鍵が脈打つ。
——まるで、私の決断を待っているかのように。
祭壇の上に浮かぶそれは、黒と紫の光を放ちながら、静かに空間を震わせていた。触れるだけで、心の奥底に何かが囁きかけるような感覚が広がる。
「鍵を使いなさい、アリセア。」
アルカディアの声が、神殿の静寂を打ち破る。
彼女は祭壇の前に立ち、悠然とした態度で私を見つめていた。冷たい光を帯びた瞳には、迷いはない。
「これは、世界を正しく導くための力よ。今ここで決断しなければ、咎は永遠に人々を苦しめる。」
「……本当に、これしか方法はないの?」
私は息を詰まらせながら尋ねた。
「他に選択肢があるなら、教えて?」アルカディアは肩をすくめる。「都市国家の争いは止まらない。魔導者は支配され、咎霊器は軍事利用される。貴族たちは権力を手放そうとしない。ならば、"支配"するしかないでしょう?」
「支配……?」リリシアが険しい表情で言葉を遮る。「あなたのやり方では、ただ新たな独裁を生むだけよ。」
「独裁?」アルカディアは微笑んだ。「違うわ。私は、この混沌を"秩序"に変えるだけ。」
神殿の壁に刻まれた古い紋様が、鍵の共鳴に呼応して淡く光る。私はその光を見つめながら、唇を噛んだ。
——アルカディアの言うことは、間違っているのか?
彼女の方法なら、確かに戦争は終わる。
魔導者たちが差別されることもなくなり、咎霊器の暴走も抑えられるかもしれない。
だけど、それは「正しい未来」だろうか?
「私は……」
思わず鍵へと手を伸ばしかけた。
「アリセア!」
リリシアの声が響く。
私は一瞬、彼女を振り返る。
そこには、迷いのない瞳があった。
「あなたがこの力を使えば、咎は確かに制御できるかもしれない。でも、それは"人が決めるべき未来"を奪うことになる。」
「……。」
「あなたは、ずっと誰かのために戦ってきた。でも、あなた自身の意思は?」
リリシアの言葉が、胸の奥に刺さる。
私の意思……?
「……鍵の力は強大よ。」アルカディアが言葉を重ねる。「今、この力を使わなければ、世界は再び戦争と混沌に飲み込まれる。あなたは、未来を選ぶことができる立場にいるのよ。」
「……。」
静かな空気が流れる。
鍵の脈動が、私の意識を引き寄せる。
それは、まるで私の決断を待つかのように——
——でも、これは「私ひとりで決めるべきこと」なの?
私は、再びリリシアを見た。
そして、これまで旅を共にしてきた仲間たちの顔が頭に浮かぶ。
セラヌス、コンヴァリア、フローリア、リリシア……
彼らはいつも、私を支えてくれた。
私が何かを決断するとき、共に考え、共に戦ってくれた。
「……アルカディア。」
私は、静かに口を開いた。
「私は、仲間とともに決める。私ひとりで、この未来を決めることはしない。」
「……。」
アルカディアの表情が、一瞬だけ揺れた。
「……そう。」
そして、彼女はわずかに笑う。
「なら、どうするの?」
「鍵は……封印する。」
私ははっきりと言い切った。
「そんなことをしても、争いは終わらないわ。」
「それでも。」
私は鍵を見つめる。
「私は"人が選ぶ未来"を守りたい。」
鍵が、静かに光を失い始める。
私はそっと手を伸ばし、それに触れる。
瞬間、神殿全体が揺れた。
「……ッ!」
リリシアが私の腕を掴み、私を支える。
鍵の光が消え、空間が静寂に包まれる。
そして、長い沈黙の後——
「……あなたは、愚かだわ。」
アルカディアは、静かに言った。
「その選択が、どれほどの犠牲を生むか……あなたは、まだ理解していない。」
「……それでも。」私は答えた。「私は、仲間とともにこの世界を歩む。」
アルカディアは目を伏せ、一歩後ろへ下がる。
そして——
「……なら、私はこの世界の行く末を見届けることにするわ。」
彼女はそう言い残し、神殿の奥へと消えていった。
私は、力が抜けるのを感じながら、その背中を見送った。
——鍵の力は封印された。
だけど、これが「正しい選択」だったのかは、まだ分からない。
私は、静かに拳を握る。
「……行こう。」
リリシアが優しく微笑み、私の手を取る。
私は彼女の手の温もりを感じながら、神殿の出口へと歩き出した。