霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

29 / 81
第29話: 咎の声

夜の森は異様な静けさに包まれていた。風は止まり、木々のざわめきすら聞こえない。ただ、月明かりが木漏れ日のように地面を照らし、私たちの影が不規則に揺れていた。空気は冷たく、肌を刺すような寒さが全身を包む。

 

「少し休める場所がありそうだわ。」

先頭を歩くリリシアが静かに声をかけた。その言葉は柔らかな温もりを伴い、森の冷たさを和らげるようだった。彼女の背中から、目には見えない道標のようなものが感じられる。それが私たちを導いているようだった。

 

だが、私の胸の奥には別のものが響いていた。右手の刻印が微かに光を放ち、熱を帯びている。脈動が手から全身に広がり、耳の奥に奇妙な囁きが聞こえ始めた。

 

「こちらへ……こちらへ……」

 

 

---

 

「アリセア、どうしたの?」

リリシアが振り返る。金色の瞳がまるで夜空の星のように輝き、私を包み込む。だが、その眼差しが優しいほどに、胸の中のざわつきが強くなる。

 

「……大丈夫。ただ、少し変な感じがして。」

曖昧に答えながら、右手を見つめた。刻印がさらに熱を帯び、鼓動が早まる。そのたびに囁きが強まり、身体の内側を直接蝕んでいるようだった。

 

「刻印が変だ。」

フローリアが静かに呟いた。彼女は私の手元をじっと見つめ、その瞳に深い疑念を浮かべている。

 

「声が聞こえるの。」

私は観念して告白した。「刻印を通じて……誰かが私に囁いている。でも、それが何なのか分からない。」

 

フローリアは一瞬目を伏せ、何かを思い出すように顔をしかめた。

「その声……どこかで聞いたような気がする。でも、思い出せないの。」

彼女の声は震えており、自分の記憶の空白を掘り起こそうとしているようだった。

 

 

---

 

道の先でコンヴァリアが立ち止まった。彼女の右腕の蔦が動き、周囲を探るように漂っている。

「この森……植物が怯えてる。まるで何かが迫ってくるみたい。」

その声は低く、緊張を隠せていなかった。

 

「何を感じている?」

リリシアが問いかけると、コンヴァリアは顔をしかめて答えた。

「分からない。でも、この場所には咎とは違う、もっと原始的な恐怖が染み込んでる。」

 

私の手が強く脈打ち、囁きが耳元で響く。

「選べ……お前が望む力を……それとも滅びを……」

 

その瞬間、足元の感覚が消えたような気がした。囁きは甘美で、同時に冷たい刃のように私の意識を切り裂いていく。足が震え、手が冷たく硬直していく。

 

 

---

 

「アリセア!」

セラヌスの荒々しい声が響き、私は現実に引き戻された。彼女は槍を肩に担ぎ、険しい目でこちらを見ている。その姿は力強い岩壁のようだったが、その目の奥には揺れる不安があった。

 

「力に呑まれるのは勝手だが、巻き込むなよ。」

彼女の挑発的な言葉に、私は小さくうなずいた。だが、その言葉が意図した以上に私を支えていることは言えなかった。

 

 

---

 

やがて開けた場所に出た。夜空が広がり、星々が静かに瞬いている。リリシアが焚火を点け、小さな炎が私たちを包み込んだ。

 

私は火のそばに腰を下ろし、右手を見つめた。刻印が不気味に輝き、囁きが再び耳元に響いた。

 

「導け……力を解き放て……」

 

「声が本当に味方かどうか、慎重に判断すべきだ。」

アストリスが冷静に言った。その声には厳しさと論理が混ざり合っている。

「もしそれが敵意を持つものなら、私たち全員が危険にさらされる。」

 

 

---

 

リリシアが私の隣に座り、肩に手を置いた。その手の感触は冷たい夜風を遮る薄布のようで、私の動揺を少しだけ和らげた。

 

「その声が何であれ、あなた自身を見失わないで。私たちはここにいる。」

その言葉は穏やかに、しかし確かに心の中で響いた。

 

 

---

 

夜空を見上げながら、私は右手を握りしめた。その囁きが何を示しているのか、答えはまだ見えない。だが、その声の先にあるものが、私たちの未来を大きく変えるのだということだけは分かっていた。

 

「選べ……力を欲するのか、それとも……」

 

その声に引き込まれそうになる自分を、必死で押しとどめながら、私は静かに目を閉じた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。