霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第54話: 咎狂の痕跡

 陽が傾きかけた空の下、乾いた風が荒野を吹き抜ける。かつては穏やかな村だったはずの場所――今では、ただの廃墟と化していた。

 

 リリシアは歩みを止め、焼け焦げた家の残骸を見つめる。崩れ落ちた屋根、ひび割れた壁、そして、土に埋もれるように転がる道具や壊れた咎霊器の残骸。

 

 この村には、もう誰もいない。

 

「……やっぱり、遅かったのね」

 

 彼女の声は、乾いた風にかき消されるように小さく響いた。

 

 隣でアリセアがそっと頷く。彼女の紫の瞳には、慎重な警戒の色が浮かんでいた。

 

「この村……技術派の人々が暮らしていたはずよね?」

 

 フローリアが問いかける。彼女の淡い銀髪が、沈みゆく陽の光を受けて儚げに揺れる。

 

「ええ。辺境で独自に技術を発展させていた人たちの村よ。魔法に頼らず、自分たちの手で生きることを選んだ人たち……」

 

 リリシアはそう言いながら、地面に半ば埋まったままの金属片を拾い上げた。それは、技術派が「廃棄された咎霊器」を修理し、再利用しようとした痕跡だった。

 

 だが、その結果は――この村の有様が物語っている。

 

 

---

 

 村の中央へと進むにつれ、異様な光景が広がっていった。

 

 地面には、奇妙な黒い痕跡が点々と広がっている。まるで誰かが苦しみながら這いずったような跡。

 

「……これ、咎の影響ね」

 

 アリセアが低く呟いた。

 

「この村の人たち、咎霊器を修理して再利用しようとしたんでしょう。でも、咎の力は制御しきれなかった……」

 

 リリシアは胸の奥が重くなるのを感じた。

 

 都市国家では、咎霊器は厳重に管理される。しかし、この村では「魔法に頼らずに生きるため」、危険を承知の上で廃棄された咎霊器を修理し、道具として利用しようとしたのだ。

 

 その結果――村全体が、咎狂に飲み込まれた。

 

「これが、技術派の“自立”の結末……?」

 

 フローリアがぽつりと呟いた。

 

「違うわ」

 

 リリシアはきっぱりと否定した。

 

「これは……“誰も助けなかった結果”よ」

 

 

---

 

 リリシアの脳裏に、かつての光景が蘇る。

 

 都市国家セレスティアの高い壁の内側。そこでは、魔法によって都市の秩序が維持され、魔導士たちが咎霊器の管理を徹底していた。

 

 だが、魔法派は技術派を「危険な存在」として見下し、彼らを都市に迎え入れることはしなかった。

 

 一方で、技術派の人々も魔法に頼ることを拒み、独自の道を進もうとした。

 

 その結果――この村の人々は、誰の助けも得られぬまま、咎の力に飲み込まれた。

 

「技術派のやり方は確かに危険よ。でも、魔法派だって……」

 

 リリシアは、自分の手を握りしめる。

 

「ただ“危険だから”って理由で、彼らを見捨てたのよ」

 

 技術と魔法。

 どちらも人々を救う可能性がある。

 だが、どちらもまた、人々を破滅へと導く可能性を秘めている。

 

 それなのに、どちらの陣営も「自分たちの正しさ」に囚われていた。

 

 ――この村の惨状は、その歪んだ対立の犠牲なのだ。

 

 

---

 

「……誰か、生き残っているかもしれないわ」

 

 アリセアが周囲を見渡しながら言った。

 

「可能性は低いけれど、まだ完全に咎狂が支配したわけじゃない……」

 

 リリシアとフローリアも頷き、村の奥へと足を進めた。

 

 その時――。

 

 ガリッ……ガリッ……

 

 かすかな音が、廃墟の奥から響いた。

 

「……!」

 

 三人は、反射的に身構える。

 

 音の方を見やると、倒壊した家屋の陰から、何かがゆっくりと這い出してきた。

 

 それは――人だった。

 

 いや――かつて人だった者。

 

 肌は灰色に変色し、腕は異様に長く歪み、目は虚ろに光っている。

 

 咎狂。

 

 かつてこの村で暮らしていたはずの人間が、咎の影響によって異形化し、理性を失った存在。

 

「……やっぱり」

 

 リリシアは、深く息を吐いた。

 

 もはや、言葉は通じない。

 

 リリシアは、そっと手を合わせ、目を閉じた。

 

「ごめんなさい……」

 

 次の瞬間、アリセアの右手が紫の炎を纏う。

 

 フローリアが静かに呪文を唱え始める。

 

 そして、リリシアもまた、胸の奥で「覚悟」を固めた。

 

 ――この悲劇を、これ以上繰り返させないために。

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