ブルーアーカイブ_メインストーリー_Low%RTA_19時間11分45秒 作:蟻広
‶(´/ω・`)<先週はどうもすいませんでござった...
前々からやってみたかった書き方に挑戦したら、思ったより難しかったのです。あとこの文体で書くのは二度とやりません。
通学路で、先生とモエとが並んで歩いていた。彼らの周りには細かな砂の粒子が光を反射し、祝福された者にそそがれる油のように、黄金が溶けて作られた河のように、さらさらと見目麗しく流れている。しかし、彼らの顔に祝福の喜びの色はない。それどころか、苦痛を耐えるかのような悲痛さと、終わりの見えない、ひたひたと押し寄せる灰色の大洋の波頭に晒され続ける、あの小さな岩のような絶望とによって表情は色を失い、そのたびに、周りからの絶え間ない熱が彼らを紅顔にさせると云う事を何度も繰り返しているのであった。
陽光は劫火となってアスファルトの上に燃え、両名を苛み、懲らし続けている。玻璃の如く透き通った酷熱の金鵄*1は、二人の遥か上空をゆったりと旋回し、羽ばたき、その毎に乾びた熱風と燦々たる光焔を流し込む。それはさながら、オルガンにおいて一塊の空気を一方から受けて、無数のパイプに送り込んで音を鳴らすようなものであった。とはいえそれによってもたらされる結果は大きく違う。オルガンでは、聴衆は奏者の妙技と楽器の微細なる音とによって霊的世界に陶酔し、現実世界の欲求、苦痛などをほとんどすべて忘れ去ってしまうものであるが、この場合、二人は常に降り注ぐ熱風と光焔とによって、霊的世界に陶酔どころでなく、酷薄たる物質世界の責め苦に耐えねばならなかった。未だかつて獄吏であろうとも、ここまでの残忍さは持っていなかったに違いないと確信する程の恐るべき拷問の数々に、しかし屈服することなく、ひたすら耐えねばならなかった。
吸気は壮絶なる火となって、地獄の住民であろうと凄惨身の毛もよだつあの硫黄の劫火の洪水*2の如く、彼らの肺の腑を舐めまわす。地面は固い炎をあげて燃えているかのようで、その灼熱の大地を踏む彼らの足取りは、苦痛と悲哀とに満ちていた。
「う、うう...」
先生が声をあげた。しかしそれはうめき声になるばかりで、その生来の美声──聞くものに崇高なる恍惚を呼び起こす、あの魅惑的な、麗しい美声だ──の名残は欠片ほども見えない。しかし先生は、震える体に鞭を打ち、名状しがたい苦痛に苛まれながらも、なおこのように声をあげた。
「モエ、もう少しだ。もう少しできっと校舎につく。だからそこまでは頑張ろう。あと少しだからね」
しかし、その顔は晴れない。モエはそんな彼の様子を見て、このように云った。
「まだ校舎も見えてないじゃんアゼルバイジャン。うは、夢がしぼみんぐ...」
俯いていたモエは、そう云いながら顔を上にあげた。すると、乾燥しているためか、彼女の視力は一層鋭くなっており、一人の女性を捉えた。黒見セリカだ。彼女の黒檀のような艶のある黒髪は、たおやかな腰のあたりまで真っ直ぐに伸び、穏やかに波打つように揺れ動いていた。頭から生える一対の猫の耳は、凛と屹立し、神々しささえ纏っているように見える。薔薇色──そう、あの薔薇だ! かつては棘もなく、ただ愛と美の象徴であったのが、原初の人類が楽園を失してからは美しさの危険をも象徴するようになった、あの薔薇! ──の
先生も彼女を発見し、体の痛みも忘れて、空を飛ぶよりも何倍も速く彼女に駆け寄った。急いでいると云うのにその姿は美しい調和を保ったままであり、少しも損なわれる事は無かった。優雅さは彼の肢体に満ち溢れ、気品と栄光は彼を輝かせた。
彼はセリカの前で姿勢を整えると、礼を尽くしながらも簡潔に、「おはよう」と云った。セリカはその様子を見て、腰の引けたようだが、すぐに毅然とした態度を装い(当然先生はすぐに彼女が虚勢を張っていることを見抜いたのだが)、このように云った。
