ソロ専アルバイター、ダンジョン配信者になる-回収屋バイトのわたしは零細配信会社に見初められる 作:こしこん堂
「こちらです」
滝本さんが案内してくれたのはラボの一角にある小さな部屋。
電気は消えていて中は見えず、冷房が効いているのか真冬のように寒い。
「寒い…!」
「冷房、効きすぎてやしませんか?」
「いえっ。全て【あれ】から放たれているものです」
そう言って部屋の電気をつける。急に眩しくなって一瞬目が眩んだけど、見えるようになった目がある物を見つけた。
「えっ…!?」
「剣?」
それは部屋の真ん中にある台座に納められた大剣。
ついさっきの戦いで折れたはる巳の剣と同じくらいの長さのそれは、雪のように真っ白な刀身を持った美しい剣だった。
「綺麗…!」
近づいてそれをよく見る。
遠目からは見えなかったけど、表面にはデコボコとした何かが無数に貼り付けられている。
そのデコボコには見覚えがあった。
「これ、フリーズドラゴンの鱗…!」
「よくご存知で」
滝本さんが剣に近づいて解説を始める。
「これはフリーズドラゴンの鱗や甲殻、骨などをふんだんに使用し、芯材にフリーズドラゴンの延髄を使って製作した武器。名付けて【竜髄兵装《ドラグラフト》】です」
「ドラグラフト…」
一匹のドラゴンの素材を惜しみなく使って武器を作る。
そんな贅沢な話聞いたことがない。
ドラゴンの素材価値は鱗一枚でもすごい高値がつく。
それだけで構成された武器の値段なんて想像もつかない…
「随分とまぁ贅沢な代物で…。延髄が欲しいのはこのためですか?」
「はいっ。案件を引き受けて下さったお礼、というのもなんですが…こちらの剣、『スコフニュング』を差し上げます」
「えぇっ!?」
そんな高価なものを!?
「随分と気前がいいですね。それだけ私共に期待している、ということでよろしいのですかな?」
「それもありますが、切実な事情もありまして…」
そこで言葉を切り、声をすぼめてヒソヒソ声で話し始める。
「お恥ずかしい話なのですが、扱える者がいないのです」
「それは異なこと。ここで作られたものでしょう?」
「はいっ。スコフニュングは我々の技術の粋を結集して開発した自信作です。しかし、理想を追い求めるあまりにとても人間では扱えない代物となってしまいました。信頼できる探索者を使ってテストしてみたのですが、まともに持てる者すらいない有り様で…」
こんなに綺麗なのに人を寄せ付けないなんて…。まるで氷のお姫様のようだ。
「辻 吹はる巳さん」
「はいっ」
「配信を見て確信しました。あなたならこれを扱えるかもしれないと。少し持ってみてもらえますか?」
「よろしいのですか?ではっ…」
はる巳がスコフニュングの前に立ち、その柄を手に取って持ち上げようとする。
「重い…!」
あのはる巳でも重いなんて…!?
今度は両手で柄を持ち、ゆっくりと持ち上げてみせる。
スコフニュングは台座から離れてはる巳の手に納まり、それを見た滝本さんは興奮したような声で叫ぶ。
「おぉっ!上がった!それを持ったまま歩けますか!?今すぐテストルームで…」
「…っ!?」
剣を持ち上げた直後、誰もが予想だにしなかったことが起きた。
突然はる巳の両手が透明な氷に覆われたのだ。
それに伴ってはる巳も剣を持ったまま顔を伏せて微動だにしなくなる。
「なんだこれは!?こんな現象今まで一度も…!」
「はる巳!?大丈夫!?」
慌てて駆け寄って肩を揺らす。はる巳は焦点の合ってない水色の瞳でわたしを…水色?
