薄明の光が森の樹冠を薄く染め始めた頃、私は湿った大地に手をつき、静かに息を整えていた。夜露が肌を冷やし、森の息吹が全身を包み込む。だが、私の左腕――いや、正確には蔓に変わり果てた腕が、異様な脈動を続けている。
「コンヴァリア、大丈夫?」アリセアの小さな声が背後から響く。振り向くと、彼女の瞳が不安げに揺れていた。
「平気よ。」そう答えたが、言葉とは裏腹に蔓が制御を離れようとしているのが分かった。
森の奥からかすかな音が聞こえる。それは低い唸り声と、枝を折るような音の混ざったものだった。咎狂が近い。
「来るわね。」私は立ち上がり、再生の蔦を腕に集中させた。その力が暴れようとしているのを必死に抑えながら、仲間たちに目配せする。
---
咎狂の姿が木々の間から現れると、息を呑む音が響いた。異様に膨れ上がった体、裂け目から漏れる黒い光――それはもはや人間の形をしていなかった。
「全員、準備を!」セラヌスが槍を構え、低く指示を飛ばす。その声にはいつもの冷静さがありながらも、わずかに緊張が滲んでいる。
私は再生の蔦を地面に伸ばし、敵の足元を狙った。だが、蔦が動くたびに左腕が激しく痛み、思わず顔を歪める。
「コンヴァリア、無理しないで!」リリシアの声が聞こえたが、私は首を振った。
「これ以上、咎狂を近づけさせるわけにはいかないの!」
---
蔦が咎狂の足元に絡みつき、その動きを封じる。しかし、その瞬間、蔦がまるで意志を持ったかのように暴れ始めた。絡め取るだけではなく、咎狂を締め付け、力尽きるまで押し潰そうとする――そんな凄まじい動きだった。
「コンヴァリア、止めるんだ!」セラヌスが叫ぶ。
「止められない!」私は必死に蔦を制御しようとしたが、その力が完全に暴走しているのが分かった。次の瞬間、蔦が咎狂を飲み込むように絡まり、激しい閃光を放った。
---
閃光が収まると、咎狂は消えていた。しかし、蔦が次に狙いを定めたのは私自身だった。左腕から伸びた無数の蔦が私を取り囲み、足元を絡め取る。動けない――これは、自分の力の暴走だと理解した。
「コンヴァリア!」アリセアが駆け寄ろうとするが、蔦がそれを阻むように動く。
「近づかないで!」私は叫んだ。蔓の力が暴走している間、誰かを巻き込む危険があった。
だが、アリセアとセラヌスは止まらなかった。アリセアが霊契の印を発動させ、紫の光を放つ。その光が蔦の動きを一瞬鈍らせた。
「セラヌス、今よ!」アリセアが叫ぶ。
セラヌスは雷霆の裁きを槍に纏わせ、蔦の根元を目掛けて突き刺した。雷光が蔦を焼き払い、その動きを完全に止める。
---
気がつけば、私は地面に崩れ落ちていた。左腕の蔓は静まり、元の状態に戻りつつある。胸を大きく上下させながら、仲間たちを見上げた。
「助けてくれて……ありがとう。」そう呟くと、アリセアがそっと手を差し伸べてきた。その手は震えていたが、彼女の瞳には確固たる意思が宿っている。
「一人じゃないわ、コンヴァリア。」その言葉に胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
---
一息つく間もなく、アストリスが声を上げた。「これを見て。」
彼女が指差したのは、地面に刻まれた奇妙な魔法陣だった。中心には見覚えのない紋様が描かれている。その周囲には血痕のような赤い跡が点々と続いていた。
「これは……アルカディアのものかもしれない。」フローリアが慎重に呟いた。
魔法陣を囲むように、仲間たちは静まり返った。アルカディア――その名前がもたらす不安が、誰の胸にも広がっている。
「ここで何をしていたのかは分からないけど、確実に手掛かりになる。」アリセアが魔法陣を見つめながら言った。
---
私たちはしばらく魔法陣を調べたが、それ以上の情報を得ることはできなかった。それでも、ここで何かが起きたのは間違いない。
森を抜ける道中、私は左腕に目をやりながら、暴走した力の感覚を思い返していた。力を使うたびに、それが私を飲み込もうとしている気がする。この恐怖をどうすればいいのか、答えはまだ見つからない。
だが、アリセアの言葉が胸の奥に残っている。一人ではない――その思いだけが、私を支えている。