「な、なにが『おはよう』よ。なれなれしくしないでくれる? 私は、まだ先生のことを認めてないから! まったく、朝っぱらのんびりうろつくなんて、いい御身分ね」
セリカはそう云ったが、その若々しく美しい顔には侮蔑も憤怒もなく、路地にて美しい野良猫に餌をやろうと近付くも、彼女の栄光ある誇りと勤勉なる警戒心によって唸られ、引っ掻かれるが、餌にはありついていたといった光景によく似ていた。
先生はそれが分かっているからこそ、すべてを溶かすような美しく優しい笑みを浮かべ、なおも穏やかにこう云った。
「セリカちゃんは、これから学校?」
セリカはそれに対し、憤懣やるかたないと云った様子で厳しく云った。
「な、なに勝手にちゃん付けしてるのよ! 別に私が何をしようが、先生に関係はないでしょ? 私は忙しいのよ、後ろで待ってるお仲間とのんびりしてたら?」
じゃあねと言い残し、彼女は砂埃をあげながら去っていこうとしたが、先生はそれを引き留めてこう云う。
「あ、ちょっと待って。学校に行くなら、一緒に行こうよ」
先生の言葉はこれまでの対応に関わらず、なおも穏やかなものであり、その顔には一点の曇りもなくただ慈愛と悦びだけが満ちていた。先生の体を包む祝福の光は一層強く輝き、遥か頭上の燦々たる太陽の光にも負けてはいないだろうと思われるほどであった。
モエは、その様子を後ろから見、神が何よりも慈しみ給い、恵みを注ぎ給う先生の姿を、栄光に輝く彼の姿を、是非とも近くで眺め、公然と賛美したいと云う欲求に駆られ、そしてどうやら話がこじれているらしいぞという言うに言われぬ不安に駆られ、飄々としながら二人の間に飛び出した。
彼女は自らが人に好かれるものでは無いと理解していたが、少なくともこじれた現状を誤魔化すことはできるだろうと踏んでのことだった。
しかし彼女が何か仲裁しようとする前に、セリカがまず口を開いた。その言葉は刺々しい敵意に彩られ、ひどく呆れたと全面に押し出したものだった。しかしそれは虚勢を張っているが故の事とすぐに知れる程度のものでしかなく、それはむしろ先生の胸にかすかな喜びといつか素直になったときを見てみたいものだと云う欲求を生み出すのみにとどまった。
「あのね、なんで私があんたと仲良く学校に行かなきゃならないわけ? それに今日は自由登校日よ、学校に行かなくてもいいの」
先生は前半部分には触れずに、こう云った。モエは口を開く機会を失ってしまい、すごすごと先生の後ろに引き下がった。
「え、そうなの? なら、セリカちゃんはどこにいくのかな?」
平和の主たる先生は、少しも隔意や害意といったものを持たずに、ただ彼女に対する愛や信義や憐憫を抱いていた。彼は言葉にせずとも、その顔は語り続け、生徒に対する不滅の愛がそこに切々と息づいていた。この愛に優って輝くものは一つもなく、だがそれに匹敵するものとして、生徒に対する信頼や信義と云ったものがあった。
だがセリカは、なおもそれに目を向けることなく、自らの誇りのためにも先生に露悪的に振舞う。
「そんなの教えるわけないでしょ」
そのまま彼女は逃げ去ろうとするが、その足は十歩もいかないうちに止まった。モエが先生の問いに答えたためである。
「多分バイトだと思うんですけど(名推理)普段悪態をついてるのにその実一番熱心.人間の鏡かこの野郎、誇らしくないの?」
その言葉は相も変わらず奇怪なものではあったが、セリカはそんなことは気にならなかった。ただただ彼女の云ったバイトと云う言葉に意識が向いていた。そして、どこからそのことを知ったのか、それとも単にあてずっぽうかなのかと訝った。
先生は、モエに向き直ってとぼけたように問うた。