はる巳の瞳は茶色だったはず…。
そこに疑問を覚えた…その時だ。
「…っっ!!」
「うひゃあっ!?」
何の予兆も殺気もなく、はる巳がわたしに向けて剣を振り下ろした。
それを咄嗟に回避し、はる巳から距離を取る。
避けられたのはこれまで培ってきた勘と経験のおかげ。それがなかったら今ので真っ二つだ。
「はる巳!?…滝本さん!これはどういうことだい!?」
「…分かりません」
「はぁっ!?お前さんらが作ったものだろう!?」
「えぇっ。ですが、竜髄兵装は製作者である我々にも未知数な部分が多く、このような現象も観測したことがありません」
「そんな訳の分からないものを持たせるんじゃないよ!」
「とにかく!今の彼女に近づくのは危険です!お二人は早く逃げて下さい!」
滝本さんがポケットからスマホを取り出して操作すると、緊急事態を告げるアラーム音が鳴り始めた。
「おおおおおおおっっっ!!!」
はる巳が…いや、はる巳の体を乗っ取ったナニカが雄叫びを上げながら社長に斬りかかる。
「だめ!!」
咄嗟にアフラトスクを呼び出して社長の前に瞬間移動。
「…っ!?これが神器の…!!」
はる巳の斬撃を受け止めるも、あまりの膂力の差に力負けして吹き飛ばされてしまう。
「ぐぅっ!」
「とも子!?」
地面を転がって強く打ち付けた痛みに耐えながらはる巳を観測する。
…やっぱり、このままじゃはる巳が死ぬ。
我を忘れたはる巳の顔色はどんどん白くなり、唇も血色をなくして青紫色になりつつある。
多分、あの剣が熱を奪ってるんだろう。
早く剣を手放させないとはる巳が低体温症で死んでしまう。
なにより、このまま暴れさせ続けたらはる巳が人殺しになってしまうかもしれない。
「…二人は逃げてください」
「とも子はどうするんだい?」
「はる巳を止めます」
「止めるったってどうやって…」
「よう華ちゃんの聖術は…斬れた腕をくっつけられますか?」
「大昔に脚が千切れかけてた猫を治したことはあったが…まさかっ!?」
武器を出したことでわたしを敵と認定したのか、はる巳の注意がこちらに向く。
くっつけられる可能性があるなら何より。例えできなかったとしても…その時はわたしがはる巳の腕になる。
「…今までありがとう」
ごめんねは言わない。言う資格もない。
この先一生恨まれたって、許してもらうつもりなんてないから。
「…」
アフラトスクを構え、裂け目の発生位置をはる巳の両肘から先に指定する。
剣を壊すことも考えた。けど、それで何が起きるかがわからない。
最悪の場合、剣の力が暴発してみんなが巻き添えになる可能性だってある。
剣を振り被り…はる巳を救うために振り下ろす。
裂け目がはる巳の両腕を断ち、凍りついた両腕が剣ごと地面に転がり落ちる。
噴き出す鮮血、倒れ伏すはる巳。
そんな瞬間は…ついに訪れなかった。
「はぁっ!!」
はる巳の腕を覆う氷が突然砕けたからだ。
「えぇっ!?」
驚くわたしたちの前ではる巳はスコフニュングを振り被り、地面に叩きつけた。
スコフニュングは堅い床を粘土のように軽く引き裂きながら突き刺さり、無数の亀裂が部屋全体に走る。
はる巳は荒く息を吐きながらスコフニュングから手を離して睨みつけた。
「私が主人だ!私に従え!!」
いつものはる巳からは想像もつかない剣幕でそう怒鳴った途端、はる巳の体が糸が切れたように揺らぐ。
「はる巳!」
「…。ねえ、さん?」
瞬間移動ではる巳のもとに移動し、その体を抱きとめる。
「よかったぁ…!」
抱き締めた体はとても冷たく、はる巳がどれほどの激闘を繰り広げていたのかを雄弁に物語っていた。
「はる巳ちゃん!」
「ハルミ!」
声がした方を見ると、よう華ちゃんとカヤさんがこっちに向かってくるのが見えた。
「ちょうどよかった!よう華ちゃんははる巳の治療をお願い!カヤさんは魔法ではる巳を暖めてください!」
「…任せて!」
「あぁっ。お安い御用さ」
はる巳を二人に預け、駆けつけた研究員たちが事後処理をしている様を見ながら壁に背を預けてへたり込む。
「はあぁぁぁ…!」
最悪の事態が訪れなかった幸福を噛み締めながら。