【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました――   作:河畑濤士

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■7.戦うことだけが、戦いじゃない。(前)

 国立現代海洋博物館周辺海域における戦闘の翌日は、鬼威にとって幸運にも休日であった。

 

 痛む身体を無視し、通勤ラッシュから2、3時間遅れた電車に乗りこんだ。

 

(洗っても全然取れない……)

 

 鹿島のどす黒い体液は、右掌の指の間やしわの溝、指紋のなかに残っている。

 

 こんなことをしている場合か、とも思うが、鬼威は昨日のうちに鉄屑となった自身の軽自動車の解体返納手続きと解体業者への連絡をすませていた。

 

 加入していた自動車保険は通常の事故であれば代車の手配が可能だったが、戦争や自然災害による全損は代車手配の対象外となっていた。

 

 というわけで、きょうは新しい車の購入のためにカーディーラーに行く算段を立てていた。

 

 またメガネも新調しようと決めていた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 降りた駅から少し歩いた場所にあるカーディーラーで、営業担当者に新車が必要になった旨と予算を告げると、彼はほくほく顔でパンフレットを広げて話しはじめた。

 

「それでは、こちらのミニバンはどうでしょうか。これまでは通勤用の軽自動車をお使いになっていらっしゃったそうですが、たとえば“娘さん”が学校でお使いになるお荷物を運ばれたり、アウトドアに活用されたりする際に、サイズは大きいほうがいいですよ!」

 

「……」

 

()……ふ、ふっ、司令(パパ)。こ、これがいい」

 

「あの、」

 

 鬼威は当たり前のように隣に座るセーラー服姿の少女を無視し、担当の男に「彼女は娘じゃありません」と告げようとしたが、言葉に詰まった。

 

 長い黒髪の少女。

 

 その赤い瞳は、不敵に笑っていた。

 

(じゃあ娘じゃなかったら、お前のなんなんだよってなるよな……)

 

 だから鬼威は、ひよった。

 

「あの、乗れる人数は?」

 

「7名です」

 

司令(パパ)と6人でちょうどいい」

 

(磯風ぇ~~~~~!)

 

 確かに鬼威は艦娘の連携が最大限発揮されるのは1個艦隊6隻編成だと聞いたことがあった。

 

 ゆえに隣で「司令(パパ)ー」とふざける艦娘は“ちょうど”と発言しているわけだが、鬼威は「それは違う」と思った。

 

(艦娘はカード形態で持ち運べるわけだから、別に大きい車種にこだわる必要は――)

 

「ではより詳しいプランをご用意しますね、少々お待ちください」

 

 営業担当者が席を外して奥に引っこんだので、鬼威は肘で磯風の脇を突いた。

 

「おい、いつの間に。まさか駅から――」

 

「今度こそ護る。そう私は誓いなおした。そしてそのなかでも重要人物となるのは司令、あなただ」

 

「だからカードじゃなくて艦娘でいるわけか、他の艦娘たちとは違って」

 

「木曾たちは司令の戦いたい、という気持ちに呼応した。戦いが終われば去るのは道理だ」

 

 あの一戦のあと、木曾をはじめとした艦娘たちは再びカードの姿でうんともすんとも言わなくなった。

 

 一度顕現したあとは、常に鹿島のように艦娘として姿を見せるものだと思っていたので、肩透かしを受けたというか、なぜだろうという疑問があったのだが、それがようやく氷解したかたちである。

 

(だがこうなるならカードの姿で黙ってくれていたほうがいいな)

 

 はあ、と溜息をつく鬼威をよそに、磯風は机上に開かれたままのパンフレットをめくった。

 

「しかし司令……この場に霧島がいなくてよかったな」

 

「なぜ?」

 

「霧島が、というよりは金剛型が、なんだが――おそらく彼女たちがいれば、これを選んだだろう」

 

 彼女が指さした先には、金剛仕様GR86/KONGO86なるスポーツ車が載っていた。

 

「お待たせいたしました!」

 

 そのあと鬼威は――嘘か真かはわからないが――通常仕様かつ白や銀といった普遍的な色合いの車輌だと、「ご時世がご時世だけに納車まで1年以上かかってしまいますね……」ということで、たまたま在庫があるというオプション付きかつ明るい青のミニバンを2週間後の納車で頼み、店を出た。

 

 そのあと、磯風を引き連れて無言のまま、眼鏡を新調する。

 

(もう昼過ぎだな)

 

 鬼威は腕時計をちらと見ると、無意識のうちに、

 

「昼食は何がいい」

 

 と磯風に聞いていた。

 

 それから続けて舌打ちをして、

 

「いや、艦娘は兵器――しかし、俺だけ食べていて磯風が何も食べずに座っているというのはおかしい話だ。というか、モノは食べられるのか?」

 

 と再び聞いた。

 

