砂漠と森の狭間に、不穏な音が響いた。
低い唸り声と、何かを引きずるような音が、森の奥から近づいてくる。それは風に乗って届き、次第に大きく、耳障りな音へと変わっていく。
「また咎狂か……。」
リリシアが冷静に呟く。アリセアの全身が緊張で固まり、右手に刻まれた霊契の印が淡く輝き始めた。
「油断しないで。彼らは人間だった者たちよ。でも、今はただの化物。」
リリシアがそう言うと、木々の間から巨大な咎狂が現れた。
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咎狂は異形そのものだった。
体の大部分は岩のように硬化しており、腕は異様に長く鋭い爪を備えている。顔には人間らしい痕跡はほとんどなく、口からは濃い瘴気を吐き出している。彼らの足音は地面を震わせ、目の焦点は定まらない。それでも、どこか人間だった頃の名残を感じさせるのが恐ろしい。
「来るわ!」
リリシアが叫び、アリセアは緊張で体を震わせながらも右手を掲げた。
「炎よ……私に応えて!」
刻印が強く輝き、アリセアの右手から火の矢が放たれる。矢は咎狂の肩に突き刺さり、炎がその体を覆った。しかし、咎狂は苦痛を感じることなく前進を続けてきた。
「くっ……!」
アリセアは後退し、必死にもう一度魔法を放とうとする。その間にリリシアが素早く間に入り、影を纏った刃で咎狂の足を切り裂いた。
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「下がって!」
リリシアの叫びが響き渡る。アリセアは再び火の矢を放つが、その代償として右手に鋭い痛みが走る。体中から汗が吹き出し、視界が揺れる。それでも、彼女は立ち止まることはできなかった。
「もう少し……!」
炎が再び咎狂を包み込み、ようやくその巨体が崩れ落ちた。荒い息を吐きながら、アリセアは膝をつき、右手を抑える。
「大丈夫?」
リリシアが彼女を支え起こし、その目はどこか憂いを含んでいた。
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その時、木陰から別の足音が聞こえた。
「……助かったみたいね。」
低くかすれた声が森の中から響く。リリシアとアリセアが振り向くと、そこには異形化した右腕を持つ少女が立っていた。彼女の右腕は蔦のように黒くねじれ、肩から先が完全に変化していた。
「あなたは?」
リリシアが警戒の目を向ける。
「コンヴァリアよ。ただの旅人……まあ、今は逃げ延びるだけの存在ね。」
彼女は疲れたように微笑み、倒れた咎狂の死骸を見下ろした。
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コンヴァリアの外見は疲労と傷跡に満ちていた。
短い黒髪は風に乱れ、頬は削げ落ちている。目は遠くを見つめるように虚ろだが、どこかで鋭さを残していた。その表情からは、孤独と戦い続けた年月が伝わってくる。
「……どうやって生き延びてきたの?」
アリセアが恐る恐る尋ねる。
「森の中での暮らしは、それなりに慣れていたの。食べられるものを見つけるコツも、誰かに教えてもらったわけじゃないけれど……本能かしらね。」
彼女は木の実を摘んで、指先で転がしながら小さく笑った。
「それに……咎狂から逃げるためには、自分の体の異形さえ武器にする必要があった。」
右腕を見下ろしながら、彼女は静かに呟いた。
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焚火を囲む短い休息。
戦闘の後、三人は木陰で焚火を囲み、コンヴァリアが持っていた干し肉を分け合っていた。森の中では新鮮な食材を見つけるのが難しいため、保存の効くものが重要だ。
「本当は、誰かとこうして火を囲むなんて久しぶりよ。」
コンヴァリアが小さく笑いながら言う。その声には、安堵と寂しさが入り混じっていた。
アリセアはそんな彼女をじっと見つめた。右腕の異形化が、彼女の言葉以上に過酷な人生を語っているようだった。
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「私たちと一緒に行かない?」
アリセアが静かに提案すると、コンヴァリアは一瞬驚いた表情を見せた。だが、その瞳には深い迷いが見えた。
「……私なんかが、加わっていいのかしら。」
リリシアは答える代わりに微笑み、革袋から水を注いだ器を彼女に差し出した。「ここにいる限り、一人でいるよりは安全よ。」
コンヴァリアは短く頷き、その器を受け取った。