「え、そうなの?」
モエは、それにこくりと頷いた後、このように云った。
「そうだよ(便乗)柴関ラーメンってとこで働いてるらしいですよそうですよ。まままじでまじで、まじです。お前がママになるんだよ(豹変)!」
セリカはその言葉をその四つの耳で以って正確にとらえた。彼女は憤怒に燃え、すぐさま引き返し、モエにこう詰問した。
「ちょ、ちょっと、あんた一体どこでそれを知ったのよ!」
その言葉には、なぜそれを云うのかという非難の意思も込められていたが、しかしモエは動じずこのように云った。
「どこって柴関に決まってんでしょjk...公式(大将)が云ってたからね、仕方ないね」
セリカは唸り声をあげながらも、彼女を強く非難する事も出来ずに立ち尽くした。彼女にとって、柴の大将から直接聞いたと云うのはあまりにも予想外な事だった。どうせあの先生の一派なのだから、いつの間にやらストーキングでもしていたのかとさえ思っていたのだ。
やっとの思いで彼女は、改めて捨て台詞を吐くと一目散に逃げた。もはやとどまる事は出来なかった。
先ほどの一連のやり取りですっかり回復したのであろう先生は、何とも嬉しそうな様相で歩いている。今日は自由登校日とのことだが、モモトークにて確認してみると、何とセリカ以外の全員はアビドス校舎にいるらしいと云う事が分かったためでもある。
対極にモエは、何とも疲れた様子でうなだれながら歩みを進める。なる程セリカと話していた一時の間はこの暑さも忘れる事も出来たが、それが終わると途端につらい。横にいる先生の存在も併せて、彼女は余計に疲労していた。
しかしやはりと云うべきか、先生の言葉は正しかったのだろう。程なくして二人の前には校舎の姿が現れた。こうなると俄然やる気も湧いてくる。その姿は、探検家が熱帯雨林のうっそうと生い茂った種々の植物や、我々の命をも奪うあの恐ろしい虫を乗り越え、崖の上から眼下の未だ聞いたことのないような異国の遺跡を発見し、そしてそれに合わせて一陣の風が疲労と汗とを吹き飛ばしていくような、あの光景に似ていた。
校舎に着くと、二人はまず生徒たちを集めた。奥まったところで、ひそかに会合を開き、頻りにセリカに対する謀略を凝らし始めた。
まず来たのは、小鳥遊ホシノであった。この普段自堕落な小妖精は、このようないたずらの場合には真っ先にと飛びついてくるのだ。モエは、先生と彼女が並んでいるのを見、インドのガンジス河の源の、さらにその奥にいると云われる
次に来たのは砂狼シロコ。普段はクールビューティーな彼女だが、やはりこう云ったノリは楽しいのだろう。目が輝いているようにも見える。
そして最後に、十六夜ノノミと奥空アヤネが同時に来た。
こうして、大いなる密儀が始まった。
一方その頃、セリカは柴関ラーメンで、そのような密儀が凝らされているとも知らずに天手古舞になって働いていた。極力先生のことを思い出さぬよう努めていたものの、それでもふとした瞬間に、彼らはやはり訪れるのだろうという予感が胸をかすめ、深い憂鬱の海に沈むのだった。
そして、その彼女の予想は的中した。
からからと云う軽い音と共に入店してきたのは、先生とモエ、そして対策委員会の面々であった。しかしセリカは、半ば予想していたこともあり愛想3割減の機械的な対応になるだけで済んだ。何とも幸運なことであろう。
それに対し対策委員会の面々はぶー垂れる。特にホシノは、目を細ませ、頬を膨らましながらこう云った。
「えー、なんか冷たくない? もっとこう、『ホシノ先輩、どうしてここに!? あ、 もしかして、私に会いに……?』みたいな感じでさぁ。おじさん、ちょっと傷ついちゃったかも...(チラッ)あーあ、傷ついちゃったなあ、おじさん傷ついちゃったなあ」
