朝の空気は、どこか緊張を孕んでいた。
セプタ・アエテルナの高台にある議事の塔から、私は都市を見下ろしていた。
城壁の外には、かつて私たちが戦い、封じ、そして今ようやく歩き始めた大地が広がっている。
だが、静けさの奥には、新たな波が確かに渦巻いているのを感じていた。
背後から足音が近づいてくる。振り返ると、リリシアが書簡の束を手に持ち、厳しい顔で私のそばに立った。
「今日、正式に発表されたわ。貴族会議が、魔女たちに独立権を認める法案を可決した。」
私は小さくうなずいた。
それは、長い争いの果てにようやく与えられた“自由”だった。
魔女は、咎を宿す存在として都市に管理され、使い捨ての兵器のように扱われてきた。
けれど今、その“所有”の鎖が法によって断ち切られた。
「新しい国を作るのね、魔女たちの手で。」
「ええ。彼女たちは、名前すら持てなかった土地に、ようやく“居場所”を作ろうとしてる。」
リリシアの声は穏やかだったが、どこか遠くを見つめているようだった。
「けれどアリセア……本当にこれでよかったと思う?」
その問いは、私の中に渦巻く不安と重なった。
「“独立”は、確かにひとつの希望。でも、同時に新たな“境界線”でもあるよね。
都市と魔女、互いに“別れた存在”として線を引いてしまうなら、それはまた新しい争いの火種になるかもしれない。」
私は空を仰いだ。そこには何の印もなかった。ただ、風が吹いているだけ。
「それでも、ここまで来たんだもの。……たとえ危うくても、道を開いたことには意味がある。
大切なのは、これからどう“繋ぐか”だと思う。」
足音がもう一つ、背後から重なる。
セラヌスだった。彼女は軽く肩をすくめて言った。
「“魔女の国”か……いい響きじゃねえか。けど、すぐに幻想になるかもな。
自分たちで旗を立てたところで、今度はその旗の下で“誰が正しいか”で争いが始まる。」
私はセラヌスのその冷ややかさが、嘲りではなく“覚悟”から来ていることを知っていた。
「それでも、信じたいよ。魔女たちが、自分の意志で“守る”ことを選べる国になるって。」
そのとき、小さな鳥が空を横切った。
それはまだ未完成な空路を見下ろすように、何度も旋回していた。
まるで、この世界がまだどこへ向かうべきか決めかねているように。
「……名は決まったのか?」
セラヌスの問いに、リリシアがうなずいた。
「“リヴェリア”だって。『再び流れ出すもの』という意味。
咎の力に縛られてきた魔女たちが、再び流れに乗るように歩き出す国。」
私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
たとえそれが新たな流血の予感を伴っていても、それでも“歩き出す”ことをやめない選択は、尊い。
「じゃあ、私たちはどうする?」
セラヌスが問う。
「この国の“始まり”に関わった私たちが、どんな立場を取るかで、世界の目も変わる。」
私はゆっくりと頷いた。
「私たちは、誰かを従える側でも、追従する側でもなく、“共に在る”側でいたい。
魔女たちが自由を手にしたこの瞬間に、“力”ではなく“意思”で進む選択肢を見せていく。
たとえ、それがまだ脆くても。」
背後で鐘が鳴った。
都市の中央で、新しい時代の始まりを告げる合図。
人々はまだ戸惑っている。
咎を恐れる者もいれば、魔女を英雄視する者もいる。
そしてきっと、魔女の力を“また利用しようとする者”もいる。
けれどそれでも、魔女たちは歩き始めた。
それは、かつて誰かの罪として刻まれた力を、未来へと繋ぐための第一歩。
「私は信じてる。私たち自身が、もう“誰かの犠牲”じゃない世界を作れるって。」
そう言いながら、私は塔の縁に立ち、遠くを見つめた。
“リヴェリア”——まだ形すら曖昧なその国の姿が、霞の向こうに微かに見えた気がした。