嵐の吹き荒れる丘より。   作:■■■■■

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八話 引き続き、『嵐が丘』とトリニティ総合学園の協議、およびサンクトゥス分派の首長である百合園セイアが垣間見た予知夢の内容について

 私の口から言わせてみれば、トリニティの連中がのたまう政権闘争というのは、土台の段階からバカバカしい事であり、そんな事をするなら最初から後継者を決めていれば簡単に終わるような、おぞましくつまらない上に簡単に解決するような事柄で、そうだと言うのに下らない諍いをして体力をすり減らしたがる後継者のバカ共も、更には、スラム生まれのような輩でも無かろうに、後の事を考えずに後継者を決めなかった先代の間抜けの両方とも頭が悪い。

 これで自分の事を本気で賢いと思っているのだから、傍から見ればお笑いだ。それは賢いと言うのでは無く賢しらの間違いであり、胸に秘めているのでは無く陰湿気質の読み違いだ。

 夢見がちなナギサの方が余程賢ければ、嫌いなら嫌いとハッキリ言うミカの方がより気分良く中指を立てられる。

 そも経験した数も少なければ、さして政争にも関わった事の無い子供──ハッキリと断じるのなら結局は陰湿で金持ちなだけの子供風情が、一体政治の何を知っているというのか。ジョウゼフを見習え。

 まああの差別主義者にして無駄に時間を積み重ねただけの歴史軽視主義者共がわかるはずが無いだろうが。いっそもう一度分裂しておけばよろしい。その方が排斥されたアリウス分校の連中も本望だろう。そいつらもそいつらで嫌いだが。

 第一、羽付き野郎共の面構えが気に食わない。奴らの大半が言う身分というのは(あくまでもティーパーティーの連中のバカ共がほざいていたにはだが)、奴らの言うような「聡明」で、奴らの言うような「品行方正」で、奴らの言うような「余裕持ち」。

 だが、もし奴らの真似をしてみろ。聡明では無く悪知恵だけが廻る脳足らず、品行方正では無く阿諛追従(あゆついしょう)、余裕持ちというより日和見主義。

 ノブレス・オブリージュ精神も無いような貴族など家督が偉いだけの成金畜生でしか無い。貧乏人を卑しいだの醜いだのと嘲笑うような貴族が一番の恥だろう。

 こっ酷く罵ったが、反省はしていない。なにせ実際に被害を受けているのだから。

 

 無論、こんなんに対抗しているだのとほざくゲヘナの連中も、どうしようもない空き缶頭ばかりである。叩けばカランカランと鳴りそうな頭、つまりは表層だけ固いばっかりの何も考えていないという意味であり、ただ暴れ回りたいようなバカ共だったから、雷帝などというナチス・ドイツの独裁者モドキに支配され、自由を縛られていたのだ。

 自由であり続けるのだと暴れていたから、そこに付け入られて自由を縛られるとは、何たる皮肉か。笑える話だ。

 しかもそれを受けても尚反省出来ない輩は反省出来ないのだから、頭の空き缶はどうやら角付き野郎の特権らしい。私もああなりたくは無いものだ。

 第一、角付き野郎共の態度が気に食わない。奴らの大半が言う自由とは、大抵が原義的な自由──持って生まれた自由──に拘っていて、つまりは自分こそが正義で、だから何をしたって構わないとでも言いたいような態度である。それこそが気に食わない。

 こんな輩は大概がいわゆる半グレと呼ばれるような存在であり、スラム出身からすれば、普通の環境に恵まれた癖にわざわざ半グレの道を選びたがるような、頭脳がポン菓子の、しかもその環境で生きていく為の才能は無いような、所詮は中途半端な成り損ないという言い口になる。

 とても口悪く罵ったが、後悔はしていない。なにせ風評被害で私もダメージを負っているのだから。

 

 つまるところ、両方共にクソで両方共に私は嫌いだ。どっちも潰れてしまえば良い。

 

「なんでこんな所に角付きがいるのかしらね、汚れるでしょうに」

「そうよ、あんなしかめっ面を見せつけて、行儀の悪い。それにアイツ、嵐が丘の輩でしょう?」

「嵐が丘? あの時代遅れの? アハハっ、だからあんなにダッサイのねぇ」

 

 そう思うにも理由があり、それが上記。

 聞くに耐えない罵詈雑言が、私の耳へと通ってくる。ポケットに突っ込んだ左手が強く握り締められ、顬が静かに怒張する。眉の間隔もいっそうと狭まったように感じられる。

 これだからトリニティ、……いや、この際の訂正くらいはしておこう。

 これだからティーパーティーの連中は嫌いなのだ。差別主義者共の巣窟だから。

 