それに対して、ノノミが「ホシノ先輩、あんまりセリカちゃんを困らせちゃダメですよ?」と釘を挿した。
セリカは他の委員会の面々からも叱られているホシノを見て少し目尻を下げ、先生に対する言葉とはまるで違う、優しい物言いでこう云った。
「ホ、ホシノ先輩、私は今バイト中だから、特別扱いとかはできないわよ」
それに対し、ホシノはデレたデレた、セリカがデレたと狂喜し、その左にいた先生は、この分ならば自分にも優しく接してもらえるだろうとセリカにアタックを仕掛け、玉砕した。四つ足をついて落ち込む先生の頭をモエが撫で、その裏で委員会とセリカが戯れているさなか、柴の大将の叱責が入った。
「セリカちゃん、おしゃべりはそれくらいにして注文を受けてくんな」
柴大将の優しさを感じる叱責に、セリカは項垂れながらも先生らを案内した。
案内され、各々注文を済まして運ばれてきたラーメンは、まさに玉食とでもいうべき、一個の芸術品であった。その芳醇な香りは皆の間をすり抜け、飛び回り、そうして彼らに心地よい空腹をもたらした。
ラーメンは、きらきらと照明を反射し、その真珠のような煌めきは、天の賜物であるマナを彷彿とさせた。そう、これは決して天国の珍味、天使が食す、生命の樹の果実だとか、葡萄の液だとかに全く引けを取らなかったのだ。先生はチャーシューをほおばり、麺を啜り、玉子を口に入れた。そしてその余韻も冷めやらぬままに水を入れ、それを呷った。ここにおいては、ただの水でさえ
こうやって彼らは存分に飲んで食らって、しかし度を超す事は無く程々に食欲を満たした。
会計でひと悶着ありながらも、先生らは無事に退店した。セリカは、気持ちの悪い疲労感を感じながら接客に戻った。うすぼんやりと彼らの襲撃を予知していたがために、余計に疲労が募ったのだ。もし何も知らない状態であったのならば、余裕を感じる事もないままに彼らに応対し、結果として消費する活力は少なかっただろう。しかし中途半端な余裕の存在が彼女からそれを奪い去ったのだ。
柴大将は目敏く彼女の状態を把握すると、今日は早めに帰っても良いとセリカに伝えた。
セリカがシフトを切り上げ、店を出ると、外は爽やかな風が吹く穏やかな夕べとなっていた。太陽は西の砂漠の更にその向こうに横たわり、琥珀、紅玉、碧玉、その他さまざまの宝石のような彩色を王座の位置する叢雲に投げかけていた。そしてその反対側からは、段々と灰色の黄昏が迫り、さらにその黄昏をもその黒い衣で覆い隠さんと暗い夜がやってきていた。そうして暗闇が砂漠を、草原を、そして学園のすべてを支配し、
そのさまを見、想像し、かすかな感傷にセリカが浸っていると、いきなり彼女は背後から襲われた。口を押えられ一瞬のうちに彼女は目隠しをされてしまった。彼女も抵抗はしたが、相手もさる者、完全に取り押さえられてしまい、なすがままにされるしかなかったのだ。
もがきつつも彼女は運ばれ、どこかに到着したと同時に解放された。
彼女はすぐさま下手人の方を振り返る。犯人はモエであった。やはり大人とは信用ならないのかという名状しがたい恐慌に襲われながらもセリカは気丈に立ち上がり、彼女に威嚇する。
すると、すぐ横で破裂音がなった。銃声ではなく、もっとかろく明るいものであった。
そちらの下手人は対策委員会と先生であった。先ほどの破裂音はクラッカーによるものだったのだ。セリカは立て続けの状況に戸惑いの極致であったが、その奥に書かれていた「セリカちゃんいつもありがとう!」の横断幕を見て理解したのであろう。天上の金蓮華や
横断幕の下には広く四角なテーブルが置かれており、その上には健康には悪いだろうが間違いなくおいしいと確信させるような菓子であったりが山と積んであった。
そうして宴会が始まった。
