【完結】さよなら、艦隊これくしょん――日本は抵抗をあきらめました―― 作:河畑濤士
海を圧し、空を圧し、人を圧す。
背負う砲塔が、ほのかな月光と奔る赤色灯を浴びて輝いた。
紅白の戦装束。
首回りを護る装甲にあしらわれているのは、菊の御紋。
彼女は亜麻色の瞳に決意を帯びて、拳銃を構える警察官たちを路傍の石のように無視し、国立現代海洋博物館の正面玄関に立つ。
そのまま彼女は特別に気負いもせず、力も必要とせず、拳を固めることもなく、施錠されたガラス張りの自動ドアをただ歩くだけで粉砕した。
ガラスを粉々に粉砕するだけではなく、砲塔に引っかかる自動ドアの
「何の用だ」
人間サイズに押しこめた暴威の塊に、真っ向から立ち塞がるただの男がひとり。
分厚い装甲と46cm三連装砲で武装した彼女は、濃紺のスーツを着た男を睨んだ。
大和型戦艦1番艦と、国立現代海洋博物館館長の鬼威の視線で、虚空で交わった。
「仲間たちをこの
彼女は続けて金属同士がぶつかり、擦れあう音を返事とした。
虚空に向けられた砲口から生じる爆風と衝撃。
窓ガラスがことごとく砕けて四散し、蛍光灯が弾けて、夜の闇が一気に押し寄せる。
「ただの空撃ちでこれかよ!」
いつぞやの再現。
右手に持っていたカードから顕現した磯風と一塊になって床に這いつくばる鬼威の瞳は“第1展示室”に向かって歩き出す大和の姿を捉えていた。
「行かせるな、やつの狙いは艦娘だ!」
鬼威の叫びとともに、青白い光が瞬いた。
その1秒後、埃が舞う空間をふたつの影が切り裂いた。
先陣を切った木曾は床に散乱するガラス片を踏み潰しながら、大和に突進し――同時に彼女もまた、大和の懐からあふれた
「木曾先輩、ごめんなさい!」
「古鷹ァ!」
続けて振るわれるのは異様なまでに巨大な右腕。
木曾はすんでのところで上半身を反らしてその一撃を躱したが、足を止めざるをえない。
その脇を走り抜けていったのは、霧島である。
「大和さん、なんでですか!?」
大和を取り押さえようと両腕を伸ばした霧島と、彼女に向き直った大和が、がっぷりよつに激突した。
「“この国は守るに値しない”」
霧島の両足が、宙に浮いた。
「生前、私の提督はそう仰いました」
次の瞬間、霧島は虚空を舞っていた。
もうフレームしか残っていない窓の向こう側に戦艦がいともたやすく叩き出されるさまに、鬼威は一瞬だけ唖然としたが、それでも立ち上がった。
「そんなことはない!」
その彼に、大和は冷徹な視線を遣った。
「この国は提督と艦娘を批難こそすれ、感謝することはありませんでした」
「……」
「平和を当然のものとして享受し、それが努力なしに続くと勘違いしている愚か者たちを、私の提督は見放しました。そして、私も――。とにかくこんな国を守るために艦娘が戦って傷つくべきではない」
「馬鹿馬鹿しいっ」
鬼威と磯風は、同時に駆け出した。
木曾に殴りかかろうとする古鷹が、脇からタックルを仕掛けた磯風に引き倒される。
その両者を避けながら、鬼威は再び大和と第1展示室の合間に割りこんだ。
「どいてください。怪我ではすまないかもしれませんよ」
大和の脅迫めいた言葉に鬼威は怯まず、両腕をめいっぱいに広げた。
「どかない。俺は戦う」
「こんな国のために?」
「国のためじゃない! お前と、お前の提督は何が欲しかったんだ? 国からの賞状か? それとも勲章か? 総理大臣から褒めてでも貰いたかったのか?」
鬼威の挑発的な問いかけに、大和の表情は険しくなった。
それに気づかず、鬼威はむしろ一歩前に出た。
「戦わなければ大勢の人々が死ぬ」
「死んで当然の国の人々だ、と言ったらどうでしょう?」
「そういうやつもいるかもしれないが、それでも真面目に一生懸命生きているやつや、まだ何も知らない赤ん坊もいる」
「……」
「それを守るために戦う。そのためには――」
「口だけは達者ですね」
次の瞬間、鬼威は宙を舞っていた。
(は――?)
