人間が足を踏み入れる事のない、とある森の奥深く。
そこには石造りの巨大な城が聳え立っていた。外観は古び苔むしているものの、その頑強な佇まいから長年そこに在り続けている事が窺える。
だが廃墟ではない。
そう、ここには吸血鬼一族が住んでいる城なのである。一族の名は、ラドゥ家と言う。
このラドゥ城は一見すると廃墟だが不思議な力が働いており、内部は埃ひとつない清潔な状態が保たれている。
吸血鬼と言えば、他の動物の生き血を吸う種族だと思われがちだが、実は普通の食事でも大丈夫なのである。
彼らにとっては血が一番好ましいのだが、人間が採るような食事からでも栄養はとれるのだった。
外見も人間と殆ど変わらず、見分けがつかない。太陽を浴びると灰になる訳でもなく、十字架を見ても平気だし聖水を掛けても死ぬ事はない。
流水を渡れないというのも別に泳げない訳でもないので弱点ではなかった。
その家の主に招かれないと、そこには入れないとも言われるが、これは常識的に考えれば人間だって同じ事だろう。
さて、そんな吸血鬼の少女であるカティ・ラドゥ。
この城の主の孫娘である。外見は15歳くらいなのだが、既に500年という時を生きていた。
「ふわあ~もう朝か」
カティは真っ黒な棺から起き上がると眠そうに目を擦りながら大きなあくびをした。寝乱れた銀色の髪。寝間着は簡素な白いワンピースだ。
ちなみにもう昼過ぎである。まあ吸血鬼としては早起きなのだろう。
「顔洗おうかな」
カティはそう呟くと洗面所へ向かう。顔を洗い終えた後は、お気に入りのワインレッドのワンピースに着替える。
この城には、カティを含め6人の吸血鬼がいる。ここの主である祖父、祖母、父、母、兄がいた。
だが彼らの姿は今は見えない。なぜなら彼らは現在、吸血鬼特有の長い眠りに入っているからである。彼らは長く睡眠を取らなければ不老不死が保てないのだ。
今は地下室に安直された棺の中で眠り続けている。なので今起きているのはカティのみ。
「あ~あ、本当に退屈だな~」
カティは薄暗い廊下を歩きながら、そんな事を呟いた。
「そろそろ皆を起こしたって良いよね」
ふと、そんな考えに至る。
もう100年間ものあいだ、ずっと眠り続けているし、こうして1人でいるのも寂しいし退屈。
だから皆を起こしに行こう!!
彼女はそう決意すると、地下室へ降りて行くのだった。
そして.........
「ばっかも~ん!!!なぜ起こすのじゃ!!!」
地下室に響き渡る怒号。それはカティの祖父の声である。年寄り口調ではあるが、若い男の声。
つい数分前、カティに棺を開けられ起こされてしまったのだ。吸血鬼にとって長い睡眠は必要不可欠。こうして怒鳴るのも無理はなかった。
「ひいいっ!」
カティは祖父の怒鳴り声に身を竦ませる。
「まったく、何を考えとるんじゃ!!お前は!まだ起きる時ではないじゃろうが!!」
祖父の怒りは収まらない。カティは涙目になって縮こまっていた。
「ごめんなさい……」
「まったく…いいか?よく聞くのじゃぞ……」
祖父が説教モードに入ったので、カティは慌てて姿勢を正す。
「まず第一に、わしら吸血鬼は不老不死じゃ。歳をとらんし、食事だって取らなくても平気なのじゃ。だがそれを保つ為には長い眠りが必要なのじゃ」
「確かにそのとおりです」
「うむ、だからまだ起きるには早いのじゃ」
祖父は頷いた後、今度は優しい声で言った。
「カティ。お前ももう500年も生きておるのだから分かってくれるだろう?」
その問いかけに、カティは答えられなかった。だが、しばらくして口を開く。
「でも、でも!私だって皆に会いたいんです!もう100年も会えていないんですよ!?」
その言葉を聞いた祖父は少し困った様子で考え込んだ後、ある提案をする。
「うーむ……確かにお前には寂しい思いをさせているのう……だが…………そうだ!旅に出てみるというのはどうじゃ?」
「旅……ですか?」
その唐突な提案に、カティは驚いた。
「うむ、この城を出て世界中を見て回るのじゃ!そうすれば何か新しい発見があるやもしれんぞ?」
祖父はそう言って優しく微笑むのだった。カティは目を輝かせながらその提案を聞いていたが、不安な表情を浮かべる。
「でも私はあまりここから出た事もないし……1人では怖いです」
「大丈夫じゃ。我ら吸血鬼は他の種族に比べれば強い種族であるし、不安ならコウモリ君を連れて行くがいい」
「分かりました、ありがとうございます!おじい様!」
カティは嬉しそうな表情を浮かべ、早速旅へ出る準備に取り掛かるのだった。
「うむ、達者でな!むやみに他の種族の血を吸ってはいかんぞ!いずれは戻って来るんじゃぞ!……ではおやすみじゃ!!…………ぐごー」
「行ってきます、おじい様、皆……」
こうして、吸血鬼少女 カティの長い旅は始まるのであった。