霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

65 / 81
第65話: 咎の解放者(アリセア視点)

足元の黒い塊を見下ろし、私は静かに息を吸った。

 

肉が溶け、骨がねじれた異形の残骸。

 

かつて咎狂だったもの。

 

それが崩れながらもなお、微かに蠢いている。

 

私は膝をつき、そっと手を伸ばした。

 

掌に残る、咎の熱。

 

——これは、私のせいなのか?

 

都市の郊外には、数時間前まで戦闘があった痕跡が広がっていた。

 

地面は黒く焼け焦げ、崩れた建物の影からは血と煤の匂いが漂っている。

 

咎狂との戦闘は終わったはずだった。

 

だが、目の前にあるのは、その成れの果てとは思えない異様な光景だった。

 

私は、ゆっくりとその残骸に手を伸ばす。

 

「アリセア、何か分かった?」

 

リリシアの声が背後から届く。

 

彼女は慎重に私へと歩み寄ると、膝をついて残骸を見つめた。

 

「……これは、ただの咎狂じゃない。」

 

遺された咎狂の肉片は、通常のものとは異なっていた。

 

表面がひび割れ、内部には紫色の光を宿した結晶が埋まっている。

 

咎狂の遺骸は通常、時間が経てば消滅する。

 

だが、この個体は崩壊してなお、咎の力を残し続けている。

 

「……咎が、変質している。」

 

私はゆっくりと立ち上がり、指先についた黒い粉を払った。

 

「まるで……私の力が何かを変えたみたい。」

 

リリシアの顔が曇る。

 

「それは……どういうこと?」

 

「分からない。ただ、咎狂を浄化したはずなのに、これは……」

 

私は言葉を飲み込む。

 

浄化ではなく、変異を促していた。

 

私は、咎を消すのではなく、咎を変える力を持っているのではないか。

 

「……ふざけるな。」

 

冷たい声が、背後から響いた。

 

セラヌスだった。

 

彼女は槍を地面に突き立て、私を睨んでいる。

 

「お前の力は、何なんだ?」

 

「……私にも分からない。」

 

セラヌスは舌打ちをした。

 

「もし、お前の力が咎狂を生み出しているのなら、何のために戦っている?」

 

「違う!」

 

私は声を張る。

 

「私は、変異させようとしたんじゃない!」

 

「なら、何だ?」

 

セラヌスが一歩踏み込む。

 

槍の切っ先が、私の胸の前で止まる。

 

その鋭い刃が、かすかに光を帯びていた。

 

私は、怖くなかった。

 

その刃が何を意味するのか、分かっていたから。

 

セラヌスの怒りは、私に向けられたものではない。

 

彼女自身が持つ疑問に、向けられていた。

 

「咎狂を浄化できると思ったか?」

 

「……そう信じていた。」

 

「でも、それは違った。」

 

「……違った。」

 

「なら、お前はどうする?」

 

セラヌスの声が静かに響く。

 

私は答えを探した。

 

私の力は、浄化ではなかった。

 

ただ、咎の形を変えるだけだった。

 

それなら、私は何をすればいい?

 

私は、どこへ向かえばいい?

 

私は……

 

「それでも、私は探す。」

 

口から零れた言葉に、自分自身が驚いた。

 

「……探す?」

 

セラヌスが僅かに目を細める。

 

「私は、ただの鍵だった。」

 

私は拳を握る。

 

「でも、それだけじゃない。私は……私は、世界のためじゃなくて仲間のために戦う。」

 

「……だから何をする?」

 

「この力の本質を知る。そして……」

 

私は、槍の刃を押し返しながら言った。

 

「私は、咎の在り方を変える。」

 

セラヌスの目が揺れる。

 

私の言葉が、彼女に届いたかは分からない。

 

だが、私はもう迷わない。

 

リリシアが優しく微笑み、私の肩に手を置く。

 

「アリセア。あなたは、あなたのままでいいのよ。」

 

その言葉に、私は力が抜けた。

 

「……ありがとう。」

 

それでも私は、この力の正体を知らなければならない。

 

私は私の願いを見つけるために、この道を進む。

 

夜空には、淡く紫色の光が漂っていた。

 

私は、それを見上げる。

 

これは、咎なのか、それとも……

 

私は、答えを求めて歩き続ける。

 

私の足が止まるまで。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。