霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第70話「新たなる夜明け」

夜明け前の霊峰ルナーモは、静寂の中に深く息づいていた。

冷気は鋭く、吐く息はすぐに白く凍り、空にはまだ星が残っていた。

 

私は頂から遠くを見下ろしていた。

都市国家が眠る方向に、微かに灯る光。

それは希望にも、あるいはまた新たな争いの火種にもなりうる——そんな、不確かな輝きだった。

 

隣に立つリリシアは、静かに空を見上げている。

彼女の白金の髪が、風に揺れて月光を跳ね返していた。

 

「……動き出してるわね、世界が」

 

そう呟いた彼女の声には、静かな確信があった。

 

「セプタ・アエテルナの議会は解散されたそうだ」

セラヌスが、岩に腰を下ろしながらぼやくように言う。

 

「魔女たちが“兵器”ではなく“市民”として扱われるよう、少なくとも話し合いの場は設けられたらしい」

 

「すぐに変わるとは思ってないけど……でも、それでも一歩目にはなったわね」

フローリアがそう付け加える。彼女の手には、あの神殿で拾い上げた古い記録書がある。

 

私は、彼女たちの声を聞きながら、胸の奥に残っていた重さが少しずつ解けていくのを感じていた。

 

アルカディアの咎を止めたあの夜——

私たちは世界を“救った”のではなく、“繋ぎ止めた”のだと思う。

 

崩れかけていた構造。

押しつぶされかけていた願い。

そのすべてが、ようやく語ることを許されるようになった。

 

「それにしても、今のあんた……あの鍵の光、まるで伝承に出てくる“解放者”みたいだったぜ」

 

セラヌスが私に向かって言った。

その口調は、いつも通りの皮肉混じりだったけれど、目の奥には柔らかい光があった。

 

私はかすかに微笑む。

 

「そんな大層な存在じゃないよ。私はただ……選んだだけ」

 

「選んだ?」

 

「誰かを否定する代わりに、信じてみたいと思った。それが正しいかどうかなんて、きっとすぐにはわからない。でも、私は——」

 

言いかけて、ふと言葉が止まった。

風が、山の斜面を滑るように吹き抜けていった。

 

誰もがその音に、黙って耳を澄ませていた。

 

夜が、明けようとしていた。

東の空が、ほんのわずかに、ほんの一筋だけ朱に染まり始めている。

 

「……未来は、まだ決まっていない」

 

私は、その言葉を口にした。

それは、自分自身に言い聞かせるように。

そして、聞いてくれている誰かがいると信じて——

 

「でも、それでいいと思うの」

 

私はその場にいる皆に視線を巡らせた。

 

リリシアは、頷いてくれる。

フローリアは、口元に静かな微笑を浮かべて。

セラヌスは、立ち上がって肩を竦めながら背を向ける。

 

「……さて。じゃあ、お前さんはこれからどうするんだ?」

 

誰が訊いたのかわからなかったけど、それは私自身に向けられた問いでもあった。

 

私はしばらく考えた後、まっすぐに前を見つめた。

 

「私は旅を続けるよ。咎霊器が、まだ残っている限り。

そして、その力に希望があるのか、それともただの呪いなのか——自分の目で見て、確かめたい」

 

「真面目だな、お前は」

 

セラヌスが小さく笑った。

 

「でも、そういう奴じゃないと、この世界は変わらないのかもな」

 

私は笑い返す。

 

「みんなも、一緒に来てくれる?」

 

問いかけると、返事はすぐにあった。

 

「当たり前じゃない」

「私たちは、もう仲間でしょう?」

「……誰かが止めねえと、お前はすぐ全部背負いこむからな」

 

ああ、やっぱり私はひとりじゃない。

この空の下で、共に歩んでくれる人たちがいる。

 

足元の雪を踏みしめて、一歩踏み出す。

 

夜は明ける。

未来は、まだ白紙のまま、広がっている。

 

私たちはその空白に、これからの物語を描いていく。

その第一歩が、今始まる。

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