霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第78話「終焉の咎」

霊峰ルナーモの風は、どこか清らかで、そして厳しかった。

空気は薄く、吐く息がすぐに白くなる。けれど私は、その冷たさに心地よささえ感じていた。

 

ここは旅の終着点。そして、ひとつの時代が終わる場所だった。

 

目の前に、最後の咎霊器が置かれている。

その金属の輪郭は、どこか歪で、けれどかつては希望を映す鏡だった。

それが何人の命を救い、そして何人の命を奪ったのかを思うと、胸の奥が痛んだ。

 

「これで、最後だね」

 

隣でリリシアがそっと言った。

彼女の手には、浄化の紋を刻んだ封印具がある。それを用いて、霊峰の封印台座に咎霊器を収める。

 

私たちはもう何度もこれを繰り返してきた。

咎霊器を封じること、それは罪を、力を、過去を閉じることだった。

 

「……終わるんだね、私の旅も」

 

私はそう呟いた。

リリシアは小さく微笑み、私の手を握った。

 

「旅は終わっても、あなたはまだここにいる。

アリセア、あなたが選んできたことは、誰かの命の形を変えてきた。

それは、終わりじゃなくて“残る”ってことよ」

 

その言葉が、深く胸に染みた。

 

咎の力に目覚め、右手が異形化し、仲間に憐れまれ、誤解され、でも信じられて——

そのすべてが、私の旅だった。

私は、世界の“代償”を肩代わりしながら、自分の居場所を探してきたのだと思う。

 

私はそっと咎霊器に触れた。

指先に、かすかに熱い感触。

それはもう暴走しない。ただ静かに、私の内側と呼応している。

 

セラヌスが遠くからこちらを見ていた。

彼女は何も言わなかったが、目がこう語っていた。

 

「これで全部終わると思うなよ」

 

——うん。私もそう思ってる。

 

咎霊器は一つひとつ封印され、力を失った。

けれど、それを求める者がいなくなるわけじゃない。

新たな咎霊器を造ろうとする者も、異形化を力として崇める者も、きっとこれから現れる。

 

だからこそ、今、終わらせなければならないのだ。

この“連鎖”を。

 

封印具が刻印台に置かれると、台座が紫に発光し、淡い霧が立ち上った。

霊峰ルナーモの力が、それを静かに受け止める。

 

「これで、全ての咎霊器は……封じられた」

 

リリシアがそう言ったとき、私は深く息を吐いた。

ようやく終わった、と思った。

 

——けれど、その瞬間だった。

 

私の右手が、かすかに疼いた。

かつて異形化していた箇所。今はもう人の形を取り戻していたはずの、その手が。

 

「……アリセア?」

 

リリシアが私の顔を覗き込む。

 

私はその場に膝をつき、右手を見つめた。

痛みではない、熱でもない。

もっと深く、もっと根の底から響いてくるような何かが、そこにあった。

 

「……終わってない」

 

私は震える声でそう言った。

 

「まだ……私の中に、残ってる……“咎”の気配が……」

 

空気が揺れた。

 

風がざわめく。霊峰全体が、何かに反応するように、低く鳴いた。

 

「でも、それはおかしい。咎霊器は全部封じたし、あなた自身ももう……」

 

リリシアの戸惑いの声が耳に届く。

 

——そう。すべてを終わらせたはずだった。

それでも、私の中に“何か”が残っている。

 

それはきっと、咎の欠片。

世界中の“代償”を吸い込んできたこの身体の、最深部に沈んでいたもの。

 

封印では届かない、私自身の“咎”。

 

「ねえ、リリシア……もしかして、私……」

 

私はそこで言葉を止めた。

 

自分で口にしてしまったら、もう後戻りできなくなる気がした。

 

リリシアは黙って、私の肩に手を置いた。

 

「……なら、それも“あなたの選択”で決めればいい」

 

私は、その手の温もりにただ頷いた。

 

世界の咎を浄化してきた私が、最後に浄化しなければならないもの。

それが——私自身なのかもしれない。

 

風がまた吹いた。霊峰の雪を巻き上げながら、私たちの頬を撫でていく。

 

終焉は、まだ終わっていなかった。

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