七星大学三年生の小森冬樹には悩みがあった。それは彼女である名取梨子と連絡が取れないこと。学部も違う二人が再会するにはきっかけが必要。小森冬樹は梨子の「クリスマスツリー」を観たことがないという言葉をきっかけに友人の上小鶴琴音へ相談することで大学三年の冬は大きく動き出す。
心の「キラキラ」に寄り添う青春小説。

総文字数約一万字

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あの日のキラキラを貴方は覚えているか

一・名取梨花(なとりりか)の日記から

 

 今日はとてもいいことがあった。昔の私は苦しくても本音を隠してばかりで、心の窓を閉めていた私に貴方は「キラキラ」を見せてくれた。

だからこの気持ちを忘れても、この文章をみれば思い出せるように、未来の私に向けて言葉を残しておきたいと思う。

 

 冬樹くんありがとう 本当に嬉しいよ

 

私はあのキラキラを季節が巡る度に思い出していたいと強く願う。あれは私だけの冬の思い出。

 部屋から出られなかった私に、キラキラを見せてくれた小森君は本当に王子様みたいだったね。

 

 

 

 

 

 

 

二・博士の日常から

 

「博士、ちょっといいですか!」

 

 私の憩いのひと時と言えば、コーヒーメーカーで豆を挽き、医療用のビーカーで飲むことだ。外を吹き抜ける肌寒い風も、完全な暖房が敷かれている室内には関係ない。血を見るよりもデータを見ていることの方が多いから、パソコンが正常に動く気温であれば何の問題もない。なんて快適で素晴らしい環境なんだろう。スポーツ医学を専攻する私にとっては、最新の機材も必要ないからな。まあ窓越しに見える秋の景色は広場を映していて、かなりつまらないが。なんか大きな声が聞こえた気がするな、小森だろうか。

 

 「博士、聞こえてるんですか!入りますからね!」

 

 このコーヒーメーカーを見つめる時間も心地よいものだ。扉の開く音がしたが、後で確認すればいいだろう。コーヒーを飲んでゆっくりしてそれからでもいい。いくら研究を支援されるからといっても「大学教授」の立場は外から見ていると、不自由で、融通の利かないものと決めつけていたが、案外そんなこともない。私にとって一つ定住する場所を決め、人に教える時間を取るというのは誠に億劫だが、3年ほどたってみて、この秋田という土地も悪くない。と思う。「第七星国立総合学院大学」の教授

 

「博士!もう博士はいつもそうなんだから」

 

としてさした働きをしているかは分からんが、追い出されん以上、自由にやっていいとのことなんだろう。自信は無いが。ビーカーが音を立てながら、コーヒーを注がれていく、この異物感も慣れたものだ。8割ほど注がれると、それを止め今日の朝、出勤中のコンビニで購入した、ストロー付きの牛乳パックの口を開けコーヒーの上に注ぐと、ストローを伸ばし簡単に混ぜる。

 完璧だ。昨今コンビニやスーパーで多売されている「コーヒー牛乳」は甘すぎる。「無糖」と書いてあっても嘘っぱちみたいな、甘さがする時がある。その時から私はこうやって自前で、作るようになった。この誰にも侵されない自由が、何よりも愛おしいのだ。自作の「コーヒー牛乳」ににやりとして満たされたビーカーを、持ち上げて、代わり映えのしない秋の景色の方に体を向ける。

 

「ああ。なんだ小森、検査は今日じゃないぞ」

「博士!」

 

 景色を覆うように立っていたその声の主は、口をへの字にしており小柄でありながら、存在感のある体を震わせていた。その後体を弛緩させると、ところなさげに視線を揺らめかせたので、背もたれの無い丸椅子を一脚、足で小森の方に寄せると、自分はビーカーを乗せていた、机の上に座った。

 

「最近、マンションを借りたんですよ」

「はぁ、思い切ったもんだな」

 

