焚火の光は、不規則に揺れながら影を深い森の奥へと投げかけていた。その揺らぎを見つめていると、記憶の欠片が燃え尽きていくような錯覚に囚われる。私は自分の手のひらを見つめた。何も持たず、何も守れなかったその手が、いまだに震えている。
隣ではアリセアが革袋を持ち、小川の水を慎重に汲んでいる。彼女の動きはどこか子供じみた無邪気さを宿しているように見えたが、その無垢さには得体の知れない危うさが混じっていた。
「彼女は、どうしてこんな世界で穏やかにいられるのだろう。」
小さく呟いた言葉が、自分の胸に鈍い痛みを残した。
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「フローリア、休まないと疲れるわよ。」
リリシアの静かな声が耳に届く。彼女は焚火のそばで、小さな木の器に水を注ぎながらこちらを見ていた。その仕草は、風にそよぐ花のように優雅で静かだった。
「大丈夫。ただ少し、焚火を見ていたいだけ。」
私は作り笑いを浮かべ、彼女の視線を避けた。リリシアが持つ穏やかさは、私にはどうしても手の届かないものに思えたからだ。
アリセアが戻ってきた。髪に微かに光る水滴をつけながら、笑顔で座り込む。彼女の目は深い紫を湛えていて、そこには私が決して触れられない領域が広がっていた。
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「フローリア、大丈夫?」
彼女が小さな声で問いかけてくる。その瞳には、無邪気な心配と、どこか芯の強さが宿っていた。
「ええ、大丈夫。ただ少し考え事をしていただけ。」
自分でも思った以上に弱々しい声だった。彼女の笑顔が、私の心に触れてくるような気がして目を逸らす。
「……アリセア、どうしてそんなに強くいられるの?」
自分でも驚くほど自然に、その言葉が口をついて出た。
彼女は一瞬目を丸くし、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「強いわけじゃないよ。ただ……弱くなるのが怖いだけ。」
その答えは、まるで私の内側を切り裂くように響いた。彼女の無垢さは、脆い鏡のようだと感じた。触れれば砕けてしまうのではないかという恐怖が込み上げる。
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「アリセア……無理をしないで。」
気づけば私はそう言っていた。
彼女は不思議そうに首を傾げたが、笑みを崩さなかった。
「無理なんてしてないよ、フローリア。私はいつも自分の選んだ道を歩いてるだけ。」
その言葉には、まるで自分の運命を受け入れた者のような静けさがあった。私はそれを否定することができなかった。ただ、その覚悟が私には恐ろしく感じられた。
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焚火の光が消えかけ、リリシアが小さな枝をくべる。火が再び灯るたび、彼女の顔が柔らかな光で照らされた。その微笑みには、どんな痛みでも受け止める広がりがあるように見えた。
「アリセア、少し休みなさい。」
リリシアが彼女に水を差し出しながら静かに言う。その声には、相手の心を溶かすような力が込められているようだった。
アリセアが小さく頷き、焚火のそばに横になる。その姿は無防備で、どこか危うい天秤の上に立っているように見えた。私は彼女を守らなくてはならないと思った。それが正しいのかどうかも分からないままに。
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その夜、私はほとんど眠れなかった。アリセアの無垢な危うさが、私の心に影を落としていた。彼女がその純粋さを失わないまま進むには、どれだけの力が必要なのだろう。リリシアの静かな呼吸が聞こえる中で、私は心の中でひとつの誓いを立てた。
「彼女を守る。それが私の選択。」
自分の言葉が、焚火の消えゆく光とともに闇に吸い込まれていった。