霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第52話: 封じられた記録

 冷たい空気が肌を撫でる。遺跡の中心部へと足を踏み入れたコンヴァリアは、薄暗い空間に漂う微かな埃の匂いを感じながら、慎重に前へ進んだ。先ほどの戦闘の余韻がまだ体に残っているが、彼女の心を占めているのは別の疑問だった。

 

 この遺跡は、かつてセプタ・アエテルナが咎霊器の研究を行っていた施設。だが、ただの実験場にしては規模が大きすぎる。廊下の奥に続く道は、研究施設というよりも、まるで神殿のような厳かな雰囲気を醸し出していた。

 

「……ここは本当に研究所なの?」

 コンヴァリアは独り言のように呟いた。

 

「確かに、何か違和感があるわね」

 リリシアが、崩れかけた柱に手を添えながら応じる。柱に刻まれた古い紋様がかすかに光を帯びていた。

 

「建築様式が他と違う……もしかして、ここはもともと神殿だったのかしら」

 アリセアが壁を撫でながらつぶやく。その指先がかすかに震えているのに、コンヴァリアは気づいた。

 

「ここ、見て」

 コンヴァリアが壁の一部を指さした。そこには、古代文字で何かが刻まれている。

 

 アリセアが慎重に近づくと、壁に触れた瞬間、淡い光が彼女の指先から広がった。

 

「……反応してる?」

 

 次の瞬間、床が僅かに震え、壁の一部が音を立てて開いた。

 

「これは……?」

 

 奥に現れたのは、静かに眠る古びた書物だった。

 

 コンヴァリアは迷うことなく近づき、慎重にそれを取り上げる。表紙には、複雑な紋様が刻まれていた。

 

「この文様……咎霊器の封印に使われるものと似ているわ」

 

「つまり、これは……?」

 

「おそらく、咎霊器に関する記録ね」

 

 コンヴァリアは慎重にページをめくる。書かれている文字は古代語だったが、彼女には解読できる程度の知識があった。

 

《記録——咎霊器の製造法》

 

 その見出しを目にした瞬間、彼女の心臓が跳ね上がる。

 

「……あったわ」

 

「何が?」

 リリシアが問いかける。

 

「咎霊器の製造法よ」

 

 コンヴァリアは息を呑みながら、書かれた内容を慎重に追った。

 

《咎霊器とは、神々の封印技術と人間の技術が融合したもの。》

 

《古代、神々は“咎”を封じ込めるために霊質の印を刻んだ器を創り出した。だが、人間はそれを解放し、力として利用する術を編み出した。》

 

《その結果、咎の力を利用した武器が生まれ、都市国家はその力を奪い合った。》

 

《そして今も、いくつかの都市国家は咎霊器を軍事力として利用することを企んでいる。》

 

 コンヴァリアの指先がわずかに震えた。

 

「……神々が作った封印技術を、人間が“力”として転用した……」

 

「つまり、咎霊器は本来、何かを封じるためのものだったってこと?」

 アリセアが戸惑いながら尋ねる。

 

「そうよ。でも、人間はそれを兵器にしてしまったの。都市国家は、咎霊器の制御技術を求め、それぞれ独自に研究を進めた。でも、そのほとんどが失敗し、今では都市同士の争いに利用される道具になってしまっている……」

 

「そんな……」

 

 リリシアは目を伏せた。彼女が信じる正義と、それに反する現実。彼女にとって、この記録は受け入れ難いものだったのだろう。

 

「……でも、これをどうする?」

 アリセアが静かに尋ねる。

 

「このままにしておくわけにはいかない。これは、私たちが知るべき真実よ」

 

 コンヴァリアは書物を慎重に抱えた。

 

「これを持ち帰って、もっと調べる必要があるわ。咎霊器がどう生まれ、どう使われてきたのか……そして、どうすればこの連鎖を止められるのか」

 

「そうね」

 リリシアが微笑む。

 

「知ることが第一歩……それを知らなければ、正しい選択もできないものね」

 

「ええ」

 

 コンヴァリアは頷いた。

 

 彼女は書物を抱えながら、ふと、遠い昔のことを思い出した。

 

 幼い頃、まだ魔導者としての力を持つ前。知識に飢えていた自分が、禁書庫の扉の前に立っていた日。

 

 あの時も、こんな感覚だった。知りたいという好奇心と、恐れる気持ちがないまぜになっていた。

 

「でも……これを持ち帰ることで、私たちは危険に晒されるかもしれないわ」

 

 コンヴァリアは慎重に言葉を選んだ。

 

「都市国家が咎霊器を軍事利用していると知れば、私たちは彼らの“敵”になってしまう可能性がある。それでも……?」

 

「それでも、知る必要がある」

 アリセアがきっぱりと答えた。

 

 その瞳には、迷いがなかった。

 

 リリシアが優しくアリセアの髪を撫でる。

 

「……あなたがそう言うなら、きっと間違いじゃないわね」

 

 彼女の微笑みは、まるで母が子を包み込むように穏やかだった。

 

「行きましょう、コンヴァリア。これは、未来を変えるための一歩よ」

 

 コンヴァリアは、静かに頷いた。

 

 この記録が、未来を変える鍵になるかもしれない。

 

 彼女はそう信じ、書物をしっかりと抱きしめた。

 

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