 丸椅子に座った小森は、足を開くと、ゴツゴツとした両手を合わせて、せわしなく動かしながらそう発した。私が返答すると、かすかに息を吐き出した。「第七星国立総合学院大学」、創立5年目となるここは、地方の私立が少子化により廃校に追いやられていく中で国が用意した受け皿とも呼べる大学だ。やはり国の元で研究すると多少は貰えるんだな。それぐらいの印象だった。

 もちろん唯一の協力者に金銭を惜しんだ記憶は無いが、小森なりに貯金をしたのだろう。

 

「どうした小森、家具の相談は受け付けてないぞ」

「博士にそんなこと頼むわけないじゃないですか」

 

俯かせた顔を上げると確かに、悩んでいるかのような気がした。気を取り直してビーカーに口づけて、小森が話し出すのを待った。

 

「僕、彼女がいるんですよ」

 

 ビーカーから口を離し、小森の顔をまじまじと見ようとしたが、再び顔を俯かせていて、真っ黒に茂った髪の毛しか見えなかった。まあ、喜ばしいことでいいはずが、何か悲壮感を漂わせた。

 

「それで何を私に聞きに来たんだ」

 

 もはや私は真っ黒の髪の毛の中にある、つむじに向けて問いを返していた。

 

「博士なら多少経験があるかと思いまして」

 

 かしこまったような印象を与えるその口調はじれったく感じさせた。

 

「それがどうした」

 

 まだ講義が始まるまで時間があった。普段は代わり映えのしない風景を見ながら、ゆっくりしているだけの時間だ。多少しょうもない話でも付き合おう。出会いが良いものではなかった分、こんなに懐かれるとは思っていなかったから、相手の返答を待った。

 

「彼女に借りた部屋を見せたいんですよ、でも」

 

 見せればいいじゃないかと思う。特に長ったらしく、くだらん恋をしたことがないから、特に具体的なとっかかりを見出せずにいた。

 

「それって!めちゃくちゃいかがわしいことしたいみたいじゃないですか!」

 

顔を上げて大きな声をだすと、両手を体に回し、自分を抱きしめるようなポーズを取ったかと思うと、なぜか怒っているかのような態度でこちらに投げかけた。

めんどくさいな、思春期が来るのが遅いんじゃないか?だがまあ、一応愛弟子候補として言葉をかけるか。ビーカーに残ったコーヒーを飲み干すと机に置き、小森に背を向けた。

 

「ちょっと博士、どこに」

「別にいいんじゃないか、呼べば」

「でも」

「お前、どうせいかがわしいことしたいんだろ」

「は?」

 

 

「スケベな気持ちがその小さな体からはみだしてるぞ」

 

 

 私は扉を開けると、一度振り向き小森の困惑した顔に、にやりと笑みを返すと廊下に出ると部屋から遠ざかった。愉快、愉快、どうせ研究以外で体を鍛える必要もないし、少しぐらい浮かれているぐらいがいい。

 

「博士、またからかいましたね~」

 

 背中の方から駆け出す音が聞こえると、気分が変わった。たまにはジョギングも悪くないな。追いかける小森の声を背中で聞きながら、私はそう思った。今日は広場を一周出来たらいいな。自分の中で目標を立てると、一層走るスピードを高めた。

 その後、一度他の先生に怒られた事を気にしていた小森に、二度目を防ぐべく医療棟の入り口が見えたあたりからスピードを上げて、私が広場に足跡をつけんという所で服をつかまれた。

 

 

 

 

 

 

三・上子鶴琴音(かみこつることね)の日常から

 

ピークの去ったプールは静だ。人気のない寒さがあって、それなりに広いはずなのに、人っ子一人いない。この季節にも水泳を楽しめるのが温水プールの魅力ではあるのだが、こうも人が少ないと、足の平にぱちゃぱちゃとつけている水も、冷たく感じる。

 足の先の方に手を伸ばし、ズボンのすそをまくる。膝下何センチという所まで太腿を露出させると、水をもっと感じる事が出来る。少しパシャパシャと足を動かすと、ふわふわとしたブラウスの首元についたリボンが少し揺れた。

 

「はぁ」

 