「……桐藤。どうやら校内は宜しくても、ティーパーティーの連中の教育は出来ていないそうですね」

「そう、らしいですね。もう少し良いものだと思っていたのですけれど、問題は根深いそうで……」

 

 胃を痛めたような顔を浮かべるナギサが横目に見える。

 それを慰めるようなつもりは無い。これが、人を率いる側の義務なのだから。

 バカで愚かな部下の制御。間抜けの癖に動きたがる輩の尻拭い。出来の悪い子供どころか、さながら赤子を育てるように、部下の世話をしなければならない。しかも可愛げの一つも無いのに。

 それを前提に、学園をより良くする権利を行使せねばならない。権利の行使出来ない権力者に価値は無いからだ。

 その点で、権利は一種の義務とも言える。大前提として、出来て当然、評価に値しないと言われる権利が『義務』と言われているだけの話だ。

 だからこそ、これすら制御出来ないのなら、権力者になどなるべきでは無い。

 無論、彼女らも権力を持った身分の立ち振る舞いなどを分かっていないそうなので、よりカスではある。

 お気楽精神のクソアマ風情が。

 

「これが率いる側の苦労であり、そしてこれからの義務です。出来ません、なんて弱音を吐くならさっさと後身に身を譲るべきでしょうね」

「まさか。それでもと言い続けなければ、進む事なんて出来ないんですから」

 

 そう言い、課題へと向き直したらしいナギサに、私は思わず目を細めた。

 

 ……私は、ナギサとは違う。

 私は進む事を諦めた畜生未満だ。

 前へと進むのでは無く、後ろを回顧する事に取り憑かれ、それをぶち壊されるものかと、不承不承と邸宅を守っているだけに過ぎない、ただの無能。その上、この数ヶ月の中でたったの一つの成果すら出せていない、役立たず未満。

 私は義務をどうにかこなせているだけで、権利をこなすなんて覚束無い、本来なら無能の立場なのだ。何も言える口じゃない。

 私は生まれついてのルサンチマン、弱者でしか有り得ない。それ以上には決して辿り着けるような存在では無いのだ。

 ……そう、私が普通では無いから、普通より劣った生物だから出来ない。弱者らしく己を切り詰めなければ、何も出来ない。

 ……だから、だから、そうだ、せめて血液を絞る必要がある。その血液でより多くの水銀弾を製作出来るようにする必要がある。

 いや、違う、違う、それ以上に私を「有効活用」する必要がある。将来はきっとそれだけじゃ足りなくなる。私自身がどうにかせねばならない。

 どうにかしなければならない、私が、可能な限り私だけの犠牲に抑えなければならない。他は可能な限り消費してはならないが、私はいくらでも消費出来る。

 ……ああ、そうだ、私のクローンを、私では無い名義で作れば良いのだ。そうすればミレニアムから排される事は無い。使い方だ。後は使い方を考えねば──。

 

「──、……──さん? ……レイさん?」

 

 その呼び声で、現実へと引き戻された。

 

「……はい、何でしょうか?」

「……レイさん、時々は休んだ方が良いと思いますよ。最近はずっと仕事に駆り立てられてばかりで、娯楽に興じている様子を見ていない、なんて聞きました。私の見る限りだと、クマもより濃くなっていますし」

 

 そう言い、ナギサは私の目元に触れてくる。

 目にこびり付いた隈は、最近ではより一層と黒さと青さを増し、元より点々と生えていた白髪も更に目立つようになっていた。

 

「ほら、肌だって青白くなっているし、体温だって低く感じられる。無理をし過ぎてはいけないでしょう、身体を崩しますよ? 私は確かに、外の世界を知ってみるべきだとは言いました。けれども、それと同じくらいに、レイさんの気分具合も案じてのものなのですから」

「……貴女は創作上の母親か何かで?」

「いいえ、ただの友人です」

 

 そう返してきた『友人』とやらに、獣の唸り声にも近いような、ため息というには心理的疲労も肉体的疲労も乗っかっていないような、しかしその何にもなっていない声帯の震えを喉奥で鳴らす。

 まあ、もういい。彼女がこんな頓知気(トンチキ)を抜かす事など良くある事だ。

 

「……まあ、貴女が己自らをどう呼称しようが結構。どの道、それが私の、……それ以上に邸宅の利益になるのなら、必要とするだけの意味も、そして意義もある」

「本当、利潤だけを追い求めてばかりの姿勢ですね。悪いことでは無いですけれど……──ああ、もうすぐ着きますよ。会議場所が見えてきました」

 