宴会場はいつまでも明るく、賑やかであったが、外にはさらさらとした暗闇と、粘っこく重苦しい静寂が訪れてきていた。暗闇は、今や大空に輝いている星の美術品に夢中になっていた。まず、明けの明星が星官の一団を率いて現れた。そして次に星辰が全ての星の皇帝として君臨し、星座達を侍らせ、そして彼らは皆星辰を仰ぎ見た。星はまるで墨海に
静寂は、暗闇の中でもその活動を止めないもの──
やがて三面の女神たる月が、群がる雲に包まれながらも厳かに昇り始め、暗闇の上から三色のベールを投げかけていた。その色はどれも銀色で、透明度や純度と云ったものが少々違うだけではあったが、やはり我々の目からするとそれはどうしても違うように、だがどれも比類なき程美しく思えたのだった。
先生たちが宴会を終え、宴会場を片付け、そこから出てきたのはちょうどこのような時であった。夜はすでに更け、獣や鳥はそれぞれ己のしとねやねぐらに帰っていった。
先生たちもそれに倣って、皆で並んで帰り始めた。すると、途中モエが自動販売機を見て声をあげた。
「あちらに自販機を発見した! (了解!)(了解!)くっ金がない、セリカに支援を要請する!」
セリカはそれを見て面倒臭そうに、しかし宴会の余韻かかたくなに拒否するような事は無く、ぶつくさと文句を云いながらも自らの財布を取り出そうとした。もしかすると、ジュース一本も買えないモエの貧窮に同情したためかもしれない。それはともかく、セリカがいつも財布を収めているカバンに手を伸ばすと、そこにはこまごまとした雑貨はあれど、目当ての財布は無かった。
その様子を見た先生がもしかして財布を無くしたのかと問いかけ、意気消沈したセリカがそれに首肯すると、先生は次のように云った。
「みんな、セリカが財布を無くしてしまったようだから、一度さっきの所まで戻って探してきてもいいかな?」
それを聞いたものは皆賛同し、みんなで一緒に行こうと云う意見にも、また皆左袒し、賛成した。いや、したように見えた。
モエが、声をあげた。
「ちょ、ちょっとお待ちにマリアナ海溝! 忘れ物がアルアルアルアル、アルジェリア。二人だけでのランデブー、にイクゾー デッデッデデデデ! (カーン)デデデデ! 」
彼女は私も忘れ物があったから、二人で行くよ、先に帰っていいよと云いたいようだ。
だが、別に大した手間でもないうえ、全員で手分けした方が早く見つかるのだから、全員がそれに反対した。しかしモエは諦めなかった。時に理屈で以って、時に感情に訴え、手を変え品を変え、硬軟織り交ぜて説得を繰り返した。
別段こだわるべきことでもないため、先生たちは多少の疑心を抱えながらも引き下がった。モエとセリカは並んで引き返してゆき、先生たちはそれを見送った。
そのまま重い足を引きずり帰路につき、暫らくした時、その時には既に空気も元に戻り、歓談などが行われていたのだが、それを遮って耳を劈くような轟音が轟いた。クラッカーの破裂音などとは比較にもならないその音響は、無数の天体の運行によって発せられるあの天使の歌声よりも何倍も巨大で、何倍も恐ろしいものであった。それがためにアビドスは、その芯から砂の一粒一粒に至るまで、ことごとくが打ち震えたほどであった。
彼らはすぐさま音の聞こえた方角を向いた。空にはいくつもの榴弾が飛び交い、星の輝きをかき消してチカチカと点滅していた。あの方角はと誰かが叫んだ。その声は不思議と響き渡る砲声の中でもよく響いた。「あの方角は、会場の方角です!」再び誰かが叫んだ。それを聞いて先生は顔色を変えて駆け出し、委員会の面々もそれに続いた。
