第71話「アルカディアの裁き」(アリセア視点)
フェリス・インファーニスの黒鉄の塔は、朝日を浴びてもなお陰鬱な影を落としていた。
地熱に満ちた街は薄く煙り、赤褐色の岩壁が視界を覆う。火山の息吹が絶え間なく響き、ここが咎の力に最も近い場所であることを肌が覚えていた。
私たちはその中心にある審問の間へ、アルカディアを伴って足を踏み入れた。
「歩けるわね?」
私は後ろを振り返って尋ねた。
彼女は拘束具に繋がれた腕を軽く持ち上げ、かすかに笑った。
「まだ意識はあるし、体も残ってる。ありがたいことにね」
声に毒は残っていたけれど、かつての炎のような勢いはもうなかった。
その瞳に宿る紫の光は、どこか遠いものを見ているようだった。
重厚な扉が開かれ、金属と硫黄の匂いが鼻を刺す。
議席には、フェリス・インファーニスの支配層――咎霊器研究を管理してきた評議員たちがずらりと並んでいた。彼らの視線が、一斉にアルカディアへと注がれる。
「アルカディア・イグナリス。お前は咎霊器の力を制御し、都市国家間に混乱と破壊をもたらした。その責任を、ここで問う」
評議員の一人が低く、断定的に告げる。
私はその横に立ち、彼女の背中を見る。
かつては私たちを試す敵として現れた彼女。
けれど今、その肩は少しだけ沈み、静かに重みを受け入れているようだった。
「確かに私は、多くを壊したわ」
アルカディアは前を見据えたまま口を開いた。
「でも、それは私だけの意思ではない。“力による秩序”を望む声が、あらゆる都市にあった。誰かがその代弁をしなければ、誰も聞こうとしなかった」
その言葉に、空気がひとつ張り詰める。
「あなたがいなくても、力を求める声は消えない。
私を裁いたところで、次に現れる者はもっと冷酷かもしれないわよ」
彼女の声は挑発ではなく、静かな警告だった。
それを聞いて、私は迷わなかった。
「だからこそ、処刑はしない」
私の声が、審問の場に響いた。
周囲の空気がざわめいた。
「アルカディアは罪を犯しました。だけど、彼女の中には、力にすがる者たちの絶望があった。それを見ないふりをして、彼女だけを断罪すれば……また同じことが起きる」
評議員のひとりが眉をひそめる。
「それで? どうすると?」
「彼女を、監視下に置きます」
私はまっすぐに言った。
「知識は封じる。でも、生かしておく。咎の力に何ができ、何をしてはいけないのか。それを、彼女自身が証明する機会を与えるべきだと思う」
「それは甘さだ」
「世界を救った少女の情けか?」
何人かが非難めいた言葉を吐く中で、アルカディアが微かに笑った。
「情けじゃないわ」
私は静かに否定する。
「これは“責任”よ。彼女だけじゃない。私たち全員の」
議場が静まりかえる。
私はアルカディアを見た。
彼女は少し首を傾げ、半眼でこちらを見返してきた。
「……ずいぶん変わったじゃない、あなたも」
「人は変わるものだよ。あなたが教えてくれた」
しばらくの沈黙のあと、評議員たちは互いに目配せし、やがて一人が頷いた。
「……その提案、受け入れよう。アルカディアは監視と制限のもとに置かれる。再び咎を操ろうとしたなら、その時は……」
「その時は、私が止める」
私は言い切った。
アルカディアは首の鎖をゆっくり見下ろし、そして目を閉じた。
「……私がどうなろうと、世界は変わらないかもしれない。でも、変わらないと言い切れないのも、また事実ね」
「変わるかもしれないと思えるなら、それだけで充分」
審問の間を出たとき、陽が高く昇っていた。
火山の熱はなおも街を包んでいたけれど、不思議と私は、その熱をただの灼熱とは感じなかった。
「もうすぐ……新しい時代が始まるのかな」
私の独り言に、誰かが静かに頷いた気がした。