ソロ専アルバイター、ダンジョン配信者になる-回収屋バイトのわたしは零細配信会社に見初められる 作:こしこん堂
「…」
配信者の事務所はもっとこう、豪華でキラキラしたものだと思ってた。
「入りな」
「お邪魔します…」
見たところ他に人はいない。
「あのっ、他の社員さんは?」
「私たちだけよ」
「立ち上げたのがつい最近だからねぇ」
上座にあるデスクに腰かけたマキ江さんはその引き出しから一枚の紙を取り出してわたしに手渡してきた。
それは雇用契約書。
「…っ!?こんなに!?」
「相場よりかなり安いわよ?」
「お黙り!」
「固定給があるなんてすごいです。うちは完全歩合制だったので」
「どんだけぼられてたんだい…。異論がなければサインしておくれ」
大丈夫だとは思うけど一応隅まで読んでみる。
特に問題はなかったので名前を書き、いつも納品証明のために持参している判を押した。
「確かに…。リンクトーカーへようこそ。歓迎するよ」
「はいっ!よろしくお願いします!」
「早速初仕事を…と言いたいところだが、1週間ほど待ってほしい。よう華が試験期間に入っちまったからねぇ」
「試験?」
「大学のよ。法学部なの」
「す、すごい…!だから法律に詳しかったんですね」
「本職に比べればまだまだよ」
大学、かぁ…。
高校も出てないわたしには想像もつかない世界だ。
パートのおばさんたちがよく息子の大学受験が…なんて話をしてたっけ。
いっぱい勉強して入学して、その後もいっぱい勉強するなんてすごい世界だなぁ…。
「その間は研修期間だ。覚えてもらわなきゃならないことが山ほどあるからねぇ」
「はっ、はいっ!」
昨日の配信はすごく話題になったけど、わたしには配信の知識がない。
何がどうなってお金になるのかさっぱりだ。
だから研修させてもらえるのはとてもありがたい。
「そうと決まりゃ入社祝いだ!一郎行くよ!」
「やったぁ!」
「一郎!?」
一郎は東京を中心に展開してるラーメン屋。
安くてお腹いっぱい食べられるからわたしもよく通っている。
「アタシの奢りだ!パーっとやりな!」
「はいっ!ありがとうございます!」
新しい環境、新しいお仕事。
何もかもが手探りで、濃霧がかかったダンジョンみたいに何も見えないけど…この人たちと一緒ならなんとかなるかもしれない。
それから3日後。わたしは…あの日わたしの運命を変えた八王子ダンジョンに来ていた。
「やっぱりなくなってる…」
キングゴブリンがいた場所は他の探索者にあらかた取り尽くされ、宝物庫もあの人の死体も綺麗さっぱりなくなっていた。
「…」
道中で買った花を供え、もう一度黙祷を捧げる。
ここに来た理由は2つ。
1つはあの後ここがどうなってるか気になったから。
そしてもう1つは…やっぱりダンジョンに潜っている方が落ち着くからだ。
「こればっかりは、簡単には変えられないよね」
生き方を選び直してもそう簡単に全てが変わるわけじゃない。
3年間、ほぼ毎日のようにダンジョンに潜り続けていたのだ。最早第二の故郷と言っても過言じゃない。
「人、いっぱいだなぁ…」
振り返ったわたしの視界に映る人の群れ。
少し前の八王子ダンジョンからは想像もつかない盛況っぷりだ。
「今日は八王子で神器探し!してみたいと思います!」
「うおぉーっ!どこだキングゴブリンーー!!?」
そこかしこに探索者の姿も見える。話を聞くに神器がまだあるかもと思って来たんだろう。
「変装してきてよかった」
今のわたしはウニシロで買ったジャージと無地のキャップ、伊達メガネにマスクをつけて素顔を隠している。
見つかったら騒ぎになると社長に言われたからだ。
「帰ろう…」
長居してバレたら大変だからさっさと退散しよう。
そう思って踵を返したわたしの背に声がかかる。
「とも子ちゃん!?」
バレた!?
ゆっくり振り返ると、そこには作業着姿の年配の女性がいた。
「やっぱり!」
「ど、どうも…」
前の会社で一緒に働いていたパートのおばさんだ。
おばさんは小走りでわたしに駆け寄り、いつものように早口で話しかけてきた。
「聞いたわよ!会社クビになったんですって!?毎日いっぱい働いて頑張ってくれてたのに、社長もひどいことするわよねぇ。当然私たちも社長に直談判してやったわ!でも、本人の希望だからの一点張り!!とも子ちゃんももっと強く言えばよかったのよ!」
「いいんです。わたしの意志なのは本当ですし、迷惑をかけたのも事実ですから」
「そんなことないわよぉ!あんなに強くてかっこいい配信なんてめったにないわ!いい宣伝になったはずよ!」
そう言ってもらえるとありがたい。
「ありがとうございます。では、わたしはこれで…」
「待って!」
「…?」
「やめちゃったのにこんなことを頼むのもどうかと思うんだけど…お願い!採取付き合って!!」