霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第55話: 翠光の呪い(コンヴァリア視点)

 翠光の森林は、まるで命そのものが脈打つかのように、静かに光を放っていた。樹々の間を揺れる淡い緑の光は、神秘的でありながら、どこか儚げだった。ここは、人が手を加えずとも、魔法が自然と根付く場所。

 

 だが、コンヴァリアはこの美しさの裏に、何か得体の知れないものを感じていた。

 

 ――まるで、ここに残された“何か”が、自分たちの到来を待ち望んでいるかのような感覚。

 

「……ここが、シルヴァ・パクティスの僧侶たちが研究していた場所?」

 

 フローリアが囁くように言う。彼女の淡い銀髪が、翠光の中でほのかに輝く。

 

 リリシアが頷いた。「そうよ。ここで、“咎霊器を無害化する技術”が生まれた。でも、それを求める者は誰もいなかった……」

 

 コンヴァリアは眉をひそめる。

 

「誰も……?」

 

「都市国家のどこも、それを利用しようとはしなかったの。」

 

 リリシアの言葉は、どこか遠い記憶を辿るように沈んでいた。

 

 コンヴァリアは、ゆっくりと周囲を見渡した。森の奥へ進むにつれ、木々の幹には奇妙な刻印が刻まれていた。古代の魔法陣――そして、それが儀式の跡であることは明白だった。

 

「これ……儀式跡ね。」

 

 指先で木の表面をなぞると、魔力の残滓が微かに感じられた。

 

「ええ。」リリシアがそっと手を添える。「シルヴァ・パクティスの僧侶たちは、この森の力を利用して、咎霊器を浄化しようとしたの。でも、その研究は封じられた。」

 

 フローリアが戸惑いの表情を浮かべる。

 

「……どうして?」

 

「理由はいくつかあるわ。」リリシアの声は静かだった。「都市国家は、咎霊器の力を必要としていた。でも、“無害化”してしまったら、それはただの古びた artefact になってしまう。」

 

 コンヴァリアの胸の奥が、じくじくと疼き始める。

 

「つまり……“力”としての価値がなくなるから?」

 

 リリシアは深く頷いた。「技術派は、咎霊器を“兵器”として利用しようとしていた。魔法派は、咎霊器を“神の遺物”として崇め、制御しようとしていた。でも、どちらも、それを“消し去る”ことは望まなかった。」

 

 ――力を削がれることを望まない者たちが、真実を封じた。

 

 コンヴァリアは、指先に力を込めた。

 

「……こんなにも価値のある技術が封じられた?」

 

 その事実が、理解できなかった。いや、理解したくなかった。

 

 知識は、力のためにあるわけじゃない。人を守るために、世界をより良くするために、私たちは知を求めてきた。

 

 なのに――。

 

「浄化が成功してしまったら、咎霊器を管理する権力の意味がなくなる。それに……“浄化を望まない者たち”もいたのよ。」

 

 リリシアの言葉が、まるで遠くの鐘の音のように響く。

 

 フローリアが、小さく息を呑んだ。「……だから、この技術は封じられたの?」

 

 リリシアは頷く。「ここで、最後の浄化儀式が行われた。でも、成功しなかった。」

 

 コンヴァリアは、慎重に祭壇へと近づいた。そこには、かつて咎霊器が安置されていたらしき痕跡が残っている。

 

「浄化は……失敗したの?」

 

「いいえ。」リリシアの声が、森の静寂に溶けた。「成功はした。でも――“拒まれた”のよ。」

 

 

---

 

 コンヴァリアは、しばし祭壇を見つめた。

 

「……この技術が本当に使えたのなら、どれほどの人が救われたかしら?」

 

 だが、それは都市国家の支配者たちにとって、あまりにも都合が悪い技術だったのだ。

 

「知識の管理者が、この技術を封じたことで、彼らの支配が維持されている。」

 

 フローリアが小さく震える。「でも、それなら……」

 

「……どうすればいいの?」

 

 コンヴァリアは、目を伏せた。

 

 「こんなに大切な技術があったのに、誰もそれを使おうとしなかった……」

 

 その言葉に、リリシアはそっと肩に手を置いた。

 

「……まだ、終わっていないわ。」

 

 コンヴァリアは、再び祭壇を見つめる。

 

 もし、この技術が本当に使えたのなら。

 もし、それが再び封じられたのなら――。

 

「なら、私たちが試すしかないわね。」

 

 そう呟いた彼女の声は、どこか決意に満ちていた。

 

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