銀の光で照らされ霧のようにおぼろな風を切り裂き、暗闇に浸りそこからくっきりと浮かび上がっている小石を蹴飛ばし、月と星々の輝ける祝福を受けながら一行は進んだ。そして、砲弾の落下地点に着いた一行の視界に、炎々と輝くマズルフラッシュや銃の鋭い反射光、倒れ伏すヘルメット団や壁を背に交戦しているモエとセリカの姿などが映った。彼らは戦いを見、そして砲撃の直撃を受けなかったと云う事を知った。彼らは身震いして戦いに身を投じた。
戦いはヘルメット団の数が少なかったこともあってすぐに終わった。
彼らは互いの奮闘を褒め、讃え、そうしてまだ戦いは終わっていないぞと気を引き締め直した。アヤネが弾道や方角から、ヘルメット団の位置を割り出すまで少しの自由時間となった。ホシノは、セリカを傷つけた奴らにこの手で報復してやろうと集団の中で最も勇みながら、銃の手入れを行っていた。ノノミとシロコも、銃の点検を行った。それが終わると、ノノミはセリカに話しかけ、シロコはマフラーに手を添えて瞑想を始めた。モエは神に祈りを捧げ、星を仰ぎ見て嘆息していた。先生はアヤネの手伝いをしながら作戦計画を練り始めた。セリカはようやく人心地付けると云った様子でその場にへたり込み、荒くなった息を鎮めた。
やがて、そう遠くない位置にヘルメット団がいることが判明した。もっともいきり立ったのはホシノではなくモエであった。彼女は推定位置に着くや否や飛び出して、道中の団員も無視してひたすら奥へ奥へと進み始めた。ホシノはその様子を見て若者は元気だと苦笑しながらショットガンを構えた。
ホシノの前に、一人の団員が立ちふさがった。他の物から隊長と呼ばれている彼女は、アサルトライフルを構えてホシノに相対した。彼女のヘルメットはギラギラと光を発し、それはまるで彗星のよう*3──そうだ、長く長く尾を引いて北の空に燃え、その恐るべき尾から厄災と病苦を撒き散らすあの彗星の如く、らんらんと輝いていたのだ。両者は対峙したまま、相手に必殺の一撃を加えようとにらみ合った。ただの一撃で事を決し、二度と繰り返すつもりはないようであった。空には大きな天秤が掛かっており、それがどちらに跳ね上がるかは未だ誰にも分からなかった。ホシノは、何一つ見逃す事が無いようにと集中して隊長をねめつけた。隊長もまた、その光を遮る黒いヴァイザー越し*4に、ホシノをにらんだ。
やがて、我々には何か到底分からないような差異があったのだろうか、ホシノが突然動いた。彼女は嵐のようなすさまじさで隊長に接近すると、その赤き右手*5で以って引き金を引き、ヘルメットめがけて散弾を打ち付けた。その速さは目にも止まらず、一日に千里をかけると云う名馬もそれには遠く及ばないだろうと思わせるほどの駿足かつ必殺の一撃であった。
ハンマーが撃針を押し込み、それが薬室の雷管を刺激し、そして爆発が起こった。それはアポロン*6が、雲の更に向こうから疫病の矢を射るさまにも似ていたし、ユピテルがテュポーン*7に雷霆を放つさまにも似ていた。
とにかく散弾は隊長に突き刺さり、彼女は数メートルも吹っ飛んでそして倒れた。起き上がる事は無かった。空の天秤は隊長が飛んで行った方に跳ね上がっていた。一目瞭然であった。
どよめきと歓声が同時に起った。前者はヘルメット団から発せられた。彼女らは全員、彼女らの中で最強の戦士がこのように無惨に敗れるのを見て愕然とし、大水の如きどよめきをあげた*8。委員会は欣喜雀躍し、歓声を上げた。当然両軍が拱手していたわけではなく、激しいぶつかり合いが行われた。
嵐のような狂乱が起こり、轟音が鳴り響いた。ありとあらゆる武器の一つ一つから、雷鳴にも比するような音響が響いた。その音は四大元素が全て震えて、地球がその軸から外れてしまうような、そのようなすさまじい幻覚を引き起こすような凄惨極まるものであった。
委員会は獅子奮迅と云った活躍をした。一人一人の顔からは、歴戦の大将軍と云った趣が感じられ、たった一人であろうと大軍団と云った感さえあった。いかにも彼女らは先生からの指示に従って戦っているのであるが、各々が指揮者としても活躍していたのだ。
