霊峰ルナーモの山脈を越えた先、天空に向かってそびえ立つ白亜の城壁が、彼らの前に姿を現した。
セレスティア——天空の神々を祀る都市国家。その名の通り、雲間に浮かぶような純白の城壁と、荘厳な神殿が連なる神聖都市である。
「ここが……セレスティアか。」アリセアは眩しそうに見上げた。
都市を囲む壁は、ただの防壁ではない。魔法の刻印が施されており、わずかに漂う光の粒子がその神聖性を示している。都市の内部へ通じる唯一の門の前には、銀色の鎧に身を包んだ衛兵たちが厳かに立っていた。
リリシアは一歩前に出た。
「ここでの交渉は慎重にしないとね。」
「お前、前に来たことがあるのか?」セラヌスが眉をひそめた。
「ええ。でも、神官としてではなく、ただの候補生として……。」
リリシアは遠い記憶を辿るように呟く。
セレスティアの神官たちは、咎霊器の浄化技術を持っているはずだ。だが、それを積極的に使う様子はない。なぜか——?
それを知ることが、今回の目的だった。
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「止まれ。ここはセレスティア神域。無関係の者は立ち入れない。」
門番の一人が、鋭い声で告げた。
「私はリリシア。かつてここで学んでいた者です。」リリシアは静かに名乗る。「神官アーグラスにお会いしたい。」
門番はリリシアの顔をしばし観察し、仲間と小声で何かを話し合った後、彼女の名を確認するために神殿内へと戻った。
「本当に会ってくれると思うのか?」セラヌスが低く呟く。「こんな連中が、すんなり協力するとは思えねえがな。」
「彼らが自ら情報を提供するとは思わない。でも、こちらに交渉の材料があれば話は別よ。」
リリシアは門が開くのを待ちながら、セラヌスに冷静に答えた。
しばらくすると、先ほどの門番が戻ってきた。「神官アーグラス様がお前たちと話をすることを許可された。」
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神殿内部
セレスティア神殿の奥深く、白大理石の柱が並ぶ広間に、アーグラスは静かに座していた。
彼は年老いた神官だったが、その姿勢には隙がない。銀白の髪を後ろに流し、深い皺の刻まれた顔には厳格な表情が浮かんでいる。
「久しいな、リリシア。」
その声は落ち着いていたが、どこか冷たさを感じさせた。
「お前が再びこの地を訪れるとは思っていなかった。」
「私も、こういう形で戻ることになるとは思いませんでした。」リリシアは静かに返す。「ですが、知るべきことがあるのです。」
「知るべきこと、か。」アーグラスはゆっくりと目を細めた。
リリシアはためらいなく言った。「咎霊器の浄化技術について。あなたたちは、それを持っているはずです。」
アーグラスは沈黙したままリリシアを見つめていた。
「存在するのですね?」
リリシアの問いに、アーグラスは低く息をついた。
「——確かに、我々は浄化技術の研究を続けてきた。」
「なら、なぜそれを使わないのですか?」アリセアが身を乗り出した。
「それが本当に人のためになる技術なら、なぜ世に広めない?」
アーグラスは薄く笑った。その笑みは慈悲ではなく、諦念にも似ていた。
「浄化とは、ただの魔法ではない。」
彼はゆっくりと立ち上がる。
「咎霊器は、人間の願望が凝縮されたもの。そして、その力を浄化するということは、その願望をも消し去ることを意味する。」
「願望を……?」
「咎霊器の本質をお前たちはまだ理解していない。だからこそ、試練を受けてもらおう。」
「試練……?」セラヌスが低く呟く。
「セレスティアは、知識を持たぬ者に咎霊器の浄化技術を渡すことはしない。」アーグラスの声は厳かだった。「だが、お前たちがそれを知る資格があるなら——この試練を超えた先で、答えを示そう。」
「その試練とは?」リリシアが慎重に問いかける。
アーグラスは、ゆっくりと彼女を見つめた。
「お前たち自身が咎霊器と向き合うこと。」
「……それは、どういう意味?」
「咎霊器は願望の具現。もし浄化を求めるならば、その対価として"何を捨てるか"を決めねばならない。」
その言葉に、一瞬、場が静まり返った。
「何を……捨てるか……?」アリセアが息をのむ。
「それができなければ、咎霊器はお前たちを受け入れない。」アーグラスは断言する。「咎霊器を知るためには、"自らの願望"を捨てる覚悟が必要なのだ。」
静寂が、神殿を包み込んだ。
リリシアはふと、横を見る。アリセアの右手が、わずかに震えていた。
(異形化が……進んでいる?)
だが、アリセアはそのことに気づいていないのか、無理に拳を握り締めた。
「……試練、受けます。」リリシアは覚悟を決めた声で言った。
「よろしい。」アーグラスは静かに頷く。「では、試練の場へ案内しよう。」
彼らは、セレスティアの奥深くへと足を踏み入れた。
その先に待つのは——何を捨てるかを決める試練。