衛隊朝霞駐屯地に規模が縮小されつつも存続していたJTF-“わだつみ”は、誰が艦娘を起動したのかという一点を除いて、おおむね事態を呑みこんでいた。

 

 彼らは、大破した鹿島を回収するために、艤装をまとった等身大の形態でも艦娘の搬送が可能な大型輸送ヘリコプターCH-47JBをすでに飛ばしている。

 

 そしてこのあと市ヶ谷――あるいは永田町に呼び出されるであろうことも。

 

 実際、そうなった。

 

 日本政府は上から下への大騒ぎとなった。

 

 国家安全保障会議と事態対処専門委員会の面々が召集され、事後の対応についての話し合いが始まった。

 

 ついに深海棲艦、関東近海に出現す。

 

 静謐を保っていた彼らが突如として首都圏を脅かした、そのインパクトは大き――

 

「それで」

 

 会議の場で、首相は左右を見て口を開いた。

 

「報道を黙ら――いや報道への対処は大丈夫なの?」

 

「……?」

 

――くはなかった。

 

 事前に閣僚たちに対して情報共有が図られていたにもかかわらず、首相ら一部の閣僚の言動はどこかズレていた。

 

 目の前に迫る危機への対応について議論するのではなく、日本国内における反応をどう捌くか、要は内向きの方針と対応をどうするかが最優先事項に挙げられたのである。

 

(……)

 

 参席している防衛省防衛政策局の官僚をはじめ、数名がうんざりした様子で目線を交わしあった。

 

(俺たち、この場に要る?)

 

 深海棲艦の襲撃を自然災害にたとえるならば、二次被害が拡大する可能性がある予断を許さない状況で、一から十まで世論と支持率対策について話し合っているようなものだ。

 

 しかも目の前で起きた事態は、自然災害ではない。

 

 明確な意思を有する敵が存在する、戦争だというのに。

 

「首相、いまは報道よりも考えなくてはならないことがあります!」

 

 思わず、といった様子で挙手をして横槍を入れたのは、連立政権を組む社会国民党の内房(うちぼう)であった。

 

「なぜこの首都圏の近くで望まぬ戦闘が起こってしまったのか。それを検証することが最優先の課題です。自衛とはいえ、血が流れてしまった。大変悲しいことです……」

 

(いったい俺たちは何を聞かされているんだ……?)

 

「これを繰り返さないという反省を首相は示す必要があります。また現地で自衛戦闘を行ったという艦娘、出動した自衛隊、そしてわれわれ国民の、深海棲艦に対するコミュニケーションを試みる姿勢。これを改めて問い直すべきではありませんか?」

 

 いま市井(しせい)で懸命に学び、働き、あるいは病気や老いと闘い、ちょっとしたことに一喜一憂しながら日常を戦っている人々には、到底理解できない議論が始まった。

 








◇◆◇



次回更新は1週間以内を予定しております。

「書いたらその社は終わりだから」

約束されし炎上――!



◇◆◇
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