霊刻の咎(れいこくのとが)   作:くにゅたろ

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第9話: 刻印の代償

夜の闇が廃村を覆い尽くしていた。

 

月明かりが木々の間から細く差し込み、朽ちた家々の影を浮かび上がらせている。私たちはその一軒家に身を寄せ、冷たい夜を凌ぐ準備をしていた。

 

リリシアが古びたテーブルの上にランタンを置き、淡い光が部屋を照らした。埃まみれの家具やひび割れた壁が、ここにかつての生活があったことをかすかに物語っていた。

 

「アリセア、大丈夫?」

リリシアの声が優しく響いた。私は返事をしようとしたが、胸を締め付けるような痛みに息が詰まり、ただ首を振るしかなかった。

 

 

---

 

刻印が疼いていた。

 

右手を布で隠しているのに、それでも模様が光を放っているのが分かる。蔦のような模様が脈動し、冷たい火が燃えるように腕全体を蝕んでいる感覚だった。

 

「無理をしすぎたのね。」

リリシアが膝をつき、私の額に手を当てた。その手のひらは驚くほど温かく、痛みの中にほんの少しだけ安堵を与えてくれる。

 

「刻印がここまで暴走するなんて……普通じゃないわ。」

彼女は静かに呟きながら、布越しに刻印を撫でた。その手つきには、母親が子供をあやすような優しさがあった。

 

 

---

 

コンヴァリアは部屋の隅に立ち、右腕を抱えるようにしながらこちらを見ていた。

 

「これ以上刻印を使い続けたら……どうなるか分かっているの?」

彼女の声は冷静だったが、その奥に恐れと不安が滲んでいた。

 

「でも……誰かを救うためなら……。」

声に出した瞬間、その言葉が自分をどれほど追い詰めるかに気づく。私の身体はもう限界だった。それでも、動かないわけにはいかない。そう思っていた。

 

「アリセア、あなたは自分を犠牲にしすぎている。」

コンヴァリアがため息混じりに呟く。その視線はどこか遠く、自分自身に語りかけるようでもあった。

 

 

---

 

リリシアが、小さな革袋を取り出した。

 

「とにかく、今は休むことが最優先よ。」

彼女は布に水を含ませ、私の右手を優しく拭った。冷えた布が刻印に触れるたび、模様がかすかに光る。その光は生き物のように蠢き、見ているだけでぞっとするような不気味さを感じさせた。

 

「これ……異形化が始まっているのね。」

リリシアが低く呟いた。その声には恐怖が混じっていた。

 

コンヴァリアが近づいてきて、異形化した私の右手をじっと見つめた。彼女の右腕もまた異形化が進んでおり、黒い蔦のような模様が肩まで達している。

 

「この腕、私と同じようになるのかもしれない。」

コンヴァリアが力なく呟いた。

 

 

---

 

私は顔を伏せた。

 

「……怖いです。」

弱々しい声が自分の口から漏れたのが信じられなかった。それでも、胸の奥に押し込めていた恐怖が溢れ出していた。

 

「大丈夫よ。」

リリシアが私の頭をそっと抱き寄せた。彼女の温もりが、冷え切った身体にじんわりと染み込む。

 

「あなたは一人じゃないわ。私たちが支えるから、何も心配しなくていい。」

その言葉は優しく、力強かった。

 

 

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しばらくして、私は目を閉じた。

 

痛みは残っていたが、二人の存在がどこか私を安堵させてくれた。意識が薄れる中で、ぼんやりと聞こえる二人の会話が耳に届く。

 

「これ以上、彼女に刻印を使わせてはいけないわ。」

リリシアの声は静かだったが、その響きには確かな決意が込められていた。

 

「でも、アリセアは止まらない。あの子は、自分が壊れることを気にしていないもの。」

コンヴァリアの声が低く響く。その言葉には、自分自身への苛立ちと諦めが混じっているように感じた。

 

 

---

 

月明かりが差し込む廃村の静寂の中、刻印の光だけがかすかに部屋を照らしていた。

 

ランタンの炎が揺れ、壁に不気味な影を作り出す。二人の視線が私の右手に集まり、その模様を見つめていた。

 

「彼女を守れるかしら……。」

リリシアが小さく呟いた。その声が、私の意識が完全に途切れる直前に聞こえた最後の言葉だった。

 

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