 溜息一つがやけに響く。私、上子鶴琴音は水泳選手だ。元という肩書がついてくるが。3年前、それこそ高校時代ではそれなりの成績を大会で納める事が出来た。だが私は水泳で生きる気が無かった。だからこそ、スポーツ進学の無い「第七星国立総合学院大学」に受験したのだ。

 ロボットの開発で行き詰まったりとか、不安を感じたりするときは、いつもここに訪れてこうするようにしている。夏までしか海には行けないから。大学入学を機に離れた故郷を思い出すことができるから。

 別に海が近くにあったわけじゃない。

それでも泳いでいる時、このプールが作る水平線の先に、故郷があるんじゃないかと思いたい。そしてモヤモヤをここにながせば水の中に溶けていくようなそんな気持ちになれる。

 

「琴さん、いる?」

 

 聞き知った声が聞こえると、少し安心する。まったく知らない人が来るより、何倍にもましだから。振り返るとそこには小森君が居た。

 

「どうしたの」

 

 いつもこうやって声をかけてこっちに来てもらう。学科も学部も違う私達はプール以外で会うことが無い。私は小森君で彼は琴さん、お互いをそう呼ぶ理由としては、名前を呼び捨てにすると不倫になっちゃうから、なんて言われたのが思い出深い。不倫だなんて、この人は随分ませてるんだなって思った。まあ私も不倫は勿論浮気だってしたくないから小森君なんて言い方をするけど。

 

「いや、ちょっと相談したいことがあって」

 

 ペタペタとした足の擦れる音と、声が反響しながらこっちに向かってくる。歩きながら話しかける時は、ちょっと焦っていて大体が面倒ごとだ。

 

「クリスマスツリーって見たことある?」

 

 ちょうど私が座っている場所から、四つ分離れた所の縁で胡坐をかくと小森君は言った。

 

「テレビで見たことがあるぐらいかな実物ではないかも」

 

 私は幼少期から大学で秋田に出てくるまで、瀬戸内海と野球に囲まれていた。駅前にツリーが出来たなんて、話は聞いた事はあるけど別に見に行った事もなかった。

 

「最近彼女と連絡が取れなくてさ」

「そうだね」

「琴さんが手紙取り次いでくれないっていうから」

「気まずくなるからやらないよ」

 

 別に会いたいと思わないし、余計こじれる。まあ早とちりかもしれないが、もし自分が逆の立場で見知らぬ女が彼氏の伝書鳩を務めていたとしたら、間違いなく疑う。彼氏がいる女とはそういう生き物であり、小森君の彼女もきっとそうなのだ。いつもは不平不満をぶつけあっているのに、彼女さんの連絡が取れなくなってからこんな話ばっかりだ。

 

「それこそ寮の規則を破ってでも会いに行けばいいのに」

 

 変なところで筋を通そうとするからややこしくなるのにと思う。まあ都合も知らないし、それが良さに繋がっているのかもしれないが。

 

「そうなんだよ、だからさ、今度こそ行ってみようと思うんだ」

「いいじゃない彼女さんも喜ぶと思うよ」

 

何の気なしに私はそう言う。

 

「でも長らく音信不通だし何もなく行くってのも自信がなくて、クリスマスツリーを彼女に見せたら仲直りできるかなって思うんだよ」

「そんなことないと思うけど」

 

 反射的に口を出してしまった。いつもは具体性なんてないのに。クリスマスツリーに拘るより、素直に会えばいいだけなのに。少なくとも私はそう思った。

 

「いや、春にクリスマスツリーを見たことないって彼女が言ってたんだよ。」

 

ただの雑談だと思うけどな。もし、私が「見たい」とも言っていないクリスマスツリーを見たとして、それで小森君と仲直り出来るなんて思わない。私と違ってよほどロマンチックというかお花畑だったらうまくいくんじゃないの。

 

「琴さんこれでうまくいくと思います?」

 

 ずっと小森君はうつむいたまま、まるで私に聞いていないみたいだ。

 

「私は小森君の彼女じゃないから分からないよ」

 