何をされたかはすぐにわかった。
襟首を掴まれ、そのまま乱暴に横へぶん投げられた。
(片手で男を投げ飛ばす、なんて腕りょ――)
彼の思考は続かなかった。
背中から壁に叩きつけられ、衝撃に息がつまる。
「……」
床に這いつくばる鬼威に一瞥をくれることもなく、大和は再び歩き出す。
「……お、俺は、戦うと決めた」
それでも鬼威は半ば這いながらも、彼女の脚に縋りついた。
「敵がたとえ
「……」
大和はそれを足蹴にする。
「副砲1番――」
足蹴にするとともに、床に仰向けに倒れた彼に副砲を向けた。
「撃て」
そして躊躇いもなく射撃を命令する。
「……?」
が、副砲は火を噴くことはなかった。
その隙を衝いて鬼威は大和の腰目掛けて体当たりを仕掛け、ビクともしないとわかると両腕をその腰に廻してしがみついた。
「無駄です」
大和の言うとおりだった。
鬼威という重りなど、彼女にとってはさしたる障害ではない。
彼女はそのまま第1展示室の前まで歩みを進めると、ドアを押した。
が、ドアはわずかに動いただけで、再び元に戻った。
「みんなァ、絶対ここを抜かせんなあ!」
そのドアの向こう側から、悲壮な覚悟を帯びた明るい声がした。
「なんで――」
大和はドアを睨みつけた。
ドアを挟んで反対側にいるのは、隼鷹と、隼鷹に集められた警備員たちと、鬼威の戦う意思の下に集った妖精たちであった。
彼らは即席のバリケードを造るとともに、自身の身を以て封鎖を試みている。
「なんであなたたちはッ!」
大和は僅かに後退した。
「わからないんですか!?」
それから力任せにドアを蹴りつけた。
その一撃で、人と艦娘と妖精の抵抗線は瓦解する。
ドアもバリケードも彼らも一緒くたになって総崩れとなった。
「あなたたちが努力して、戦って、傷ついて、平和を勝ち得たとしても、それは何の価値もないんですよ! この国では、平和はあって当然のものなのですから!」
大和の怒気が、全方位に放射された。
「そんなこと、重々承知ですよ」
それにもひるまず、ひとりの警備員が、立ち上がった。
「ここにいる警備はほとんどが自衛隊、警察の退職者――」
彼女と真っ向勝負を挑もうという警備員は、またひとり、またふたりと身体を起こす。
「――クレームつけてくる連中もひっくるめて守るのが、俺たちの仕事だった!」
もはや戦術などない。
彼らは真正面から大和に突進した。
それを彼女は次々と投げ飛ばして捌いていく。
それでも警備員は、隼鷹は、妖精は、諦めずに大和の足元にしがみついた。
が、戦艦大和の馬力が集約された彼女にとって、やはりそれは重りにもならない。
彼女は艦娘たちが収められたケースに近づいていき――近づくとともに違和感を覚えた。
「え」
身体が、重い。
足から力が抜けていく。
明らかに艤装の重さが増している。
「なんで」
否、力が抜けていくのではない。
艤装の機関出力が急速に低下しているのだ。
「妖精さん――」
そしてついに、彼女の歩みは止まった。
足にしがみついている警備員や隼鷹や妖精を、そして腰にかじりつく鬼威を、彼女はもう振りほどけない。
「……」
沈黙する大和。
鬼威が何かを言おうとしたとき、その場に居合わせた人間が持つすべてのスマートフォンが一斉に唸りはじめた。
「え、なんですか」
思わず聞いた大和に、鬼威は苦々しげに言った。
「空襲警報だ」
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