足元の黒い塊を見下ろし、私は静かに息を吸った。
肉が溶け、骨がねじれた異形の残骸。
かつて咎狂だったもの。
それが崩れながらもなお、微かに蠢いている。
私は膝をつき、そっと手を伸ばした。
掌に残る、咎の熱。
——これは、私のせいなのか?
都市の郊外には、数時間前まで戦闘があった痕跡が広がっていた。
地面は黒く焼け焦げ、崩れた建物の影からは血と煤の匂いが漂っている。
咎狂との戦闘は終わったはずだった。
だが、目の前にあるのは、その成れの果てとは思えない異様な光景だった。
私は、ゆっくりとその残骸に手を伸ばす。
「アリセア、何か分かった?」
リリシアの声が背後から届く。
彼女は慎重に私へと歩み寄ると、膝をついて残骸を見つめた。
「……これは、ただの咎狂じゃない。」
遺された咎狂の肉片は、通常のものとは異なっていた。
表面がひび割れ、内部には紫色の光を宿した結晶が埋まっている。
咎狂の遺骸は通常、時間が経てば消滅する。
だが、この個体は崩壊してなお、咎の力を残し続けている。
「……咎が、変質している。」
私はゆっくりと立ち上がり、指先についた黒い粉を払った。
「まるで……私の力が何かを変えたみたい。」
リリシアの顔が曇る。
「それは……どういうこと?」
「分からない。ただ、咎狂を浄化したはずなのに、これは……」
私は言葉を飲み込む。
浄化ではなく、変異を促していた。
私は、咎を消すのではなく、咎を変える力を持っているのではないか。
「……ふざけるな。」
冷たい声が、背後から響いた。
セラヌスだった。
彼女は槍を地面に突き立て、私を睨んでいる。
「お前の力は、何なんだ?」
「……私にも分からない。」
セラヌスは舌打ちをした。
「もし、お前の力が咎狂を生み出しているのなら、何のために戦っている?」
「違う!」
私は声を張る。
「私は、変異させようとしたんじゃない!」
「なら、何だ?」
セラヌスが一歩踏み込む。
槍の切っ先が、私の胸の前で止まる。
その鋭い刃が、かすかに光を帯びていた。
私は、怖くなかった。
その刃が何を意味するのか、分かっていたから。
セラヌスの怒りは、私に向けられたものではない。
彼女自身が持つ疑問に、向けられていた。
「咎狂を浄化できると思ったか?」
「……そう信じていた。」
「でも、それは違った。」
「……違った。」
「なら、お前はどうする?」
セラヌスの声が静かに響く。
私は答えを探した。
私の力は、浄化ではなかった。
ただ、咎の形を変えるだけだった。
それなら、私は何をすればいい?
私は、どこへ向かえばいい?
私は……
「それでも、私は探す。」
口から零れた言葉に、自分自身が驚いた。
「……探す?」
セラヌスが僅かに目を細める。
「私は、ただの鍵だった。」
私は拳を握る。
「でも、それだけじゃない。私は……私は、世界のためじゃなくて仲間のために戦う。」
「……だから何をする?」
「この力の本質を知る。そして……」
私は、槍の刃を押し返しながら言った。
「私は、咎の在り方を変える。」
セラヌスの目が揺れる。
私の言葉が、彼女に届いたかは分からない。
だが、私はもう迷わない。
リリシアが優しく微笑み、私の肩に手を置く。
「アリセア。あなたは、あなたのままでいいのよ。」
その言葉に、私は力が抜けた。
「……ありがとう。」
それでも私は、この力の正体を知らなければならない。
私は私の願いを見つけるために、この道を進む。
夜空には、淡く紫色の光が漂っていた。
私は、それを見上げる。
これは、咎なのか、それとも……
私は、答えを求めて歩き続ける。
私の足が止まるまで。