霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第61話: 鍵の決断

鍵が脈打つ。

 

——まるで、私の決断を待っているかのように。

 

祭壇の上に浮かぶそれは、黒と紫の光を放ちながら、静かに空間を震わせていた。触れるだけで、心の奥底に何かが囁きかけるような感覚が広がる。

 

「鍵を使いなさい、アリセア。」

 

アルカディアの声が、神殿の静寂を打ち破る。

 

彼女は祭壇の前に立ち、悠然とした態度で私を見つめていた。冷たい光を帯びた瞳には、迷いはない。

 

「これは、世界を正しく導くための力よ。今ここで決断しなければ、咎は永遠に人々を苦しめる。」

 

「……本当に、これしか方法はないの?」

 

私は息を詰まらせながら尋ねた。

 

「他に選択肢があるなら、教えて?」アルカディアは肩をすくめる。「都市国家の争いは止まらない。魔導者は支配され、咎霊器は軍事利用される。貴族たちは権力を手放そうとしない。ならば、"支配"するしかないでしょう?」

 

「支配……?」リリシアが険しい表情で言葉を遮る。「あなたのやり方では、ただ新たな独裁を生むだけよ。」

 

「独裁?」アルカディアは微笑んだ。「違うわ。私は、この混沌を"秩序"に変えるだけ。」

 

神殿の壁に刻まれた古い紋様が、鍵の共鳴に呼応して淡く光る。私はその光を見つめながら、唇を噛んだ。

 

——アルカディアの言うことは、間違っているのか?

 

彼女の方法なら、確かに戦争は終わる。

魔導者たちが差別されることもなくなり、咎霊器の暴走も抑えられるかもしれない。

だけど、それは「正しい未来」だろうか?

 

「私は……」

 

思わず鍵へと手を伸ばしかけた。

 

「アリセア!」

 

リリシアの声が響く。

 

私は一瞬、彼女を振り返る。

 

そこには、迷いのない瞳があった。

 

「あなたがこの力を使えば、咎は確かに制御できるかもしれない。でも、それは"人が決めるべき未来"を奪うことになる。」

 

「……。」

 

「あなたは、ずっと誰かのために戦ってきた。でも、あなた自身の意思は?」

 

リリシアの言葉が、胸の奥に刺さる。

 

私の意思……?

 

「……鍵の力は強大よ。」アルカディアが言葉を重ねる。「今、この力を使わなければ、世界は再び戦争と混沌に飲み込まれる。あなたは、未来を選ぶことができる立場にいるのよ。」

 

「……。」

 

静かな空気が流れる。

 

鍵の脈動が、私の意識を引き寄せる。

 

それは、まるで私の決断を待つかのように——

 

——でも、これは「私ひとりで決めるべきこと」なの?

 

私は、再びリリシアを見た。

 

そして、これまで旅を共にしてきた仲間たちの顔が頭に浮かぶ。

 

セラヌス、コンヴァリア、フローリア、リリシア……

 

彼らはいつも、私を支えてくれた。

私が何かを決断するとき、共に考え、共に戦ってくれた。

 

「……アルカディア。」

 

私は、静かに口を開いた。

 

「私は、仲間とともに決める。私ひとりで、この未来を決めることはしない。」

 

「……。」

 

アルカディアの表情が、一瞬だけ揺れた。

 

「……そう。」

 

そして、彼女はわずかに笑う。

 

「なら、どうするの?」

 

「鍵は……封印する。」

 

私ははっきりと言い切った。

 

「そんなことをしても、争いは終わらないわ。」

 

「それでも。」

 

私は鍵を見つめる。

 

「私は"人が選ぶ未来"を守りたい。」

 

鍵が、静かに光を失い始める。

 

私はそっと手を伸ばし、それに触れる。

 

瞬間、神殿全体が揺れた。

 

「……ッ!」

 

リリシアが私の腕を掴み、私を支える。

 

鍵の光が消え、空間が静寂に包まれる。

 

そして、長い沈黙の後——

 

「……あなたは、愚かだわ。」

 

アルカディアは、静かに言った。

 

「その選択が、どれほどの犠牲を生むか……あなたは、まだ理解していない。」

 

「……それでも。」私は答えた。「私は、仲間とともにこの世界を歩む。」

 

アルカディアは目を伏せ、一歩後ろへ下がる。

 

そして——

 

「……なら、私はこの世界の行く末を見届けることにするわ。」

 

彼女はそう言い残し、神殿の奥へと消えていった。

 

私は、力が抜けるのを感じながら、その背中を見送った。

 

——鍵の力は封印された。

だけど、これが「正しい選択」だったのかは、まだ分からない。

 

私は、静かに拳を握る。

 

「……行こう。」

 

リリシアが優しく微笑み、私の手を取る。

 

私は彼女の手の温もりを感じながら、神殿の出口へと歩き出した。

 

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