ブルーアーカイブ_メインストーリー_Low%RTA_19時間11分45秒 作:蟻広
モノは目が覚めた。必ずこの布団の中から脱出せねばならんと決意した。モノは自堕落な人間である。布団と恋人になって暮らしてきた。しかし遅刻には敏感であった。
現在の時間にまだ余裕はある。あと十分以内に布団から出れば充分に間に合うであろう。モノは起きようと布団から足を延ばす。しかし、次の瞬間、彼女は足を引っ込める。
おお、布団の外よ、何たる冷たさであろうか。コキュートスにも劣らぬ寒さ。ルキフェルが我が足を舐めとるような悍ましさ。露が結して霜と為るような凛とした空気。我安寧より抜け出すこと能わず。
モノはブルりと体を震わせ、もう一度足を延ばす。だが案の定、彼女は直ぐに足を引っ込める。
寒い。冷たい。布団の外はもはや異界と化している。人間が足を踏み入れていいものでは無いだろう。モノは布団の中で、引っ込めた足を抱える。頭も亀の如く引っ込め、起きた当初よりひどい姿だ。
彼女は自嘲する。
おお、情けない。お前の生れ落ちる時より抱く使命は、果たしてこのようなものなのか? ただ布団の暗闇の中で、母の胎内に安穏とするようなこれが、お前の使命なのか? 否、違うだろう。私の使命は正義をなすことにあり、弱者を助けることにあるはずだ。
見よ! 外を見よ。あのちっぽけな蟻でさえ、自らの使命を果たさんと厳寒の中、細い足を動かし、自らの体の何倍も大きな糧食を運んでおるのだ! 猫も鳥も、天壌の禽獣の悉くが、己が使命を果たさんと自らに鞭打って空を羽ばたき、地を駆けておるのだ。お前は果たして蟻に劣る人間なのか? お前は果たして天下の禽獣の尽くに劣る人間なのか?
否、断じて否だろう。私は己を律する。私は他者に仁を与える。私は天下の人民の悉く(蛮族を除く)を弔うのだ。そうだ。私は己を律する事が出来るのだ。私は己の弱きを知り、己の愚かを知り、そのうえで自らの意思で以ってふとした拍子に現れるそれら醜き衝動に、強靭なる理性と慈しみの心とを以って蓋をしているのだ。それ即ち私が人であるが故に他ならない。そしてどう考えても、寒さを耐えるのは、自らの欲望に耐えるよりも容易い。マルクスは上位存在は下位存在によって規定されると云ったようだが、私はそれを信じない。なぜって傷だらけになって嬉しそうに笑っている狂人が正実には多く要るのだから。
私は起きねばならん。人のために、己のために。モノは亀のように丸まったまま両足に力をためる。そろりそろりと布団から抜け出すことは難しくとも、一気に飛び出してしまい、後悔した時には既に布団の外という状況にしてやればよいのだ。全身が布団から抜け出せば、寒さや布団にいたいと云う欲望に対して、私の理性が打ち勝つ。
モノはそのまま布団を蹴っ飛ばし、ころころと転がり、床に置きっぱなしだった充電器やらなんやらに、強かに腰をぶつけた。
声にならない叫び声をあげながらも、モノはその両足で以ってすっくと立ちあがる。もはや布団の中で丸まって震えていた小さい姿とは別人の如く思える。モノは地面を踏みしめながら、学校へと向かった。
なお学校には遅刻した模様