霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第57話: 取引の条件

霊峰ルナーモの山脈を越えた先、天空に向かってそびえ立つ白亜の城壁が、彼らの前に姿を現した。

セレスティア——天空の神々を祀る都市国家。その名の通り、雲間に浮かぶような純白の城壁と、荘厳な神殿が連なる神聖都市である。

 

「ここが……セレスティアか。」アリセアは眩しそうに見上げた。

 

都市を囲む壁は、ただの防壁ではない。魔法の刻印が施されており、わずかに漂う光の粒子がその神聖性を示している。都市の内部へ通じる唯一の門の前には、銀色の鎧に身を包んだ衛兵たちが厳かに立っていた。

 

リリシアは一歩前に出た。

 

「ここでの交渉は慎重にしないとね。」

 

「お前、前に来たことがあるのか?」セラヌスが眉をひそめた。

 

「ええ。でも、神官としてではなく、ただの候補生として……。」

 

リリシアは遠い記憶を辿るように呟く。

 

セレスティアの神官たちは、咎霊器の浄化技術を持っているはずだ。だが、それを積極的に使う様子はない。なぜか——?

 

それを知ることが、今回の目的だった。

 

 

---

 

「止まれ。ここはセレスティア神域。無関係の者は立ち入れない。」

 

門番の一人が、鋭い声で告げた。

 

「私はリリシア。かつてここで学んでいた者です。」リリシアは静かに名乗る。「神官アーグラスにお会いしたい。」

 

門番はリリシアの顔をしばし観察し、仲間と小声で何かを話し合った後、彼女の名を確認するために神殿内へと戻った。

 

「本当に会ってくれると思うのか?」セラヌスが低く呟く。「こんな連中が、すんなり協力するとは思えねえがな。」

 

「彼らが自ら情報を提供するとは思わない。でも、こちらに交渉の材料があれば話は別よ。」

 

リリシアは門が開くのを待ちながら、セラヌスに冷静に答えた。

 

しばらくすると、先ほどの門番が戻ってきた。「神官アーグラス様がお前たちと話をすることを許可された。」

 

 

---

 

神殿内部

 

セレスティア神殿の奥深く、白大理石の柱が並ぶ広間に、アーグラスは静かに座していた。

 

彼は年老いた神官だったが、その姿勢には隙がない。銀白の髪を後ろに流し、深い皺の刻まれた顔には厳格な表情が浮かんでいる。

 

「久しいな、リリシア。」

 

その声は落ち着いていたが、どこか冷たさを感じさせた。

 

「お前が再びこの地を訪れるとは思っていなかった。」

 

「私も、こういう形で戻ることになるとは思いませんでした。」リリシアは静かに返す。「ですが、知るべきことがあるのです。」

 

「知るべきこと、か。」アーグラスはゆっくりと目を細めた。

 

リリシアはためらいなく言った。「咎霊器の浄化技術について。あなたたちは、それを持っているはずです。」

 

アーグラスは沈黙したままリリシアを見つめていた。

 

「存在するのですね?」

 

リリシアの問いに、アーグラスは低く息をついた。

 

「——確かに、我々は浄化技術の研究を続けてきた。」

 

「なら、なぜそれを使わないのですか?」アリセアが身を乗り出した。

 

「それが本当に人のためになる技術なら、なぜ世に広めない?」

 

アーグラスは薄く笑った。その笑みは慈悲ではなく、諦念にも似ていた。

 

「浄化とは、ただの魔法ではない。」

 

彼はゆっくりと立ち上がる。

 

「咎霊器は、人間の願望が凝縮されたもの。そして、その力を浄化するということは、その願望をも消し去ることを意味する。」

 

「願望を……?」

 

「咎霊器の本質をお前たちはまだ理解していない。だからこそ、試練を受けてもらおう。」

 

「試練……?」セラヌスが低く呟く。

 

「セレスティアは、知識を持たぬ者に咎霊器の浄化技術を渡すことはしない。」アーグラスの声は厳かだった。「だが、お前たちがそれを知る資格があるなら——この試練を超えた先で、答えを示そう。」

 

「その試練とは?」リリシアが慎重に問いかける。

 

アーグラスは、ゆっくりと彼女を見つめた。

 

「お前たち自身が咎霊器と向き合うこと。」

 

「……それは、どういう意味?」

 

「咎霊器は願望の具現。もし浄化を求めるならば、その対価として"何を捨てるか"を決めねばならない。」

 

その言葉に、一瞬、場が静まり返った。

 

「何を……捨てるか……?」アリセアが息をのむ。

 

「それができなければ、咎霊器はお前たちを受け入れない。」アーグラスは断言する。「咎霊器を知るためには、"自らの願望"を捨てる覚悟が必要なのだ。」

 

静寂が、神殿を包み込んだ。

 

リリシアはふと、横を見る。アリセアの右手が、わずかに震えていた。

 

(異形化が……進んでいる?)

 

だが、アリセアはそのことに気づいていないのか、無理に拳を握り締めた。

 

「……試練、受けます。」リリシアは覚悟を決めた声で言った。

 

「よろしい。」アーグラスは静かに頷く。「では、試練の場へ案内しよう。」

 

彼らは、セレスティアの奥深くへと足を踏み入れた。

 

その先に待つのは——何を捨てるかを決める試練。

 

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