 きっと肯定して欲しいんだろうなと思った。だけど私は小森君を肯定する為にここにいるわけじゃない。だからこそ突き放して見せた。

 

「というかそんな暇あるの」

 

 小森君に尋ねる私は、彼が博士の研究を手伝っている事も、看護科の課題が大変だと言っていたことも知っている。それなのにどうやってツリーを作るのかも、それで喜んでくれるのかも分からない状態で進もうとする小森君に置いて行かれたくなかった。

 

「作るよ」

 

 真っすぐに言うものだから、このままだと自分との関係性が変化してしまうと私は焦った。そう思うと自然と手は首のあたりに伸びていた。

 

「私に見せてよ」

 

 リボンを片手でほどくと目の前に掲げる。手首のスナップを利用して簡単に投げると、それはふわふわと揺れ少し奥の水面に落ちた。

 

「これを取ってくれたら認めてあげる」

 

 声が震えない自分が嫌になった。

 

「勿論、手伝ってあげる」

 

 やっとしっかりこっちを見たね小森君。戸惑いがちな黒目を見つめなおした。

 

「やっ」

 

 小さな声が聞こえたと思うと小森君はプールに飛び込んでいた。水しぶきを上げた後服が水を吸い込んでいく。あーあ、この後授業ないのかな、人ごとのようにそう思っていた。

 

「不安でさ 出来る事をさ やりたいんだよね」

 

口に水が入り込んでも話す小森君の姿は哀れでも必死に見えた。荒い細切れの声が聞こえる。これまでの私達、ネガティブを言い合って、黄昏合ってる私達とは、違う生き物のように小森君が見えた。着衣での水泳なんて経験がないと厳しい、両手をバシャバシャとしながら私のリボンに手が触れた時、とっくに限界だと思った。

 

「水は嫌いだったの」

 

 ちゃぽんとプールに入った私は服の抵抗を感じつつも小森君の手を取った。ゴツゴツしていて水浸しなのに少し暖かかった

 水でふわふわしているブラウスを見て変な笑いがこみ上げた。

 

「僕、カナヅチなんだよ」

 

 小森君を引き上げて、私はリボンを胸に付け直して、お互いビショビショのまま小森君の話を聞いた。小森君は変われたんだな、どこか人ごとのように私は思った。

 

「じゃあツリー、どんな計画か考えようか?」

 

 小森君は少し笑っているように見えた。

 私は小森君をビショビショにしたことを謝らなかった。そしたら笑顔で許して彼女さんが小森君を好きな理由を知っちゃうから。ムカつくけど、私も変われそうだな。私上子鶴琴音は小森冬樹の友人としてそう思った。

 

 

 

 

四・名取梨子(なとり りこ)の記憶から

 私、名取梨子にとって小森冬樹は「キラキラ」だった。

 

 初めて出会った時、彼は高校球児だった。嫌がる私を連れて両親が観戦に行ったのが始まり。20年に一度の逸材が~、今年は高校生が豊作で~、だとか両親はいつも言っていた。普通の女の子は、再来年のドラフト候補の高校生なんて知らないことに気づいたのはだいぶ後で、両親からその血を受け継ぐことは無かった。

 母親の料理スキルと、そんな料理が大好きな父親の舌を持って、私はすくすくと育った。私にとって食卓の時間が一番落ち着けて楽しいっていつも思ってた。だからこそそのシーズンになると両親がずっと野球の話をするのが苦手だった。

 

 

 だから球場についた時もずっと早く終わればいいのにって思ってた。甲子園じゃ飽き足らず、県大会まで足を延ばすために遠征に付き合うことも少なくなかったから。最初の頃は一緒に観戦してたらしいけど、物心ついた時から気まずくなって両親とは違う所、外野側のうんと離れたところでただ見つめていた。 

 きっかけとしては何となく目で追っていたとかだと思う。「キラキラ」してると思ったから、自分への自信があって少し眩しく感じた。外野?を守っていた彼はボールをこっちに投げた。後で聞いたんだけど、彼は視線を感じたのと自分の肩をアピールしたくてボールを投げたらしい。球技なんて積極的にやった事のない私にとってはスッゴイ怖くて、まっすぐ向かってくるボールから体を背けて縮こまった。

