霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第77話「魔女の国」

朝の空気は、どこか緊張を孕んでいた。

 

セプタ・アエテルナの高台にある議事の塔から、私は都市を見下ろしていた。

城壁の外には、かつて私たちが戦い、封じ、そして今ようやく歩き始めた大地が広がっている。

だが、静けさの奥には、新たな波が確かに渦巻いているのを感じていた。

 

背後から足音が近づいてくる。振り返ると、リリシアが書簡の束を手に持ち、厳しい顔で私のそばに立った。

 

「今日、正式に発表されたわ。貴族会議が、魔女たちに独立権を認める法案を可決した。」

 

私は小さくうなずいた。

 

それは、長い争いの果てにようやく与えられた“自由”だった。

魔女は、咎を宿す存在として都市に管理され、使い捨ての兵器のように扱われてきた。

けれど今、その“所有”の鎖が法によって断ち切られた。

 

「新しい国を作るのね、魔女たちの手で。」

 

「ええ。彼女たちは、名前すら持てなかった土地に、ようやく“居場所”を作ろうとしてる。」

 

リリシアの声は穏やかだったが、どこか遠くを見つめているようだった。

 

「けれどアリセア……本当にこれでよかったと思う?」

 

その問いは、私の中に渦巻く不安と重なった。

 

「“独立”は、確かにひとつの希望。でも、同時に新たな“境界線”でもあるよね。

都市と魔女、互いに“別れた存在”として線を引いてしまうなら、それはまた新しい争いの火種になるかもしれない。」

 

私は空を仰いだ。そこには何の印もなかった。ただ、風が吹いているだけ。

 

「それでも、ここまで来たんだもの。……たとえ危うくても、道を開いたことには意味がある。

大切なのは、これからどう“繋ぐか”だと思う。」

 

足音がもう一つ、背後から重なる。

 

セラヌスだった。彼女は軽く肩をすくめて言った。

 

「“魔女の国”か……いい響きじゃねえか。けど、すぐに幻想になるかもな。

自分たちで旗を立てたところで、今度はその旗の下で“誰が正しいか”で争いが始まる。」

 

私はセラヌスのその冷ややかさが、嘲りではなく“覚悟”から来ていることを知っていた。

 

「それでも、信じたいよ。魔女たちが、自分の意志で“守る”ことを選べる国になるって。」

 

そのとき、小さな鳥が空を横切った。

それはまだ未完成な空路を見下ろすように、何度も旋回していた。

まるで、この世界がまだどこへ向かうべきか決めかねているように。

 

「……名は決まったのか?」

 

セラヌスの問いに、リリシアがうなずいた。

 

「“リヴェリア”だって。『再び流れ出すもの』という意味。

咎の力に縛られてきた魔女たちが、再び流れに乗るように歩き出す国。」

 

私は胸の奥が熱くなるのを感じた。

たとえそれが新たな流血の予感を伴っていても、それでも“歩き出す”ことをやめない選択は、尊い。

 

「じゃあ、私たちはどうする?」

 

セラヌスが問う。

 

「この国の“始まり”に関わった私たちが、どんな立場を取るかで、世界の目も変わる。」

 

私はゆっくりと頷いた。

 

「私たちは、誰かを従える側でも、追従する側でもなく、“共に在る”側でいたい。

魔女たちが自由を手にしたこの瞬間に、“力”ではなく“意思”で進む選択肢を見せていく。

たとえ、それがまだ脆くても。」

 

背後で鐘が鳴った。

都市の中央で、新しい時代の始まりを告げる合図。

 

人々はまだ戸惑っている。

咎を恐れる者もいれば、魔女を英雄視する者もいる。

そしてきっと、魔女の力を“また利用しようとする者”もいる。

 

けれどそれでも、魔女たちは歩き始めた。

それは、かつて誰かの罪として刻まれた力を、未来へと繋ぐための第一歩。

 

「私は信じてる。私たち自身が、もう“誰かの犠牲”じゃない世界を作れるって。」

 

そう言いながら、私は塔の縁に立ち、遠くを見つめた。

 

“リヴェリア”——まだ形すら曖昧なその国の姿が、霞の向こうに微かに見えた気がした。

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