つまり、いつ前進すべきか、いつ停止すべきか、どのように援護すべきか、どのように攻撃すべきか、このような事を全て天上からの目で以って見ているかの如く正確に戦局を把握し、百戦錬磨の戦士のような覚悟を背負って戦っていた。一人戦場の恐怖に負けて逃げ出すなどは欠片もなく、皆が勝利の如何は我が双肩にかかっているのだとばかり、恐るべき気迫に燃えて、攻撃を行った。
委員会はじわじわと進軍し続け、その奥に戦車があるのを発見した。突出したモエはそこで戦車と戦っているようだ。戦車は猛獣の如き咆哮をあげ、モエを襲っている。委員会は勇気凛凛、戦車に照準を定め、飛び掛かった。
奇妙な膠着状態が訪れた。今や不安は空中にたたずみ、ヘルメット団に霧の如くまとわりつこうとしていた。緊張は委員会と戦車の間に屹立し、おののいていた。
この膠着を破ったのはモエであった。彼女の発した一発の弾丸を契機として、委員会は戦車に雨あられと弾幕を浴びせた。その様子は佇立する雄大な山脈が、内側からの圧力と火によって吹き飛ばされ、吹き出す溶岩と共に硫黄や硝石を含んだ雷雲が沸き上がり、音こそ噴火によって聞こえないものの王冠の如く雷光が山を囲み、そしてすべてを吹き飛ばし、自らをも砕いてしまうと云った姿によく似ていた。
たちまち戦車は転げ、もがき、今まで感じた事のない痛みに打ち震える事となった。やがて戦車は血液のようなものを流して停止した。それを見た、わずかに残ったヘルメット団の残党は意気消沈し、みじめに逃げた。それに委員会は銃弾を浴びせた。問答無用であった。
全てが終わったのち、モエは一人星を見ていた。そして次のように自らに吐露した。
「おお、聖なる星々よ、黙して語らざる雄弁なる演奏家よ、汝の上に誉あれ! ああ、星よ、汝が信じがたい速さで動き、揺らめき、そして回るのか? それとも我らが僅かな回転を行い、それで我らは汝らが動くと誤認したのか?*9 もし後者であるならば、それに加え、動かざる永久の存在よ、永遠者と等しきものよ、と呼ぶことを許し給え!
お前は、天を賛美し、神を賛美し、あらゆるものを賛美する珠玉の楽を、自らで以って奏でている。そしてそれは我らが決して聞く事はない! あらゆる倍音が、それらによって宇宙を構成してゆき、そして我らをも形づくるのだ。
おお、汝、言によってつくられ、言葉によって表し得ないものよ、神の造り給いし全き善き、全き直き*10音楽よ。私はお前を賛美する。お前は神の王座の、その麓からこんこんと流れいずるサファイアの川の如く、物質と霊の隙間を通り抜けるのだ。実に太陽よりも、この宇宙よりも先に、汝は存在し、神の御声によって空々漠々たる無限の暗闇から切り取られた光ある音楽よ、
私は、長い間、暗澹たる暗い場所に幽閉されている。*11そこでは様々な叫び声が聞こえる。歎き、悲しみの声、はげしき叫喚。異様の音、ののしりの叫び、悩みの言葉、怒りの節、強い声、弱い声。*12そのどよめきは星なき空、常闇の空をめぐる。*13そして暗闇はゆっくりとすべてを自らの支配下に置こうと浸食してくるのだ。だが、私はいつか必ず翼を得て、汝を再び訪れようぞ。暗黒のただなかを駆け、オルぺウスの竪琴の調べで以ってそれを退けてくれようぞ。そして語ろう、混沌を、永劫の夜を、我が苦悩を!*14
ああ、汝ら光の子よ、天使よ、いと語りいと歌うよきものよ。
汝は、汝を求めて転々とする私の舌──汝の足跡を、汝の香りを、汝の歌を求める私の舌に訪れてはくれないやも知れぬ。私はもはや汝を歌う事も、語る事も出来ないのだ。それでも私はさわやかな風が吹く心地の良い
汝、
たぶん注釈とかをちまちまとつけていきます。