 

 

「ボン」

 

 

 私の手前の席にボールがぶつかった音がした。転がるボールをつかんで彼の方を見ると首をかしげた後、慌てたように頭を下げていた。背中を向けた時に見えた番号と電光掲示板を照らし合わせて名前を知った。

 

「小森」

 

 誰も気にせず彼の名前を呼んだ初めての瞬間だった。

 無茶苦茶なヒトだなって感想は最初に浮かぶけど、それでも「キラキラ」輝いているように見えた。

 その後球場の出口で会って、ボールを投げたことをこっぴどく怒られたらしく、面影を見せないおどおどした姿で私と話したのが始まり。監督に言われて急いで来たらしい。あとで両親に聞くと「ドラフト候補」って言われるぐらいすごい人だったらしい。

 

 そんなすごい小森君はもういない。七星であった時小森君から「キラキラ」を感じなかった。連絡はこの時マメに取っていたから、私が七星に行くことは伝えていたはずだけど、彼が来るなんて私は知らなかった。

 

 

 高校時代は大きな休みに会っていて。私は料理で、彼は野球で、それぞれ共通点は無かったけれど、物事への興味とか探求心とかでつながることが出来た。

 そんなお互いに一息ついてたまに背中を預けあうような関係性が、大学に入って二人の時間が増えた時、私が小森君を支えるような関係性に変容していたことが我慢ならなかった。食堂とか空き部屋を使って、料理を振舞った事もあるけど、見るからにくすんでいて、会話を楽しいと感じなかった。

 

 その後、三年の秋、私はコロナになった。なった時は別に気にしていなかった。だけど熱が出て、苦しくなり、味覚が分からなくなった。その時、今思えば、神様にばちを当てられたのかな。

コロナなのに、献身的に、見舞いに来てくれた彼を見た時に苦しくなった。私は同じことが彼に出来ていたのだろうか。一度考えると自分への不信感は止まることは無かった。小森君と連絡を絶ち、その後はずっと一人で休んでいた。それでも元気になれば料理が出来る。その後に小森君に会えばいい、それで私は大丈夫、本気でそう思っていた。

 

 体が楽になってもおかしくなった味覚は戻らず、お医者さんからは心因性味覚障害だと言われた。手足のない人形が動けないのと一緒で、私はただ「いつも通り」を守ろうとして料理をしたが、バニラエッセンスの匂いは分かるのにバニラアイスを口に運んだ時、ただ暗闇が広がったような感覚を受けた瞬間、やる気が抜け落ちてしまった。

 あれから季節は廻り冬になりそうになっている。治らないまま薬を飲んで講義を受けて寮で寝ての繰り返し。

 小森君に閉ざされたら私はもうどうにもならない。そのことが分かってるから定期的に来る小森君の連絡を未読スルーしている。いつか返信できると思って。

 

 

 

 明日は図書館に行ってみようかな。

 

 

五・小森冬樹(こもりふゆき)の挑戦

 何があっても野球をやればよかった。今でもたまに夢を見る。振り切ったはずの過去の幻聴が頭を悩ませるのはいつもの事だ。

自分の評価に納得がいかず怪しげな提案に乗った。というのが後から博士に聞いた僕のストーリーだ。「ホームランを打ちたい」そのように僕が言った事も朧気しか覚えていない。体を動かしていても、徐々にサビていく。これは僕にとって野球をやめるためのリハビリなんだって思うようになった。看護に興味を持ったのもそこからだった。

そんな中決めた七星に行った時、名取さんにはびっくりさせたかもしれない。でも僕の中では悩みの連続だからこそ、自分で決めてしまいたかった。

だから最近連絡が取れないのが心配で、クリスマスツリーを見せたいって思った時、琴さんにも手伝ってもらおうと思った。

 

「折角だから学校で作らない?」

 

 そう琴さんに言われた時はびっくりした。どこに連れていこうなんて考えていたから。

 