 その言葉につられ、前の方角に意識を向ける。あるのは近衛兵によって守りが厳重に固められた扉。

 私は背中に背負う武器と腰に回してある弾薬ポーチを下ろし、手に持った。

 

「……レイさん? 何をしているんですか?」

「何って、銃器とポーチを下ろしているだけですが。何、伝統を愛するティーパーティーの事です。わざわざ神聖だと宣ってくれる場所に武器を持ち込むなど、頗る無礼ではありませんか?」

 

 次いで面白みなど欠片も感じちゃいない笑顔も付け足すと、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべられた。

 

 当然だろう。私は宗教的な事柄については両手の中指を突き立てる程に毛嫌いしている。それこそカスの下人の勝手に説いてくるキリスト教は、反吐を催す原因の一つである。

 隣人愛? ロクデナシを愛せる程出来ちゃいない。

 信じる者は救われる? いつになれば救われるのだか。

 神は絶対? 見えもしないのに何が絶対なのだろう。

 そんな考えなもので、シスターフッドも嫌いであるし、カルトの教祖みたく振る舞うベアトリーチェについてはただすがらに死ねとしか思っていない。今すぐにでもその内側をぶちまけちゃくれないだろうか。

 そんな私がわざわざ宗教的な、「神聖」などという唾棄すべき二字熟語を使用したというのは、つまり意図した皮肉に他ならない。

 それに、窓越しの存在を被れば、エイハブの可能性を辿った私であれ、カイザーの粛清部隊隊長の存在であれ、あるいはアリウス分校の脱走者の人格であれ、手元の刃で喉頸を掻き切るなど造作もない。

 第一そんな事をしなくても、腕がある。腕があるという事は、殴る事が出来る。それで血が出るなら、殴り続ければいつかは殺せる。

 

「クク、まあもしも腕さえダメだって言うのなら、その時は腕も斬──」

「ジョークだとしても面白くありませんよ」

「……失敬」

 

 口走った誇張を強く咎められた。声は冷たく、一切の容赦など感じられようも無かった。

 ……久々に怒られたかも知れない。とりわけナギサに、ここまでピシャリと言われたのは。

 

「そうやって自分を貶めるようなものは、私は聞きたくないんです。友人の自傷を見て止めないような、薄情さは持っていませんから」

 

 そんな下らない事のために、わざわざ言葉を強くしたのか。まったく、下らない。

 ため息を付いて、

 

「さいですか、……一応覚えてはおきます。それではさっさと、つまらない会談は終えてしまいましょう。どの道真面目な話は、気力を削ぐ」

 

 そんな口ぶりを発しながら、私は武器を下ろし、何を言われるまでもなく門番にその全てを明け渡した。何か言いたげな面構えであったが、口を開いて閉じてだけで、終ぞ何も言う事は無かった。

 いい気味だ。

 

 


 

 

 私が──百合園セイアという一個人が知る、「邸宅の娘」はこんな面構えをしていなかった。

 

「それなら、さっさと始めましょうか。面倒事は、早く終わらせるに限ります」

「そうやってすぐ終わらせようって、本当にせっかちだね〜。少しくらいお茶会を楽しむ心を持ったらどう? それとも、悪魔にはトリニティのお茶なんてものは合わないって事かな?」

「ええ。少なくとも今の私には、安息日で休む暇などちっともありませんのでね。第一、茶に優も劣も無いでしょうに。所詮同じ茶葉だのに?──」

 

 眉間に寄っているそのシワは変わらず、ティーカップを礼儀正しく持ち、口へと傾ける『彼女』──安晶レイを見ながら、思う。

 私が知っている彼女というのは、……陰気だった。

 この陰気というのは、いわゆる自己主張が希薄だとか、インドア気質で人見知りだとかの、そういうものではない。

 いわば妄執的な、何かに──負の事柄だろうかに心の在り方を全て委ねたがための、押さえ込んだ気配から確かに漏れ出ている陰気さだった。

 

「──土台、好きじゃないんですよ。こういった、悪い意味でトリニティらしく礼儀礼儀の角しかない会議なんてのは。どうせ歪曲させて言葉の意味受け取るかなんの意味もない皮肉の撃ち合いをするってんなら、さっさと話終わらせて場所変えて、罵り合いなり殴り合いなりすればいいじゃないですか」

