古代神殿の遺跡は、時間の止まった世界だった。
崩れ落ちた石柱と苔むした壁が並び、空気には湿り気と重苦しい静寂が漂っていた。床を覆う砂利を踏むたびに微かな音が響き、それがかえって静寂を際立たせる。
「ここで本当に儀式をやるの?」
コンヴァリアが疲れた声で言った。彼女の右腕は異形化した黒い模様に覆われ、まるで意志を持つかのようにかすかに動いている。
「ここしかないわ。」
リリシアが言葉を返した。その声は柔らかいが、決意が滲んでいた。
「この神殿には、古代の魔導者たちが刻印を安定化させるための力を秘めた祭壇がある。もしそれが使えれば、あなたたちの負担を少しでも軽くできるかもしれない。」
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「軽くなる……って、本当に?」
アリセアはリリシアの後ろ姿を見つめながら呟いた。
自分の右手をそっと見下ろす。そこに刻まれた「霊契の印」は、淡い光を脈打ちながらじりじりと痛む。まるで何かを訴えるかのようだった。
「こんなものが救いだなんて……。」
刻印の禍々しさに、アリセアはどうしても目を逸らしたくなる。刻印の光が暗い神殿の壁に影を落とし、それはまるで笑う鬼のように見えた。
「恐れる必要はないわ。」
リリシアが優しい声で振り返る。その瞳にはどこか揺るがない意志が宿っているように見えた。
「恐れは咎を増幅させる。刻印は私たちを縛るものだけど、それを使いこなすことで道が拓けるわ。」
彼女の声は暖かいはずなのに、どこか諦めにも似た冷たさが混じっていた。
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儀式が始まった。
リリシアは祭壇の前に立ち、古代語の呪文を低く唱え始める。その声は神殿の石壁に反響し、波紋のように空気を震わせていた。
アリセアはその後ろでコンヴァリアと並び、膝をついて祈るように座っていた。膝に置いた右手の刻印が脈動し、痛みが全身に広がっていく。
「これで……本当に変わるのかな。」
アリセアは胸の中で呟いたが、答えはなかった。ただ、刻印の光が強まるたびに、その痛みが耐えがたいものに変わっていくだけだった。
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静寂を破る音がした。
遠くから何かを引きずるような音。それは、徐々に近づいてきた。重く、不気味で、耳障りな音。
「咎狂だ……!」
コンヴァリアが低く叫んだ。彼女の異形化した右腕が震え、指先の爪が鈍く光る。
神殿の入口から姿を現したのは、巨大な異形だった。血肉と岩が融合したような体は不自然に膨らみ、その口からは瘴気が漂っている。どこかに人間だった頃の名残が感じられるが、それがかえって恐怖を煽る。
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戦いが始まる。
リリシアはすぐに影の刃を生み出し、咎狂の足元を狙った。その動きは鋭く正確だが、咎狂は一瞬怯んだだけで再び前進を始める。
「私もやるわ!」
コンヴァリアが叫び、右腕を掲げた。その腕から放たれた闇の槍が咎狂の肩を貫いた。だが、それでも倒れる気配はない。
アリセアは震える手を握りしめた。目の前の恐怖に動けなくなっている自分を、内心で激しく責めていた。
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「動け……動いて!」
刻印が再び光を放ち始める。その光は激しく脈打ち、アリセアの体から熱を奪っていくようだった。
「霊契よ……応えて!」
叫びと共に、右手から放たれた炎が咎狂を包み込んだ。咎狂の叫び声が神殿に響き、その体が崩れ落ちる。
だが、その代償は大きかった。刻印の光が薄れると同時に、アリセアの右手から激しい痛みが広がった。体が重くなり、膝から崩れ落ちる。
「アリセア!」
リリシアが駆け寄り、彼女の肩を抱き支えた。その表情には焦りと苦悩が混じっている。
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戦いの後、静寂が戻る。
「これが、霊契の力……。」
アリセアは肩で息をしながら呟いた。その声は震え、涙が混じっているように聞こえた。
リリシアはアリセアの右手を優しく握りながら、小さく息を吐いた。その目には、彼女にしか分からない苦しみが浮かんでいる。
「この子がこんな苦しみを背負うなんて……。」
リリシアは、かつての仲間を失った記憶を思い出していた。再び守れないのではないかという恐れが、胸を締め付けていた。
コンヴァリアも静かにアリセアを見つめていた。
「……こんな力を使わなくても生きられる道があればよかったのに。」
その言葉には、彼女自身への絶望が込められていた。
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三人は神殿を後にした。
咎狂の残骸が腐敗し、瘴気が神殿全体を覆っていく。旅は続くが、彼女たちの影はどこか重く、未来への道は霧に包まれているようだった。