セプタ・アエテルナの城壁の内側は、変わらず冷たい石の匂いがした。
高くそびえる議会塔の大広間に足を踏み入れたとき、私は息を深く吸い込んだ。
白銀の柱と、冷たい床。ここは、かつて魔導者が「兵器」として管理された場所だ。
その壇上に、今も貴族たちは居並んでいる。
豪奢な衣をまとい、薄く笑いながら、こちらを見下ろしていた。
「ようこそ、“解放の魔女”アリセア殿」
先に口を開いたのは、議会長を務めるグラティア公爵だった。
目元に皺を寄せながらも、その声には皮肉の響きが混じっている。
「あなたの行動は、この都市国家の多くの市民に感銘を与えました。我々も、事態の“再考”が必要であることは認めましょう」
だが、と彼は声の調子を変える。
「魔導者が、その身に“咎”を宿す以上、管理と抑制の原則を完全に放棄することはできません」
周囲の貴族たちも頷き、控えめに賛同の声を上げた。
私は、剣ではなく言葉で戦わなければならない場に立っているのだと、改めて思い知らされる。
「“咎”があるから管理する? では、咎を持たない者だけが自由を得るのが、この都市の原則なのですか?」
私の言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちる。
けれど、それはすぐに反論の波にかき消された。
「力は常に恐れを生むものです」
「規律のない力は、災厄に等しい」
「あなた自身、かつて暴走しかけたはずだ。自覚しているでしょう?」
言葉は鋭利な刃となって、胸に突き刺さった。
確かに、私の右手は今も薄い靄を漂わせている。異形の兆候は完全には消えない。
でも——それでも。
「だからこそ、私たちは“選び取る”べきなんです」
私は拳を握りしめ、言った。
「誰かに制御される存在であるより、自分の責任で生きる者でありたい。咎があるからといって、何も選ばせてもらえないのは、もう終わりにしたいんです」
貴族たちは顔を見合わせ、重々しい空気が場を支配した。
彼らの沈黙は、もはや侮蔑ではなく、戸惑いの表れに近かった。
そのときだった。
フローリアが、ゆっくりと壇の中央へ歩み出た。
彼女の白衣が静かに揺れ、その目には決意が宿っていた。
「ならば、証明してみせましょう」
彼女はそう言って、手のひらを開いた。
そこには淡く輝く石——咎の痕跡が一切感じられない、人工の魔導触媒があった。
「これは“無咎式媒晶”。私がアクア・スペリウスの神官時代に設計した、新しい魔導技術です」
「これは、自然魔法を再構築し、咎を介さずに力を運用することができる。荒廃した土地の修復にも使える」
貴族たちが身を乗り出す。
咎を使わずに魔法を扱う。それは、魔導者が“危険な存在”ではなくなる可能性を示す。
「これは、あなた方が恐れている“制御不能な力”とは違う」
フローリアの声は穏やかだったが、強かった。
「魔導者と都市国家が“対立する”のではなく、“共に生きる”ための技術です」
貴族たちが再びざわめいた。
反発ではなく、動揺——そして、少しの希望。
「……研究の提供を受けるには条件があるのだろう」
グラティア公爵が低く問うた。
「条件は一つ」
フローリアはきっぱりと答えた。
「魔導者たちを、"市民"として扱うこと。その法的認定と、権利保障を求めます」
その言葉に、議場が静まり返る。
私はその隣に立ち、再び口を開いた。
「これは、“懲罰”ではありません。共に再生していくための“盟約”です」
「この都市が、力に頼らずとも立ち上がれると信じたい」
議場の奥で誰かが椅子を引き、やがて一人の老貴族が立ち上がった。
「……その盟約、受け入れよう。我々は、咎なき未来への第一歩を踏み出す」
重く、けれど確かな言葉だった。
私は思わず息をついた。
力ではなく、言葉で変わった一歩。
それは小さな変化かもしれない。けれど、確かに“始まり”だった。
新しい魔導技術と、変わり始めた都市の風景の中で、私は静かに呟いた。
「咎の時代は、終わらせなければ」
フローリアが隣で微笑んだ。
「そして、未来は私たちが築くものよ」