霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第79話「旅の終わり、旅の始まり」

風が変わった、と感じたのは、もういくつ目の都市国家を巡った時だっただろうか。

 

霊峰ルナーモで最後の咎霊器を封印してから、私たちは、各地を歩いた。

セプタ・アエテルナの石壁の影に咲いた花を見て、アクア・スペリウスの水路に映る月光に祈り、フェリス・インファーニスの火の谷で子どもたちの笑い声を聞いた。

 

咎に覆われていた世界が、少しずつ変わり始めていた。

 

魔女たちは、自分たちの力と向き合う場所を手に入れた。

都市の人々もまた、恐怖からではなく、理解と共存の中で新たな秩序を築こうと模索していた。

 

そのすべてが、私たちの旅が残した“痕跡”なのだと、私は思いたかった。

 

けれど、完全に終わったとは、どうしても言い切れなかった。

 

「……アリセア、疲れた?」

 

そう問いかけたのは、リリシアだった。

 

私たちは今、翠光の森を抜けた先にある小高い丘に腰を下ろしていた。

眼下には、新たに築かれた魔女の集落の灯が、星のように瞬いている。

 

「ううん、まだ終わってない。むしろ……ようやく始まったのかもしれない」

 

私は空を見上げる。

夜は静かだった。咎の影に染まった雲はもうなく、月が澄んだ光で地上を照らしている。

 

「咎霊器は封印した。魔女たちにも自由が与えられた。

でも、“咎”そのものが消えたわけじゃない。

あれは“力”として、誰かの心にずっと残ってる」

 

私はそっと、自分の右手を握った。

かつて異形化したその手は、いまや普通の肌の色に戻っている。

でも、感覚の奥には、あの“疼き”が確かに残っていた。

 

「あなたが受け取った咎は、世界が押し付けたものだった。

それでも向き合って、背負って、ここまで来たのよ。……私には、もうそれだけで十分に思える」

 

リリシアの言葉は、優しさと痛みが混じっていた。

 

私が選んだ道は、いつも他人の願いや代償に囲まれていた。

でも、だからこそ最後の選択は、自分の意志で決めたいと思っていた。

 

「この世界にはまだ、たくさんの“終わっていない物語”がある。

都市国家の再建も、咎の監視も、そして……新たな争いの芽も」

 

「ええ。でも、それを誰かが見ている限り、きっと“未来”にはなるわ」

 

リリシアがそう言って、隣で微笑んだ。

 

その笑顔は、かつて“誰も守れなかった”と泣いていた彼女とは、まるで違っていた。

今のリリシアは、信じることができている。私たちが歩んできた道と、その先に広がるものを。

 

私は思い返す。

 

咎に飲まれかけたコンヴァリアの静かな決意を。

過去と向き合い続けたセラヌスの怒りを。

自らの記憶を代償に、誰かの未来を照らしたフローリアの祈りを。

 

「……私たちの旅は終わった。でも、これからは“世界”の旅が始まるんだと思う」

 

誰かがまた咎に手を伸ばすかもしれない。

力に魅入られ、同じ過ちを繰り返すかもしれない。

 

でも、その時は——

 

「今度は、“私たち”が止める。選び直すことを、教えてあげられる」

 

私は、リリシアと並んで立ち上がった。

夜風が二人の間をすり抜ける。焚き火の火が揺れ、星が瞬いた。

 

歩き出そう、と私は思った。

 

この右手にまだ残る“咎”の気配と共に、それでも私は前を向いて歩いていく。

 

「旅の終わりは、いつも、新しい旅の始まりになる」

 

それが、私たちの歩いてきた道の、唯一の答えなのかもしれない。

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