霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第66話: 契約の代償(フローリア視点)

水の流れる音が静かに響いていた。

 

私は神殿の奥深く、ひんやりとした石の床に足を踏み入れる。

 

この場所は、私にとって懐かしくもあり、同時に忌むべき過去を思い出させる場所だった。

 

水上都市アクア・スペリウス。

 

そこは、咎の浄化技術を研究しながらも、その力を独占し続けてきた都市国家。

 

かつて私は、この神殿で神官として仕えていた。

 

人々は祈りを捧げ、神官たちは彼らに「救い」を約束した。

 

だが、それは真実ではなかった。

 

都市の外で苦しむ者たちを見捨て、秩序を守るために「浄化技術」は封じられたままだった。

 

咎に蝕まれた者たちは、助けを求めることさえ許されず、"浄化"の名の下に殺されていった。

 

それが、この都市の"正義"だった。

 

奥の扉が開く。

 

「フローリア殿、お久しぶりです」

 

白と青の衣をまとった神官長が、静かに歩み寄ってきた。

 

彼の目には、私への懐かしみも、親しみもない。

 

「お久しぶりです、神官長。浄化技術について話し合いたいことがあります」

 

「……浄化技術?」

 

神官長の眉がわずかに動く。

 

「なぜ今になって、あなたがそれを?」

 

私は深く息を吸った。

 

「私たちは今、咎の本質に向き合っています。そして、過去の浄化技術が今も有効であるのか、その可能性を知りたいのです」

 

神官長はしばらく私を見つめた後、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。

 

「フローリア殿、あなたはこの都市を離れてから、何を学んだのですか?」

 

私は彼の問いに、答えを探した。

 

「……都市国家は、咎と戦っているようでいて、実際は咎を利用することにしか興味がない」

 

「ほう」

 

「私たちは、咎を浄化しようとしながらも、浄化の本質を知ろうとはしなかった」

 

神官長は目を細める。

 

「あなたはその答えを、外で見つけたのですか?」

 

「いいえ」

 

私は首を横に振る。

 

「だからこそ、今ここに来ました。浄化技術の歴史を知りたいのです」

 

神官長は机の上の古びた書物を指でなぞった。

 

「それは……難しい話です」

 

私はその言葉に、わずかに息を詰まらせた。

 

「難しい、とは?」

 

神官長は静かに答えた。

 

「浄化技術は、この都市が管理し、封印しているものです。過去には、浄化の力を求めた者たちが都市間の争いを引き起こしました。私たちはその技術を開示することで、新たな戦争を招くかもしれません」

 

「……それでも?」

 

「ええ、それでも、力は力です」

 

私は口を噤んだ。

 

彼らは、浄化技術を争いの火種と見ている。

 

「しかし……」

 

私は静かに言葉を選んだ。

 

「争いを避けるために封印したとしても、結局、咎の被害はなくなっていません」

 

神官長は一瞬、黙った。

 

「あなたは、力が必要なのですか?」

 

私はゆっくりと首を振る。

 

「力ではなく、手段が必要なのです」

 

「……手段?」

 

「戦いではなく、交渉が必要です」

 

私の言葉に、神官長は少し表情を和らげた。

 

「なるほど……あなたは、かつてのあなたとは違うのですね」

 

「私たちには、もはや過去に戻る余裕はありません」

 

私は静かに言った。

 

「今ある世界を、どう生きるのか。その答えを探すために、私はここにいるのです」

 

神官長は目を閉じ、しばらくの沈黙が流れた。

 

「分かりました。交渉の場を設けましょう」

 

私は息をついた。

 

これが、私の選んだ道。

 

かつての私が、ただ従うだけだった道とは違う。

 

私は、自らの手で、この世界を変える手段を探していく。

 

そして、仲間とともに、その道を歩む。

 

静かに、私は天井の光を見上げた。

 

これが、新たな始まりなのかもしれない。

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