 それを聞いた磯風はにやりと笑ってみせる。

 

「本来は必要ない。が、いまの私は何か食べたい気分だ」

 

「では喫茶店(あそこ)にでも入るか」

 

 Delightと小さな看板が下がる喫茶店を、鬼威は指した。

 

 鬼威はコーヒーが飲みたいわけでも、喫茶店で出てくるような軽食を口にしたいわけでもなかったが、その店は飲食しながら喫煙ができることを知っていた。

 

 ◇◆◇

 

 翌日、鬼威は国立現代海洋博物館の最寄り駅まで、満員電車で揺られて出勤した。

 

 面倒事はすべて引き受ける、と防衛省、外務省関係者が請け負ってくれたが、それでもやるべきことは多い。

 

(まず対処しなくてはならないのは……)

 

 一昨日、昨日の時点で鬼威のスマホには、数名のスタッフから相談が入っていた。

 

「すみませんが、退職を考えています」

 

「博物館が深海棲艦のターゲットになっているなら、家族から辞めてほしいと言われました」

 

「テレビで戦闘があったことを知りました。さすがに命が大事です。明日、相談させてください」

 

 そんなメッセージアプリに、そんな短い文が舞いこんできている。

 

(まあ、当然だ……)

 

 何かを問われれば誠実に答えるほかない。

 

 文化庁の関係者や防衛省、外務省といった政府関係者から特に口止めはされていない。

 

 が、強引には引き留められないであろう。

 

 “最前線に立つ”、自分も含めてだが、そんな覚悟を固めたことはない。

 

「すみませんっ、国立現代海洋博物館の方ですか!?」

 

「はい、そうです。私は館長ですが……」

 

 心ここにあらず、思考を巡らせながら歩いていた鬼威は、正門前で急に話しかけられて周囲の状況に気づいた。

 

「わたくし、日都(ニットー)放送の神前(かんざき)と申します」

 

 突然向けられたマイクとカメラに鬼威は驚いたものの、それが表に出る前に、柔和な表情を顔面に張りつけた。

 

「ご挨拶ありがとうございます。おはようございます。私は国立現代海洋博物館で館長を務めております、鬼威と申します」

 

「鬼威館長、一昨日、この周辺で深海棲艦との戦闘があったのは事実なのでしょうか?」

 

 他のレポーターたちも一斉にマイクを向けてきたが、事前に防衛省防衛政策局の弄橋から「正直に話していい」と言われていたことを思い出し、鬼威は事実を口にした。

 

「はい。深海棲艦6隻が突如襲来、弊館が管理する艦娘が人命と自身を守るための自衛戦闘を行いました」

 

「深海棲艦6隻ですか!?」

 

「はい。他に何か質問はありますか?」

 

「いま弊館が管理する、とおっしゃいましたが、艦娘はここにいるんですか?」

 

「はい。弊館は艦娘を収蔵しております」

 

「今回の戦闘は日本政府側が仕掛けた、それとも深海棲艦側が仕掛けた?」

 

「深海棲艦が仕掛けてきました。3日前まで弊館の稼働保存艦娘は1隻、深海棲艦が襲来したため、やむなく6隻を追加で起動いたしました」

 

「1年前の政権交代以来、日本政府は、深海棲艦はもう日本沿岸に現れることはない、という説明してきましたが!?」

 

 ひとりのレポーターが興奮ぎみに聞いた。

 

「それは」

 

 鬼威が何かを言う前に、他のレポーターもまた声を上げた。

 

「先日の記者会見では、少数の深海棲艦が“迷いこんだ”ということでしたが!?」

 

 その声とは対照的に、そして顔面に張りついているにこやかな表情とは対照的に、鬼威の口からは低い声が出た。

 

「それは、嘘ですよ」

 

「えっ」

 

 鬼威は朝の情報番組のキャラクターをつけたマイクをもつレポーターを認め、生放送であることを認識するとともに、にこやかに言った。

 

「テレビの前のみなさん」

 

 卑怯だな、と自嘲しつつも鬼威は、穏やかに続けた。

 

「私は10年前、娘を深海棲艦に殺されました。みなさんのなかには同じようにつらい思いをした方がいると思います」

 

 じくりと心が痛んだ。

 

「戦いを避けたい気持ちはわかります」

 

 気づけば隣に、艦娘たちが立っていた。

 

「しかし、いま、深海棲艦はこの日本に集結しつつあります。私たちの生活を破壊するために、です。ならば私たちは戦うしかありません――」

 

 これは鬼威なりの、誰かに対する宣戦布告だった。

 

「――少なくとも私は、あなたたちを守るために戦います」

 








◇◆◇



次回更新は1週間以内を予定しております。

自分が忘れるといけないので一応書いておきますが、鬼威は公務員ではありません。

(独立行政法人であるため)



◇◆◇


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