夜明けが近づいているにもかかわらず、森の空は未だ重く暗かった。冷たい風が木々の間をすり抜け、私たちの疲れた体を冷やしていく。朽ちた木の根元に腰を下ろし、輝紋の環をそっと撫でると、皮膚の下から微かな脈動が感じられた。それが、まだ自分に力が残っていることを教えてくれる唯一の証だった。
だが、これ以上は無理だと心のどこかで感じていた。
「リリシア、大丈夫?」
アリセアが心配そうに声をかけてきた。彼女の瞳には、疲労の中にも揺るぎない決意が浮かんでいる。あの小さな体にどれほどの重荷を背負わせているのだろうと思うと、胸が痛んだ。
「平気よ、ありがとう。」
笑顔を作りながら答えるが、その瞬間に足元がふらつくのを感じた。アリセアはすぐに私の腕を支え、優しく手を握ってくれた。その温かさがかえって私の罪悪感を刺激する。
――守らなければ。これ以上、彼女たちに負担をかけるわけにはいかない。
私たちが進んでいる森の道は、どこまでも暗く、どこまでも険しい。夜明けが近づいているはずなのに、明るさの兆しすら見えない。それはまるで私自身の心の中の不安や迷いが、この場所に形を与えているかのようだった。
先を行くセラヌスが突然立ち止まり、槍を構える。その視線の先に、森の闇の中で微かに揺れる影が見えた。
「来るぞ。」
短く冷たい声で告げられた瞬間、私は立ち上がり輝紋の環を発動させた。光の盾が形を成し、仲間たちを包み込む。だが、体の中で力が急速に吸い取られる感覚が走り、視界が一瞬歪んだ。
「リリシア!」
フローリアの声が聞こえたが、それに応える余裕はなかった。咎狂の群れが、闇から浮かび上がるように現れた。無数の目が私たちを見つめ、歪んだ手足が不気味な音を立てながらこちらに迫ってくる。
「この数を相手にするのか……」
セラヌスがつぶやき、雷霆の裁きを放つ。電撃が咎狂を貫き、数体がその場に崩れ落ちた。だが、残りの咎狂たちは怯むことなく突進してくる。
「ここで止めるしかない!」
私は叫び、再び光の盾を展開した。咎狂の攻撃がそれにぶつかり、激しい衝撃が全身に伝わる。膝が震え、倒れそうになるが、なんとか踏みとどまる。
「無理しないで!」
アリセアが叫びながら霊契の印を発動させる。その紫色の炎が咎狂を焼き払い、前線を押し戻した。しかし、その代償として彼女の右腕がさらに黒ずんでいくのが見えた。
「アリセア、下がって!」
私は必死で声を張り上げるが、彼女は振り返ることなくさらに炎を放つ。その姿を見て、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。
――こんなに小さな子に、これ以上の犠牲を払わせるわけにはいかない。
私は最後の力を振り絞り、輝紋の環の力を最大限に引き出した。眩い光が周囲を包み込み、咎狂たちを退ける。だが、その瞬間、視界が真っ白になり、何も見えなくなった。
「リリシア!」
仲間たちの声が遠くから聞こえる。力を使い果たし、私はその場に崩れ落ちた。冷たい地面の感触が、疲れ果てた体に心地よく感じられる。
「もう……これ以上は……」
言葉が途切れ、意識が薄れていく。最後に感じたのは、誰かが私の手を握り締める温かさだった。それがアリセアなのか、他の誰かなのかも分からないまま、私は深い闇の中へと沈んでいった。