水の流れる音が静かに響いていた。
私は神殿の奥深く、ひんやりとした石の床に足を踏み入れる。
この場所は、私にとって懐かしくもあり、同時に忌むべき過去を思い出させる場所だった。
水上都市アクア・スペリウス。
そこは、咎の浄化技術を研究しながらも、その力を独占し続けてきた都市国家。
かつて私は、この神殿で神官として仕えていた。
人々は祈りを捧げ、神官たちは彼らに「救い」を約束した。
だが、それは真実ではなかった。
都市の外で苦しむ者たちを見捨て、秩序を守るために「浄化技術」は封じられたままだった。
咎に蝕まれた者たちは、助けを求めることさえ許されず、"浄化"の名の下に殺されていった。
それが、この都市の"正義"だった。
奥の扉が開く。
「フローリア殿、お久しぶりです」
白と青の衣をまとった神官長が、静かに歩み寄ってきた。
彼の目には、私への懐かしみも、親しみもない。
「お久しぶりです、神官長。浄化技術について話し合いたいことがあります」
「……浄化技術?」
神官長の眉がわずかに動く。
「なぜ今になって、あなたがそれを?」
私は深く息を吸った。
「私たちは今、咎の本質に向き合っています。そして、過去の浄化技術が今も有効であるのか、その可能性を知りたいのです」
神官長はしばらく私を見つめた後、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「フローリア殿、あなたはこの都市を離れてから、何を学んだのですか?」
私は彼の問いに、答えを探した。
「……都市国家は、咎と戦っているようでいて、実際は咎を利用することにしか興味がない」
「ほう」
「私たちは、咎を浄化しようとしながらも、浄化の本質を知ろうとはしなかった」
神官長は目を細める。
「あなたはその答えを、外で見つけたのですか?」
「いいえ」
私は首を横に振る。
「だからこそ、今ここに来ました。浄化技術の歴史を知りたいのです」
神官長は机の上の古びた書物を指でなぞった。
「それは……難しい話です」
私はその言葉に、わずかに息を詰まらせた。
「難しい、とは?」
神官長は静かに答えた。
「浄化技術は、この都市が管理し、封印しているものです。過去には、浄化の力を求めた者たちが都市間の争いを引き起こしました。私たちはその技術を開示することで、新たな戦争を招くかもしれません」
「……それでも?」
「ええ、それでも、力は力です」
私は口を噤んだ。
彼らは、浄化技術を争いの火種と見ている。
「しかし……」
私は静かに言葉を選んだ。
「争いを避けるために封印したとしても、結局、咎の被害はなくなっていません」
神官長は一瞬、黙った。
「あなたは、力が必要なのですか?」
私はゆっくりと首を振る。
「力ではなく、手段が必要なのです」
「……手段?」
「戦いではなく、交渉が必要です」
私の言葉に、神官長は少し表情を和らげた。
「なるほど……あなたは、かつてのあなたとは違うのですね」
「私たちには、もはや過去に戻る余裕はありません」
私は静かに言った。
「今ある世界を、どう生きるのか。その答えを探すために、私はここにいるのです」
神官長は目を閉じ、しばらくの沈黙が流れた。
「分かりました。交渉の場を設けましょう」
私は息をついた。
これが、私の選んだ道。
かつての私が、ただ従うだけだった道とは違う。
私は、自らの手で、この世界を変える手段を探していく。
そして、仲間とともに、その道を歩む。
静かに、私は天井の光を見上げた。
これが、新たな始まりなのかもしれない。