霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第56話: 試練の門

霊峰ルナーモの麓に立った瞬間、アリセアは息を飲んだ。空気は薄く、冷たさが肌を刺すようだ。遠くにそびえる頂は雲に隠れ、神々の領域のように見える。麓に広がる荒涼とした地帯には、ひび割れた岩肌と風化した古代の遺構が点在し、かつてここが何か特別な儀式の場だったことを物語っている。

 

「ここが……試練の門。」

 

アリセアが呟くように言葉を漏らした。その視線の先にあるのは、巨大な門。岩と魔法の融合したようなその造形は、見る者に威圧感を与える。表面には古代の魔法陣と謎めいた刻印が刻まれ、その緑がかった光は、不気味でありながら神聖な雰囲気を醸し出している。

 

「門を越えた者が戻ってきたという話を聞いたことはない。」

 

セラヌスが無骨な槍を肩に担ぎながら言った。その目は険しく、彼自身もこの門の向こう側に何が待つのかを知らない不安が表れていた。

 

「門を越えるには覚悟がいる。この門が何を試すのかはわからないが、何かを失うことになるだろう。それが試練というものだ。」

 

その言葉に、フローリアは静かに目を閉じた。

 

「……私、この場所に来たことがあるの。」

 

 

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「フローリア?」アリセアが驚いたように振り向く。

 

フローリアは冷たい門の表面に手を当てた。指先に伝わる冷たさは、今も記憶の中に残るあの感覚と同じだった。

 

「かつて私はアクア・スペリウスの神官だった。浄化技術を学ぶため、この試練の門を訪れたことがあるわ。」

 

「浄化技術……」アリセアが反応を見せる。

 

フローリアは穏やかな笑みを浮かべながら続けた。「咎霊器の浄化技術よ。咎の力を抑え、無害化する術をここで学んだの。」

 

アリセアが小さく頷く。「それができれば、世界を救えるかもしれない……」

 

「ええ、でも……」フローリアの瞳が曇る。「その技術を広めることはできなかったの。」

 

 

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セラヌスが険しい声を投げかけた。「どうしてだ?咎霊器の浄化ができるなら、それが世界を救う方法になるだろう。」

 

「都市国家は、咎霊器を“ただの無力な遺物”にしてしまうことを恐れたのよ。」フローリアの声には悲しみが滲んでいた。「浄化された咎霊器は力を失う。それを受け入れられない国家がほとんどだったわ。戦争に使えなくなる artefact に価値を見出す者は少ない。」

 

アリセアの表情が険しくなる。「でも、それは――」

 

「人々は力を手放したくないの。」フローリアの言葉は静かだったが、その中には深い失望が含まれていた。「私たちは取引や交易を通じて少しずつ浄化技術を広めようとしたけれど、本当に必要とされるべき場所――辺境の村や、咎の影響が強い地域には、届かなかったの。」

 

 

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フローリアは一度息を吐き、遠くを見つめるようにして言葉を続けた。

 

「かつて、ある辺境の村が咎霊器による咎の浸食で滅びたわ。私はその村を救いたかった。でも、咎霊器を浄化して送ることは間に合わなかったの……。都市国家の利害が絡んで、浄化された咎霊器は“必要な場所”には届かなかったのよ。」

 

アリセアの目が揺れる。「そんな……」

 

「その村の人々は咎に飲み込まれた。そして、その村はただの“失われた場所”として地図から消されたわ。」フローリアの声は震えていた。「神官として、浄化技術を学ぶ者として、それ以上に何もできなかったことが今でも心に刺さっている。」

 

 

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セラヌスが険しい表情で門を指差した。「信じるなら進め。ただし、この門を通る覚悟があるならな。門を越える者には、“何か”を失う試練が待っている。」

 

フローリアはセラヌスの言葉を受け、目を閉じた。そして、再び門を見つめる。その目には、確固たる覚悟が宿っていた。

 

「私は、もう十分に失ってきたわ。この先で何があっても、構わない。」

 

その言葉には、神官として生き、失い続けた過去を受け入れる覚悟が込められていた。

 

 

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門の前で三人は立ち止まり、互いに視線を交わす。

 

「行きましょう。」フローリアの声が静かに響いた。

 

アリセアとセラヌスは頷き、門へと歩み寄る。門に刻まれた文字が淡く光り始め、重い音を立てながらゆっくりと開いていった。その先には、冷たくも荘厳な光が差し込むように広がっていた。

 

フローリアは静かに言葉を呟く。「浄化が、世界を救う鍵になると信じて……」

 

三人は試練の先へと歩みを進めた。

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