夜の森は異様な静けさに包まれていた。風は止まり、木々のざわめきすら聞こえない。ただ、月明かりが木漏れ日のように地面を照らし、私たちの影が不規則に揺れていた。空気は冷たく、肌を刺すような寒さが全身を包む。
「少し休める場所がありそうだわ。」
先頭を歩くリリシアが静かに声をかけた。その言葉は柔らかな温もりを伴い、森の冷たさを和らげるようだった。彼女の背中から、目には見えない道標のようなものが感じられる。それが私たちを導いているようだった。
だが、私の胸の奥には別のものが響いていた。右手の刻印が微かに光を放ち、熱を帯びている。脈動が手から全身に広がり、耳の奥に奇妙な囁きが聞こえ始めた。
「こちらへ……こちらへ……」
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「アリセア、どうしたの?」
リリシアが振り返る。金色の瞳がまるで夜空の星のように輝き、私を包み込む。だが、その眼差しが優しいほどに、胸の中のざわつきが強くなる。
「……大丈夫。ただ、少し変な感じがして。」
曖昧に答えながら、右手を見つめた。刻印がさらに熱を帯び、鼓動が早まる。そのたびに囁きが強まり、身体の内側を直接蝕んでいるようだった。
「刻印が変だ。」
フローリアが静かに呟いた。彼女は私の手元をじっと見つめ、その瞳に深い疑念を浮かべている。
「声が聞こえるの。」
私は観念して告白した。「刻印を通じて……誰かが私に囁いている。でも、それが何なのか分からない。」
フローリアは一瞬目を伏せ、何かを思い出すように顔をしかめた。
「その声……どこかで聞いたような気がする。でも、思い出せないの。」
彼女の声は震えており、自分の記憶の空白を掘り起こそうとしているようだった。
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道の先でコンヴァリアが立ち止まった。彼女の右腕の蔦が動き、周囲を探るように漂っている。
「この森……植物が怯えてる。まるで何かが迫ってくるみたい。」
その声は低く、緊張を隠せていなかった。
「何を感じている?」
リリシアが問いかけると、コンヴァリアは顔をしかめて答えた。
「分からない。でも、この場所には咎とは違う、もっと原始的な恐怖が染み込んでる。」
私の手が強く脈打ち、囁きが耳元で響く。
「選べ……お前が望む力を……それとも滅びを……」
その瞬間、足元の感覚が消えたような気がした。囁きは甘美で、同時に冷たい刃のように私の意識を切り裂いていく。足が震え、手が冷たく硬直していく。
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「アリセア!」
セラヌスの荒々しい声が響き、私は現実に引き戻された。彼女は槍を肩に担ぎ、険しい目でこちらを見ている。その姿は力強い岩壁のようだったが、その目の奥には揺れる不安があった。
「力に呑まれるのは勝手だが、巻き込むなよ。」
彼女の挑発的な言葉に、私は小さくうなずいた。だが、その言葉が意図した以上に私を支えていることは言えなかった。
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やがて開けた場所に出た。夜空が広がり、星々が静かに瞬いている。リリシアが焚火を点け、小さな炎が私たちを包み込んだ。
私は火のそばに腰を下ろし、右手を見つめた。刻印が不気味に輝き、囁きが再び耳元に響いた。
「導け……力を解き放て……」
「声が本当に味方かどうか、慎重に判断すべきだ。」
アストリスが冷静に言った。その声には厳しさと論理が混ざり合っている。
「もしそれが敵意を持つものなら、私たち全員が危険にさらされる。」
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リリシアが私の隣に座り、肩に手を置いた。その手の感触は冷たい夜風を遮る薄布のようで、私の動揺を少しだけ和らげた。
「その声が何であれ、あなた自身を見失わないで。私たちはここにいる。」
その言葉は穏やかに、しかし確かに心の中で響いた。
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夜空を見上げながら、私は右手を握りしめた。その囁きが何を示しているのか、答えはまだ見えない。だが、その声の先にあるものが、私たちの未来を大きく変えるのだということだけは分かっていた。
「選べ……力を欲するのか、それとも……」
その声に引き込まれそうになる自分を、必死で押しとどめながら、私は静かに目を閉じた。