霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第3章 封じられた真実
第51話: 咎の巣へ


 遺跡の奥へと足を踏み入れた瞬間、アリセアは肌を刺すような寒気を感じた。湿った石壁には、長年の放置による苔と黒ずんだ血痕がこびりついている。天井から垂れ下がる鉄製の鎖がわずかに揺れ、沈黙の中で不気味な音を立てた。

 

「……まるで墓場みたいだな」

 セラヌスが低く呟いた。

 

 彼の言葉通りだった。だが、ここは単なる墓ではない。生と死の境界が曖昧になり、過去の怨念が今も漂い続けている場所――セプタ・アエテルナの旧研究施設跡。

 

「記録では、ここは“霊質兵器実験場”だったはず」

 リリシアが壁に刻まれた錆びた銘板を指でなぞる。

 

《セプタ・アエテルナ第七研究区——霊質兵器実験場》

 

 その文字は時間の経過でかすれていたが、消えることはなかった。それは、この場所に刻まれた罪の証として残り続けているのだろう。

 

「兵器……つまり、都市国家が咎霊器を戦争に利用しようとした証拠ってこと?」

 アリセアは呟くように言った。

 

「その通りよ」

 コンヴァリアが慎重に辺りを観察しながら答える。

 

「都市国家は、咎霊器の力を利用して“究極の防衛兵器”を作ろうとした。でも、何かが失敗して、実験場ごと放棄された……」

 

 アリセアは無意識に右手を握りしめた。自身の異形化した右手を、かつての彼らも制御しようとしていたのだろうか。

 

「それだけじゃない」

 セラヌスが壁の割れ目に手を差し込み、古びた記録の断片を引き抜いた。そこには、驚くべきことが書かれていた。

 

《制御試験報告:試験体No.047、異形化の兆候顕著。対象は自我を維持していたが、咎の共鳴が限界を超えたため、即時隔離処置を実行》

 

「……試験体?」

 アリセアは、喉の奥に苦いものがこみ上げるのを感じた。

 

「つまり、ここで実験されていたのは……人間?」

 リリシアの声が震える。

 

 コンヴァリアは目を伏せながら静かに頷いた。

 

「咎霊器は、本来“神々の封印技術”と“人間の技術”を融合させたもの。でも、それを戦争に使うためには、人間の魂と咎の力を融合させなければならなかった……彼らは、意図的に“咎狂化”を引き起こし、その制御方法を研究していたのよ」

 

「くそったれが……!」

 セラヌスは怒りに任せて壁を殴りつけた。

 

 乾いた衝撃音が響き、遺跡全体がわずかに揺れる。

 

 その時――奥の暗闇から、微かなうめき声が聞こえた。

 

「……今の、聞こえた?」

 アリセアは思わず息を呑んだ。

 

「聞こえたわ」

 リリシアが慎重に盾を構える。

 

 その瞬間、遺跡の奥から異形の影が這い出してきた。

 

 闇の中から現れたのは、かつて人間だった者の成れの果てだった。

 

 骨が異様に伸び、皮膚は黒く変色し、裂けた口元から涎を垂らしながら、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 

「……咎狂化した実験体、か」

 セラヌスが忌々しげに呟いた。

 

「数は?」

 リリシアが素早く状況を把握しようとする。

 

「最低でも三体……奥にまだいるかもしれない」

 コンヴァリアが魔導の印を結び、僅かに光を放つ蔦を生み出す。

 

 だが、その一瞬の光に反応し、咎狂たちは一斉に動き出した。

 

「来るぞ!」

 セラヌスが長槍を振りかざし、先頭の咎狂を迎え撃つ。

 

 その刹那、アリセアの右手が熱を帯びた。

 

「……っ!」

 

 霊契の印が反応し、紫色の炎が手のひらに灯る。

 

「いくよ……!」

 アリセアは震える声で自分を奮い立たせると、浄焔の魔法を解放した。

 

 紫炎が咎狂を包み込み、断末魔の叫びが遺跡に響く。

 

 戦闘が終わると、辺りには燃え残った灰と、焦げた遺跡の壁だけが残された。

 

 アリセアは息を整えながら、壁に刻まれた無数の爪痕を見つめる。

 

「……この施設に閉じ込められていた人たちは、ただ“実験体”として扱われて、捨てられたの?」

 

「そうよ」

 コンヴァリアの声は、どこか諦めたようだった。

 

「都市国家は咎霊器の力を求め、制御しようとした。でも、彼らにとっての“制御”は、“実験”と同義だった……」

 

「そんなの、間違ってる」

 アリセアは拳を握りしめた。

 

 その時、リリシアがそっとアリセアの肩に手を置いた。

 

 その手は、驚くほど温かかった。

 

「アリセア……大丈夫よ」

 

 静かな声に、アリセアは少しだけ呼吸を落ち着けることができた。リリシアはそっとアリセアを抱き寄せ、頭を撫でた。

 

「あなたが傷つく必要はないの。辛かったら、言って。私たちが支えるから」

 

「……ありがとう」

 

 アリセアは、小さく呟いた。

 

 咎霊器は、本当に人類の未来を救うものなのか。それとも、ただの破滅をもたらす道具なのか。

 

 それを知るために、私はこの旅を続ける。

 

「このままじゃ終われない。私たちは、もっと知る必要がある」

 

 アリセアの言葉に、コンヴァリアが微笑んだ。

 

「そうね。なら、進みましょう」

 

 セラヌスが鼻を鳴らしながら槍を肩に担ぐ。

 

「どうせ、戻ったところで誰も責任なんざ取っちゃくれねぇんだ。なら、俺たちで決着をつけるしかねぇ」

 

「決まりね」

 リリシアが優しく微笑む。

 

 こうして、アリセアたちは“咎霊器の本質”を探す旅へと進むことを決意した。

 

 技術派と魔法派の争いに翻弄される中で、それぞれがどんな選択をするのか――

 

 それは、まだ誰にも分からなかった。

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