「大学を盛り上げる為とか大義名分を作れば何とでもなるよ」

 

 そうやって皮肉げに琴さんは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

「どれぐらいの大きさの木を予定してるんだ?」

 

 今僕は、筋肉質の先輩、須藤先輩が運転する軽トラの助手席に座っている。

 

「とりあえず引きずれるぐらいの大きさですかね」

 

 そう答えると僕は窓の外の景色を見る。あれから話が転がっていくのは一瞬だった。各学部に話をしてみて、大学の裏手の山を私有している人に、許可を取って今のこぎりを持って向かっているところだ。先輩が所属している、猟友会の人の私有地らしいく、話がとんとん拍子に進み、とても助かった。何とか頑張んなきゃな。これからの重労働で酷使する両手で、こぶしを作り気合を入れた。

 あれから木を切って幹の方をトラックの荷台に括り付ける。そして病院の西側駐車場のさらに奥まで運ぶ。最初僕は、広場の中心に立てようと思っていたが、琴さんの助言で病院の患者さんも見れるような形になった。てっきりそのまま自立すると思っていたが、先輩の手引きで穴を掘っていてくれたらしく、本当に頭が上がらなかった。

 

「この図の通りに……」

 

 クリスマスツリーの飾り付けに関しては、飾りを買うことはできても、飾り付けはさっぱりだった。琴さんの知り合いの方、天音ツツジさんにデザインを頼んだ。口下手らしいという事は聞いていたけど、図を見せられるとは思わなかったから少し面食らった。

色とりどりのオーナメント、LEDの電飾。美的センスがさっぱりな僕でも、見たことあるようで見たことないみたいな、思わずため息がこぼれた。だからきっと天音さんはすごいんだと思う。お礼を言っても俯いていたし、一度も目は合わなかったけど、協力してくれたし、いい子なんだと思う

「落ち着いて乗せろよ~」

 

 クリスマスツリーもだいぶ見れる形になり、最後の飾り付けとして星を載せることにした。これは僕のリクエストで、小さい頃見たツリーのイメージがずっと残っていたから。子供っぽいかなと思ったけども、天音さんが了承してくれて助かった。須藤先輩から声を受けて、梯子の上から手を伸ばす。

 風は少し冷たくて高さもあって、空まで持ち上げられそうだと思った。下を見るとツリーに巻き付けられた電飾が見える。見下ろしているだけなのに綺麗に見えて、達成感に満たされたように思った。

 

「降りて来いよ~」

 

 思えば、先輩にもお世話になったな。どこか声もうれしそうだ。嬉しくなって抱きしめたくなった。

 

「先輩~こっちに来て下さい」

 

 声を張り上げると虚を突かれた顔をしながらツリーの元に近づいてくる。

 

「手を広げてくださいね~」

 

 そういって手を広げた先輩に向かって飛び降りた。

 

「馬鹿野郎お前!危ないだろ!」

 

 僕を受け止めた先輩の声は怒るような内容だったのは間違いない、それでも笑いながら言ってくれたから助かった。まだ嬉しさが収まらなくて先輩を抱きしめ返した。絶対に成功させよう、みんなに見てもらえるといいな。最初は自分の為でしかなかったけど、成し遂げた今、とっても誇らしげにいる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

「怪我をしたらって考えなかったの」

 冷たい視線を向けながら、琴さんが僕を叱る。琴さんの後ろで縮こまっているツツジさんと眼があった。

 微笑んでみた。

 冷たいずしっとした足音がプールに響いた。

 

 

六・名取梨子(なとりりこ)小森冬樹(こもりふゆき)の日常から

 

 私名取梨子は今小森君の部屋にいる。あのクリスマスツリーの「キラキラ」を見せてもらってから、ちょっとだけ日付が立った。あの時は日記もつけちゃって、冬樹くんありがとう 本当に嬉しいよ、なんて感謝の気持ちを改めて文字に残しちゃうぐらい浮かれていた。マンションの部屋に来るのは2度目か3度目かまだ数えるほどでしかないけど、だいぶ馴染んできたように思える。ホントは私物を置いていきたいんだけど、誘うたびに緊張しているから、こっそり忍ばせて置こうと思う。

