夜の冷たさが深まる中、私たちは霊峰ルナーモへと続く険しい道を歩いていた。月の淡い光が岩肌を照らし、足元を慎重に選びながら進む。森を抜けたことで一息つけるかと思っていたが、空気にはなおも咎の不穏な気配が漂っていた。
「休憩しないか?」セラヌスが足を止め、後ろを振り返った。その顔には疲労が浮かんでいるが、目にはまだ鋭さが残っている。彼女の雷霆の力は頼もしいが、その暴力的な閃光には彼女自身も翻弄されているのだろう。
「あと少しだけ進もう。開けた場所を探したい。」リリシアが静かに応じる。その声には微かな震えが混じっていたが、彼女は決して弱さを見せようとはしなかった。輝紋の環の負荷は彼女の体を蝕んでいる。それでも、仲間たちを守るために歩みを止めることはない。
「風の流れが変だわ。」コンヴァリアが立ち止まり、周囲を見渡した。彼女の緑の瞳が木々の間を鋭く捉える。「何かが近づいてくる。」
その言葉に、全員が警戒を強めた。私も霊契の印に意識を集中させる。右手に刻まれた印が微かに脈打ち、不気味な熱を帯び始める。
突然、暗闇の中から低いうなり声が響いた。その声は風に乗り、耳元に囁くように届く。咎狂だ。再びこの呪われた存在が私たちを追い詰めようとしている。
「来たぞ!」セラヌスが槍を構え、前に出る。雷のような気迫が彼女を包み、周囲の空気をピリつかせた。
「私も行くわ。」アストリスが星火の刃を手に現れた。その光は彼女自身の不安定な感情を映し出すかのように、揺らめいている。彼女とセラヌスが並んで立つ姿は、対照的でありながらどこか調和して見えた。
咎狂が暗闇から姿を現す。その体は異常に膨れ上がり、皮膚はひび割れて黒い液体を滴らせている。目の奥には光のない闇が広がり、私たちを貪るように見つめていた。
「全員、下がって!」セラヌスの叫び声が夜空に響く。彼女は槍を振り上げ、雷霆の裁きを放つ準備をしていた。アストリスも星火の刃を構え、一瞬の隙を狙っている。
咎狂が飛びかかる瞬間、セラヌスが雷撃を放った。閃光が闇を切り裂き、咎狂の巨体を弾き飛ばす。同時に、アストリスの星火の刃が鮮やかな軌跡を描き、敵の側面を斬り裂いた。
「やった……!」アストリスが息を切らしながらも、勝利を確信するように呟く。
だが、咎狂はまだ終わっていなかった。焼け焦げた体を引きずりながら、再びこちらに向かってくる。その動きは鈍くなっていたが、なおも執念深さを失わない。
私は咄嗟に前に出た。「待って! 私もやる!」霊契の印を解放しようとするが、リリシアが私の肩を掴む。
「ダメよ、今は二人を信じて!」彼女の声は静かだが、強い意志が込められていた。
セラヌスとアストリスが息を合わせ、最後の一撃を放つ。雷霆と星火が交錯し、まるで夜空の裂け目のように咎狂を包み込む。その瞬間、咎狂の体は砕け散り、黒い霧となって消えた。
戦闘が終わり、静寂が戻る。全員がその場に立ち尽くし、荒い息を整えながら互いを見た。
「やったな……」セラヌスが疲れた声で呟く。その顔には安堵と共に微かな笑みが浮かんでいた。
「でも、これで終わりじゃない。」アストリスが星火の刃を握りしめたまま言う。その瞳には決意が宿っていた。
私は二人を見つめながら、自分の胸の奥に渦巻く感情を抑え込む。彼らの強さと覚悟に比べ、私はまだ迷いを抱えているのだ。だが、それでも前に進むしかない。
山の麓にたどり着いた頃、夜が明け始めていた。空は淡い紫色に染まり、霊峰ルナーモの影が巨大な壁のようにそびえ立つ。次なる試練が待つ場所だ。
「ここで一度休もう。」リリシアが優しく提案し、全員がその言葉に頷いた。
私は霊峰を見上げながら、拳を握りしめた。この先に何が待ち受けていようとも、逃げるわけにはいかないのだ。