霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第72話「新たな盟約」

セプタ・アエテルナの城壁の内側は、変わらず冷たい石の匂いがした。

高くそびえる議会塔の大広間に足を踏み入れたとき、私は息を深く吸い込んだ。

白銀の柱と、冷たい床。ここは、かつて魔導者が「兵器」として管理された場所だ。

 

その壇上に、今も貴族たちは居並んでいる。

豪奢な衣をまとい、薄く笑いながら、こちらを見下ろしていた。

 

「ようこそ、“解放の魔女”アリセア殿」

先に口を開いたのは、議会長を務めるグラティア公爵だった。

目元に皺を寄せながらも、その声には皮肉の響きが混じっている。

 

「あなたの行動は、この都市国家の多くの市民に感銘を与えました。我々も、事態の“再考”が必要であることは認めましょう」

 

だが、と彼は声の調子を変える。

 

「魔導者が、その身に“咎”を宿す以上、管理と抑制の原則を完全に放棄することはできません」

 

周囲の貴族たちも頷き、控えめに賛同の声を上げた。

私は、剣ではなく言葉で戦わなければならない場に立っているのだと、改めて思い知らされる。

 

「“咎”があるから管理する? では、咎を持たない者だけが自由を得るのが、この都市の原則なのですか?」

 

私の言葉に、一瞬だけ沈黙が落ちる。

けれど、それはすぐに反論の波にかき消された。

 

「力は常に恐れを生むものです」

「規律のない力は、災厄に等しい」

「あなた自身、かつて暴走しかけたはずだ。自覚しているでしょう?」

 

言葉は鋭利な刃となって、胸に突き刺さった。

確かに、私の右手は今も薄い靄を漂わせている。異形の兆候は完全には消えない。

 

でも——それでも。

 

「だからこそ、私たちは“選び取る”べきなんです」

私は拳を握りしめ、言った。

 

「誰かに制御される存在であるより、自分の責任で生きる者でありたい。咎があるからといって、何も選ばせてもらえないのは、もう終わりにしたいんです」

 

貴族たちは顔を見合わせ、重々しい空気が場を支配した。

彼らの沈黙は、もはや侮蔑ではなく、戸惑いの表れに近かった。

 

そのときだった。

フローリアが、ゆっくりと壇の中央へ歩み出た。

彼女の白衣が静かに揺れ、その目には決意が宿っていた。

 

「ならば、証明してみせましょう」

 

彼女はそう言って、手のひらを開いた。

そこには淡く輝く石——咎の痕跡が一切感じられない、人工の魔導触媒があった。

 

「これは“無咎式媒晶”。私がアクア・スペリウスの神官時代に設計した、新しい魔導技術です」

「これは、自然魔法を再構築し、咎を介さずに力を運用することができる。荒廃した土地の修復にも使える」

 

貴族たちが身を乗り出す。

咎を使わずに魔法を扱う。それは、魔導者が“危険な存在”ではなくなる可能性を示す。

 

「これは、あなた方が恐れている“制御不能な力”とは違う」

フローリアの声は穏やかだったが、強かった。

 

「魔導者と都市国家が“対立する”のではなく、“共に生きる”ための技術です」

 

貴族たちが再びざわめいた。

反発ではなく、動揺——そして、少しの希望。

 

「……研究の提供を受けるには条件があるのだろう」

グラティア公爵が低く問うた。

 

「条件は一つ」

フローリアはきっぱりと答えた。

 

「魔導者たちを、"市民"として扱うこと。その法的認定と、権利保障を求めます」

 

その言葉に、議場が静まり返る。

 

私はその隣に立ち、再び口を開いた。

 

「これは、“懲罰”ではありません。共に再生していくための“盟約”です」

「この都市が、力に頼らずとも立ち上がれると信じたい」

 

議場の奥で誰かが椅子を引き、やがて一人の老貴族が立ち上がった。

 

「……その盟約、受け入れよう。我々は、咎なき未来への第一歩を踏み出す」

 

重く、けれど確かな言葉だった。

 

私は思わず息をついた。

力ではなく、言葉で変わった一歩。

それは小さな変化かもしれない。けれど、確かに“始まり”だった。

 

新しい魔導技術と、変わり始めた都市の風景の中で、私は静かに呟いた。

 

「咎の時代は、終わらせなければ」

 

フローリアが隣で微笑んだ。

 

「そして、未来は私たちが築くものよ」

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