薄暗い神殿の最深部。かつて神々の教えを刻んだとされるこの場所は、今や歪んだ静寂に支配されていた。
壁に刻まれた古代文字は剥がれ落ち、床に描かれた魔法陣は黒い靄をまとって脈動している。その中心、封印の祭壇の前に立つ影。
アルカディアは祭壇に手を置き、静かに目を閉じた。
「ついにここまで来たのね。」
彼女の声は穏やかだった。まるで古い友人と再会したかのように。
「アルカディア……!」
鋭い声が響く。
槍を構えたセラヌスが一歩前へと踏み込んだ。その表情には怒りと警戒が交錯している。
アリセアもまた、咎霊器の気配に警戒しながら、アルカディアの前に立った。
「あなたの目的は何?」アリセアが静かに問う。
アルカディアは振り返り、微笑んだ。
「目的? それを聞いてどうするの?」
「……あなたが何をしようとしているのかを知りたい。」
「知ったところで、君たちは止めるつもりでしょう?」
アルカディアはゆっくりと手を広げた。祭壇の上に、黒い靄が渦を巻きながら立ち上る。
「……なら、教えてあげる。私の目指す"新しい世界"のことを。」
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「この世界は、すでに崩壊の一途をたどっている。」
アルカディアは静かに言った。
「都市国家は互いに対立し、魔法派と技術派は争い続ける。咎霊器は禁忌とされながらも、裏では軍事利用の研究が進み、どの国も"力"を手放そうとしない。」
彼女の目は、冷たくも理知的な光を帯びていた。
「ならば、私はその"力"を統べる側に立つ。中途半端な管理ではなく、すべての咎霊器を掌握し、都市国家を一つの秩序にまとめる。混沌に終止符を打ち、新たな時代を築くために。」
「……それが"支配"だって分かってるのか?」セラヌスが低く唸るように言った。
「支配?」アルカディアは肩をすくめる。「そう言われることには慣れているわ。でも、私はただ"無秩序を制する"だけよ。」
「力による統治……それが秩序だと?」アリセアが問いかける。
「ええ。」アルカディアは迷いなく頷いた。「都市国家の貴族や宗教勢力が"正義"の名のもとに民衆を欺き、魔女を犠牲にしてきた。それなら、最も強い者が正しく力を用い、新たな秩序を築くべきではなくて?」
「その"最も強い者"が、お前ってわけか。」セラヌスの目が鋭くなる。
「誰がなるかは問題ではない。」アルカディアは淡々と答えた。「私でなくても構わないわ。ただ、"正しく"この世界を導ける者が必要なだけ。」
「……そのために、咎狂を利用するのか?」
アリセアの問いに、アルカディアの表情がわずかに揺れた。
「咎狂は"汚れ"ではない。進化の形よ。」
「進化?」セラヌスが冷笑する。「お前、正気か?」
「正気よ。」アルカディアは微笑む。「咎狂は人の恐れが作り出したもの。もしその恐れを取り除き、適切に制御できるなら、ただの兵器ではなく、新しい力になりうる。」
「人が、恐れを乗り越えられるとでも?」
「乗り越えるのではないわ。"適応"するのよ。」
アルカディアは指を鳴らした。
すると、黒い靄が渦を巻き、神殿の奥からゆっくりと影が現れる。
咎狂——かつて人だったもの。異形化し、理性を失いながらも、かすかに「命令を待つ」ような動きをしていた。
「……こいつらを、"制御"できるってのか?」セラヌスが唸る。
「ええ。」アルカディアは優雅に微笑んだ。「適切な指導者のもとでは、彼らはただの破壊者ではなく、"秩序の執行者"になれる。」
「そんなの……。」アリセアは絶句する。「それじゃ、人間じゃない。」
「そうね。」アルカディアは静かに頷いた。「でも、人間は変わらなければならないのよ。」
その瞬間、咎狂の影が大きく揺れた。
祭壇の魔法陣が歪み、空間が軋むような音を立てる。
「……さて、君たちはどうするの?」
アルカディアは黒い影を背に、微笑んだ。
「私の理想に賛同するなら、手を貸しなさい。もし否定するなら……。」
彼女の瞳が冷たく光る。
「"力"で証明してみせて。」
神殿の奥から響く咎狂の咆哮が、静寂を打ち破った——。