私は崩れ落ちた神殿の瓦礫の上に立ち、空を見上げた。
夜空に広がる黒雲の向こうで、赤い月が歪んでいる。
——封印は崩壊した。
しかし、胸の奥に広がるのは虚無感だった。
終わったのではない。
ただ、私の手から未来がこぼれ落ちたのだ。
「アルカディア様!」
兵士が駆け寄る。戦装束には血がこびりつき、肩で息をしていた。
「撤退の準備が整いました!敵の追撃はありません!」
私は視線を向けることもせず、ただ前を見つめる。
崩れた神殿の向こう、瓦礫の隙間からアリセアが私を見ていた。
彼女は、私の理想を拒んだ。
人が選ぶ未来を守るという、脆弱で愚かな決断を下した。
しかし、そんな理想は、すぐに崩れる。
争いは止まらない。
魔女は支配され、力を持つ者はそれを振るう。
権力を手放す者などいない。
ならば、どうすればよかったのか?
かつての私は、魔導技術を都市国家の礎とし、合理的な支配構造を作ることで戦争を終わらせられると信じていた。
しかし、都市国家は咎霊器の力を利用しながら、それを管理することすらできなかった。
魔法派も技術派も、どちらも愚かだった。
ならば、私は。
——力こそが、すべてを決める。
私はゆっくりと手を伸ばした。
瓦礫の中に埋もれていた咎霊器を掴む。
瞬間、焼けつくような激痛が全身を駆け巡る。
血が逆流するような感覚に、意識が歪む。
耳鳴りがした。
低いうなり声が、脳内に直接響く。
「……ッ!」
皮膚が裂け、熱が血管を駆け巡る。
視界が白く燃え尽きる。
爪が鉤爪のように変わり、指先から黒い煙が立ち上る。
髪は焦げるように赤黒く変色し、肌に亀裂が入り、そこから炎が滲む。
熱い。
それなのに、冷たい。
私の身体は、私のものでなくなっていく。
——ああ、これが代償か。
「アルカディア様!」
兵士の声が震える。
私は唇を噛んだ。
恐怖ではない。
興奮していた。
「私は……」
焦熱の鞭が腕に絡みつく。
皮膚と金属が溶け合い、私は武器そのものと一体になっていく。
身体の奥から、何かが侵食してくる。
それが "業火の呪詛" の代償。
私は人でなくなる。
そう理解しながらも、心のどこかで喜びがあった。
——これが、"力" だ。
人間の限界を超えた力。
私はこれを手に入れた。
記憶が不安定になる。
いつの間にか、私は何かを忘れている。
過去の仲間?
いや、彼らはとうの昔に死んだ。
私が誰だったか?
そんなことは、どうでもいい。
今、私は。
「私は、この世界に秩序をもたらす。」
声は低く、異様に響いた。
兵士たちは息をのんでいる。
彼らは恐れていた。
私は微笑んだ。
——彼らの目には、私がどのように映っているのだろう。
兵士たちは怯えながらも、目を伏せた。
彼らが何を見ようと関係ない。
私は、すでに "人ではない" のだから。
瓦礫の隙間から、アリセアが私を見ていた。
私の目には、彼女の姿がぼやけて見えた。
——あれは、誰だったか。
脳が熱に焼かれていく感覚。
記憶が崩れ、形をなくしていく。
「人の未来を信じる? それとも、ただ怯えているだけ?」
私は微かに笑うと、兵士たちと共に闇の中へと消えた。