午後の日差しが森の廃寺跡を照らし、光と影が複雑に交錯していた。木々に覆われた石造りの建物はひび割れ、苔むし、かつてここに祈りがあったことを静かに語っているようだった。私は夢幻の鏡を胸元に抱え、その冷たい感触を肌で感じていた。
「フローリア、大丈夫か?」
リリシアが優しい声で問いかけてくる。私は微笑んで答えたが、その言葉には力がなかった。
「ええ、平気よ。ただ……少しだけ、疲れたの。」
その言葉は嘘ではない。けれど、疲れよりも強く感じるのは、何かが自分の中から抜け落ちている感覚だった。鏡を使うたびに、この感覚が増していく。記憶の断片が消えていく瞬間、それは霧のように掴みどころがないのに、痛みを伴う。
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廃寺の奥へ進むと、異様な気配が漂っていた。空気が重たく、冷たい。私たちは警戒を強めながら、廃寺の中心にある祭壇へと向かった。そこには、不気味に光る咎狂が待ち構えていた。歪んだ形をしたその姿に、かつての人間らしさは微塵も感じられない。
「来るわよ!」
リリシアの鋭い声が響く中、仲間たちは一斉に構えを取った。
私も鏡を取り出し、両手でしっかりと握り締めた。鏡の表面はいつも通り冷たかったが、今日はどこか鋭い痛みを感じる。何かが鏡の中で蠢いている気がした。
「フローリア、無理はするな!」
セラヌスが私の背後から声をかけた。その言葉が妙に遠く感じた。
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咎狂の攻撃が激しくなり、私たちは防戦一方になっていた。仲間たちの動きが徐々に乱れる中、私は鏡を掲げる覚悟を決めた。
「私が……守る。」
鏡の表面が淡く輝き始める。中に映るのは咎狂の姿と、その背後に歪む闇の波。私はその光景を見つめながら、呪文を口にした。鏡が強く光を放つと同時に、咎狂の動きが止まり、その体がゆっくりと崩れ始めた。
勝利の安堵が胸をよぎった瞬間、頭の中が真っ白になった。何かが引き剥がされるような感覚に襲われ、足元がふらつく。
「フローリア!」
アリセアが駆け寄り、私の体を支えた。その温かい手の感触に少しだけ安心したが、私の心の中には空白が広がっていた。
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鏡の中に何が映っていたのか、思い出せない。ほんの数秒前の出来事なのに、それは霧散してしまったかのようだ。鏡を見つめる私の視界がぼやける。何を失ったのかが分からない恐怖。それが静かに、けれど確実に私を蝕んでいく。
「また……失ったのね。」
私は小さく呟き、鏡を胸に抱き寄せた。手の震えが止まらない。記憶を代償に力を使うことの意味。それを理解しているつもりだったのに、実際にそれが起こるたびに心が削られていく。
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その時、静寂を破るような足音が響いた。廃寺の影の中から現れたのは、一人の女性だった。彼女の紫の瞳が冷たい光を帯び、黒い髪がゆらゆらと揺れる。その姿には威圧感があり、視線を向けられただけで空気が凍りつくようだった。
「あなたたちが、この地を穢しているのね。」
彼女――アルカディアはそう言い放ち、薄く笑みを浮かべた。その声は冷たく、どこか皮肉を含んでいる。私は思わず鏡を握り締める手に力を込めた。
「何者だ!」
セラヌスが槍を構え、鋭い声で問いかける。しかし、アルカディアはそれに答える気配もなく、ただ私たちを見下ろしていた。
「お前たちのような無力な者が、どれほどもがこうと無駄だ。」
彼女の言葉には嘲笑が混じっていた。しかし、その目は私たち全員を冷静に見定めているようだった。
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彼女はそれ以上何も言わず、ゆっくりとその場を後にした。残された私たちは、彼女が放った冷たい気配に圧倒され、言葉を失っていた。
鏡をそっと下ろしながら、私は心の奥に不安を抱えたまま、去りゆく彼女の背中を見つめていた。この先、彼女との戦いが避けられないことを、誰もが感じ取っていたのだろう。
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私の中に残ったのは、失った記憶の欠片と、彼女の紫の瞳の冷たさだけだった。それが私たちの未来にどれほどの影響を及ぼすのか――その答えはまだ遠い。