霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第58話: 山腹の対立(セラヌス視点)

霊峰ルナーモの山道は、容赦なく吹きつける寒風と、薄い空気に包まれていた。

標高が上がるにつれ、霧が濃くなり、視界は徐々に閉ざされていく。

先ほどまで聞こえていた鳥の鳴き声も消え、ただ風が木々を揺らす音だけが響く。

 

セラヌスは槍を肩に担ぎながら、前を歩くアリセアの背中を睨んでいた。

霧の中で、彼女の姿は淡く揺らいで見える。

 

右腕——そこから黒い靄が漂い、皮膚は硬質化しているように見えた。

セレスティアでの試練の話が出てから、異形化の進行が加速しているのは明らかだった。

 

「なあ、アリセア。」

 

セラヌスは低く呼びかけた。

 

「お前、自分の体がどうなってるのか分かってるのか?」

 

アリセアは少しだけ振り返る。しかし、表情には焦燥も驚きもない。

 

「……分かってる。でも、今は進むしかない。」

 

「分かってるなら、なおさらだ。」

 

セラヌスは槍の石突を地面に突き立て、一歩前に出た。

 

「お前のその異形化……セレスティアの試練と関係あるんじゃねえのか?」

 

「……かもしれない。でも、それを確かめるには、試練を受けるしかない。」

 

その冷静すぎる言葉に、セラヌスの中で何かが弾けた。

 

「ふざけんな!」

 

彼は槍を振り上げ、アリセアの進路を遮った。

 

「お前、それで納得してんのか?!」

 

「納得とかじゃない。」アリセアの声は静かだった。「今は進むしかないの。」

 

「進むしかない……?」セラヌスは彼女を睨みつける。「お前、それでまた"犠牲になればいい"って思ってんじゃねえだろうな?」

 

アリセアは答えない。ただ、その紫の瞳を静かに見開き、セラヌスの怒りを受け止めていた。

 

その沈黙が、逆に彼を苛立たせた。

 

「お前さ……結局、選ばされたんじゃなくて、自分でそっちを選んでんだろ。」

 

セラヌスは深く息を吐き、険しい表情のまま言葉を続ける。

 

「昔の俺はな……力を持ってるからって理由で、"お前がやるしかない" って言われて、全部背負わされた。」

 

アリセアの目が、わずかに揺れた。

 

「でもよ……それが普通だと思っちまってたんだよ。『誰かがやらなきゃならねえなら、俺がやる』ってな。」

 

セラヌスは槍の柄を握りしめる。

 

「で、どうなったと思う? 俺の仲間たちは、みんなそうやって死んだよ。」

 

「……。」

 

「魔女は、"力を持ってるから"って理由だけで、道具みたいに扱われるんだ。」

 

彼の脳裏には、かつての研究施設の光景が蘇る。

異形化していく仲間たちの叫び、技術派の貴族たちの冷淡な視線。

「犠牲になれ」とは決して言わない。ただ、「お前にしかできないから」と言い続けるだけ。

 

「お前の右腕も、もう限界なんじゃねえのか?」

 

アリセアは無言のまま、右手を握る。その指先から、黒い靄がゆらめき、冷たい風に溶けていく。

 

「それでも進むしかないの?」セラヌスの声は、少し低くなった。「お前、いつまでそんなこと続けるつもりだ?」

 

アリセアは小さく息を吐いた。

 

「……私がやめたら、どうなるの?」

 

「何?」

 

「誰が、この先に進むの?」

 

セラヌスは息をのんだ。

 

「誰も進まなかったら……誰が、この世界の真実を知るの?」

 

その言葉に、セラヌスは拳を握りしめる。

 

「……そんなの、知らねえよ。」

 

彼は槍を肩に担ぎ、背を向けた。

 

「でもな……お前が死んだら、それこそ何も残らねえぞ。」

 

「……。」

 

「お前が進むなら、俺も行く。でも、その前に誓え。」

 

セラヌスは振り返り、真っ直ぐにアリセアを見据えた。

 

「"自分を犠牲にしない" って誓え。」

 

アリセアは戸惑ったようにセラヌスを見つめた。

 

「それができないなら、お前を止める。」

 

沈黙が降りた。

 

風が吹く。霧がゆらめく。

 

「……誓う。」

 

静かに、しかし確かな声で、アリセアは言った。

 

セラヌスはしばらく彼女を見つめた後、ふっと小さく笑った。

 

「なら、行くか。」

 

「……うん。」

 

リリシアが優しく微笑み、二人の間に歩み寄る。「どんな道でも、私たちは一緒よ。」

 

冷たい山風が吹きすさぶ中、三人は再び歩き出した。

 

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