夜の帳が森に下り、辺りはひどく静かだった。空気が重く、冷たさが肌を刺すようだ。私は焚火のそばに腰を下ろし、小さな炎が乾いた枝をはぜらせる音を聞いていた。空を見上げると、不吉な赤を帯びた月が森を見下ろしている。
「咎の力を使うということは、命を削ることと同じなの。」
リリシアの声が静かに耳に届いた。彼女は焚火を見つめながら語り、瞳には炎の揺らぎが映り込んでいる。穏やかな声なのに、その言葉の重さが胸に響いた。
「刻印がある以上、いずれあなたもこの力を使う時が来る。」
私は思わず右手に目を向けた。そこには淡い光を放つ刻印が浮かび上がり、微かに熱を帯びている。じっと見つめていると、その奥で何かが脈動しているような気がした。
「分かってる……けど。」
言葉を絞り出すように答える私に、リリシアがそっと目を向けた。その視線には悲しみと優しさが入り混じっているように感じたが、私はその意味を深く考える余裕がなかった。
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そのとき、遠くから奇妙な音が聞こえた。砂を引きずるような低く湿った音が、夜の静寂を切り裂いた。
「何……?」
思わず立ち上がり、音のする方向を見つめた。暗闇の中、目を凝らしても何も見えない。だが、背中を冷たい汗が伝うのを感じた。
「気をつけて。」
リリシアの声が鋭く張り詰めている。私は彼女の言葉に従って一歩後ろに下がった。胸の奥で心臓が早鐘を打ち、耳の奥でその音が鳴り響く。
闇の中から現れたのは異形の存在だった。ひび割れた岩のような肌、不規則に歪んだ体、虚ろな光を放つ目。私は息を呑んだ。
「これが……咎狂……。」
声に出した途端、体が震えた。かつて人間だった名残がほとんどないその姿に、恐怖が全身を支配する。
「戦うしかないわ。」
リリシアの声は毅然としていた。私が恐怖に足をすくませている間にも、彼女はすでに杖を構えていた。
「……私も、戦える。」
震える声でそう答えながら、右手を握りしめた。刻印がさらに熱を帯び、全身に力が駆け巡る感覚がした。
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「焦らないで、意志を集中させて。」
リリシアの言葉を聞きながら、私は必死に気持ちを落ち着けた。右手を掲げ、刻印の力を引き出す。呼吸が乱れ、視界が揺れる。それでも、私は手を引けなかった。
「これしかない……!」
呪文を唱えると、右手から紫の炎が吹き出し、形を変えて槍となった。その光景は美しかったが、同時に恐ろしくもあった。
「行け!」
叫びながら炎の槍を放つ。それは咎狂の胸を貫いたが、奴は倒れなかった。異様な声を上げながら、猛然とこちらに向かって突進してくる。
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「アリセア、下がって!」
リリシアが声を張り上げた瞬間、彼女の指先から黒い光が放たれた。その光は咎狂の足元を掬い、動きを鈍らせた。
その隙に、再び炎を形作る。だが、力を使うたびに右手が焼けるように痛み、痺れ始めた。視界が歪み、耳鳴りがする。
「これ以上、無理しちゃダメ!」
リリシアが制止の声を上げるが、私は歯を食いしばって炎の槍を再び放った。今度こそ咎狂の動きが止まり、その体が崩れ落ちた。
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咎狂の倒れる音が響く中、私はその場に膝をついた。荒い息が耳に響き、右手の震えが止まらない。刻印を見下ろすと、光が不吉な黒に染まり、皮膚が硬化しているのが分かった。
「これが……代償……。」
震える声で呟いた私を、リリシアがそっと抱き寄せた。その温もりが少しだけ心を落ち着けた。
「咎の力は強い。でも、その分だけあなたを蝕むの。」
彼女の声は優しく、それでいて悲しみに満ちていた。私はただ小さく頷くことしかできなかった。
焚火の炎が再び揺らぎ、森を冷たい風が吹き抜ける。その風は、これから私たちを待つ険しい道を予感させるようだった。