夜の森は静寂に包まれていた。だがその静けさは、安らぎとは程遠いものだった。木々の間を吹き抜ける冷たい風が、闇の中に潜む何かを知らせるように低く唸る。私は一歩踏み出すごとに、枝葉の擦れる音や足元の枯葉を踏む音に耳を澄ませた。
「夜間に森を歩くなんて、本当は避けるべきなんだけど……。」
リリシアが囁くように言い、手をかざして小さな光を生み出した。その淡い輝きが私たちの周囲をぼんやりと照らす。
「それでも、ここで立ち止まるほうが危険だ。」
セラヌスが低い声で言いながら、先頭で槍を握りしめる。彼女の背中からはいつでも敵に対応できるような緊張感が漂っていた。
私たちがここを急いでいるのは、アルカディアの部下たち――いや、それ以上の脅威が近づいている気配を感じ取っていたからだ。昼間の戦闘後、私たちの位置が明らかになった可能性が高い。今夜は、安全な場所にたどり着くことが絶対条件だった。
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道中、セラヌスの動きがどこかぎこちないことに気づいた。普段の彼女なら、もっと冷静で余裕さえ感じさせる態度を取るはずなのに、その背中はどこか苛立ちと孤独を滲ませているように見えた。
「セラヌス、大丈夫?」
私は彼女の後ろから声をかけた。だが彼女は答えない。ただ、槍を少し強く握り直しながら前を睨むだけだった。
「……何か、悩んでいるの?」
私は少しだけ歩みを速め、彼女の隣に並んだ。
「悩む? そんな暇があるなら、前を見ておけ。」
彼女の言葉は冷たかったが、その声の中にはかすかな揺らぎがあった。私はその揺らぎを見逃さなかった。
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小道が少し広がった場所に出たところで、セラヌスは立ち止まった。槍の先端を地面に突き立てるのではなく、丁寧に地面に立てかけると、彼女は深く息を吐いた。
「……どうしてそんなに構うんだ、アリセア。」
彼女は私を見ずに言った。その声には、かつての失敗を引きずる重さが滲んでいた。
「気になるから。私たちは仲間でしょう?」
私は笑みを浮かべようとしたが、彼女の顔を見た瞬間、その笑みが消えた。
彼女の黄金色の瞳には、何か強烈な後悔の色が浮かんでいた。
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「……昔、守れなかったんだ。」
セラヌスはぽつりと言葉を漏らした。その声は普段の彼女からは想像できないほど弱々しいものだった。
「誰を……守れなかったの?」
私は静かに問いかけた。
彼女は一瞬、視線を私に向けた後、再び前を向いた。
「かつての仲間だ。俺は――いや、私は、力を抑えきれずに仲間を傷つけた。彼らを救うはずが、私が……」
言葉の途中で、セラヌスの拳が震えるのが見えた。
「それ以来、誰かと深く関わるのはやめた。誰かを守ろうとするたび、私はその人を傷つけるだけだからな。」
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私は彼女の言葉をじっと受け止めた。彼女が抱える孤独は、深い闇の中で静かに膨れ上がっていたのだろう。それでも、私は何かを伝えたかった。
「セラヌス……それでも、一人で抱える必要はないよ。」
私の言葉に、彼女は軽く肩をすくめた。
「そうかもしれないが、私は……お前たちを守るためなら何だってする。その結果がどうであれ、な。」
彼女の声には、冷たさと共に決意の強さが混じっていた。
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その時、遠くから低い唸り声が聞こえた。私たちは一瞬で警戒態勢に入り、セラヌスは槍を手に取った。
「話はここまでだ。行くぞ。」
彼女は振り返らずに前へ進んだ。その背中は、何かを決意したように見えたが、それがどんな決意なのか、私はまだ分からなかった。
私は彼女を追いながら、心の中でそっと誓った。いつか彼女が本当に孤独ではないことを分かってもらえるように、私も強くならなくては、と。
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夜の森は再び静けさを取り戻していた。だがその静寂の中には、決して埋まらない孤独と、かすかな希望が入り混じっていた。