 今日は「クリスマス」、今までは当日ちょっと安くなっているケーキを目当てに、いろんな店をめぐっていたけど今年は違う。食材を持ち込んで料理の準備だ。クリスマスの夕暮れに家の中にずっといるというのは、少し新鮮で自分の生活が変わったんだという事が理解できる。

 今まで部屋にずっといる時は一人でさみしかった。今も一人だけど、小森君が帰ってくることを知ってるからさみしくない。

 ちょっと前にケーキは作らないでって言ってたし、たどたどしい演技をして、ごまかそうとしてたけどケーキを取りに行ってるんだろうなって思う。今は小森君を信じられるようになった自分が素直に嬉しい。花丸あげちゃいたいぐらい。ちょっとはしゃいじゃった。

今の私を両親が見たらなんていうんだろう。

 でも、本当に変わったなって思う、高校の頃の壁を作ってた感じでも、大学に入ってからの小森君を支えるような感じでもなく。「お互いに支えあう」なんて言ってたけどそれは私の傲慢でしかなかった。あの「キラキラ」を見てから胸にポカポカが宿るようになって、味覚もまともになってきた。

 

「何かいいことありました?」

 

 なんてお医者さんに優しい顔で言われたのもすっごい記憶に残っている。我ながらチョロいというか、判明した時にお医者さんから精神的なものだと言われてたし、とにかく私に「キラキラ」を見せるために、私の部屋に突然訪れたあの時、小森君は変わっていた。私目線ではあるけど、しばらく会ってなかったし。

博士さんとか、琴さんも私は知らない。博士さんは高校の時から交流があって、聞こうとすると顔が暗くなるから、控えているけど、琴さんとかいう人は別だ。

 大学に入ってからの友人でよく話していたらしい。なんて前の私なら何の気にも留めなかった、でも今は違う。小森君が変わった要因にもし琴さんが関わっているとしたらちょっと悔しい、そんな子供みたいな感情も抱くようになった。でも大丈夫。

 小森君の「キラキラ」を知ってるのは私だけなんだから。

 インターホンが鳴ると料理から手を離しドアの方に顔を向ける。ドアの重い音と共にサンタの帽子をかぶった小森君が現れた。

 

「ふぉふぉふぉ」

 

 妙な間が開いた。

 

「ごめんなさい」 

 

 メリークリスマスとか言うのかなって、ちょっと待ってみたら、気まずくなって帽子を取ってしまった。

 

「サンタさん何か私にプレゼントをくれるの?」

 

 期待半分、フォロー半分のつもりでそう尋ねてみた。

 

「あっ」

 

 小森君が慌てるときょろきょろと辺りを見回すと眼があった。

 

「ごめんなさい ないです」

 

 良くない聞き方したな私。

 

「ケーキ買ってきてくれたんでしょ」

 

 小森君にそう尋ねると少し気を取り直したようだった。というか私もプレゼント用意してないや。

 

「私も持ってきてないから」

 

 早め早めに言っておこうと思った。申し訳ないことをしたなって感じたから。小森君からケーキを受け取ると手を引く。

 

「上がって上がって」

 

 私がそう言う。ちょっともやっとしながらリビングに向かった。

リハビリ中という事もあり、不安が残ったが多分料理はおいしくできていると思う。小森君が喜んでくれているからへっちゃらだ。

何気ない話をして、ご飯を食べて、琴さんの話を聞いてみたりして、両親と過ごしていたあの食卓を思い出した。そして両親と違うのは好きな人と二人だとこんなに違うんだなぁっていう感覚だ。

 小森君の選んでくれたケーキを食べて、机を綺麗にした後、テレビを見る時間があった。嬉しくなったり、気まずくなったり忙しい一日だったけど、悪くないなって思える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日、泊まらない?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へっ」

 

 

 

 つい反射的に返してしまった。小森君がそう言うなんて思わなかったから。真っ赤になりそうな小森君の顔を見て、これでもいいなって思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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