「……うん! やっぱり私ね、レイの事好きになれないな! まっ、しょうがないか。トリニティとは遠いところで育っているんだから、良さも伝わるはずもないんだし……」

「概ね事実でしょうに、何を感情的になられるので?──」

 

 自分の嫌悪感を包み隠さず、何もかもをストレートに吐き出す安晶レイの姿は、初めて見かけたあの時とは程遠い。

 

 ジョウゼフと名乗っていた大人が、この学園へと彼女を連れてきたあの時を、私は未だハッキリと覚えている。

 トリニティにおいて『嵐が丘』と聞けば、古来の伝説──復讐鬼ヒースクリフに没落させられた一族──がパッと思い浮かぶ。

 安晶レイと名乗る彼女、それへと代替わりする前の当主、ジョウゼフ・R(レイモンド)・ヒースクリフが接触を図って以降、伝説から実在の昔話へと在り方を変質させたが、それでも未だに神秘性を保った領域として名高い。

 そんな彼が連れてきた子供は、まったく特異的であるように見えていた。

 身なりの方こそは綺麗だ。髪は左右非対称の長さながらに整えられているし、服装も、古めかしさは残りつつも上品さのうかがえるスーツ姿。

 普通なら何かしらの愛想にしても答えるべきであったのだろうけれど、けれど私にはどこか、

 

「なんて、嫌な子供なんだ」

 

 と、えも言われぬ不愉快さで目を逸らしたくなるような、そう感じさせる雰囲気の重さ、気味悪さが感じられてしまったのだ。

 顔は湧き上がっている感情全てを押し殺したような無表情さ。手は手袋越しにもわかる程に固く握られていて、衣服の隙間から見える肌には傷がいくつも刻まれている。

 私の知る限り、子供はそう無表情さを長く続けられるような気質では無い。

 私の知る限り、子供は手を自壊させそうなまでに固く握りしめたまま、顔を歪ませずにいられるものでは無い。

 私の知る限り、子供は至る所に傷を持っているのが普通の人生などでは断じて無い。

 ……癇癪もしない、泣き言も発さなければワガママも言わない。どこまでも無感傷的で、従順で、寡黙。それは確かに、大人にとっては理想的な子供なのかもしれない。

 けれど笑いもしないし、口を開きもしない。受け入れられようともしない。子供らしくなくて、どことなく世間と隔絶したような、どこかに取り残されたようにしか見えない。

 何より、ずっと怒りと嫉みで身を焼け爛れさせているように見えて、私には到底、同じ子供同士どころか、悪魔でさえ無い、人の皮を被った化け物のようにしか見えなかった。

 ──それも違うものだとわかったのは、お茶会の時であった。

 ポロポロと時々零す破片。小指以外を使った、粗雑の過ぎるティースプーンの握り方。持ち手に指を通して、両手で包んで飲む紅茶の礼儀の悪さ。

 そんなものだから、あまりに拍子抜けもした。彼女は私たちと同じ存在であると知らされたのはそれがきっかけでもあり、しかし若干の気味の悪さを忘れられなくなった要因でもあった。

 何を言われようとも、じっと黙り続け、しかし瞳孔の奥に、わなわなと震える怒り、歯軋りを始めていたっておかしくない嫉妬、それらを当然の権利だと肯定でもしているかのような傲慢。

 オレを憐れむな。オレを蔑むな。オレを否定するな。

 殺す。殺してやる。オレに仕打ちをしたその全員、幸福に生まれてきた事も含めて全部、何もかもを後悔させてから殺してやる。

 その三つ──いや、下手をすれば、それ以上を超えた、形容出来ない負の感情が、ただごうごうと燃えていた。

 違う。彼女は違う。

 彼女は化け物では無い。人間だ。──怒りと嫉妬が生きる糧の人間だ。

 つまるにそれは、彼女があの昔話における復讐鬼ヒースクリフのようになるというかもしれないというのを補強する理由となるのに差異は無く、かえって近寄り難さの要因になってしまった。

 

 ──だから、あの夢は、……あの予知夢は、脳裏に刻みつけられている。

 

 近いうちに、『嵐』が訪れる。

 吹き荒れ、雨の打ち付け、人型とそれを保てていない何かが屋敷を蹂躙していき、ただ瓦礫と武器、人だったのだろう何かが一面へと転がり。

 そんな惨事の中でただ一人、血濡れになった彼女だけが、嘆き、恨み、絶望しながら、膝を着いて項垂れる。

 そうして、茨の絡みついた大剣で討ち取られるのだ。

 

『ヒースクリフ、……ヒースクリフめ! ジョウゼフの奴と、復讐すべき対象を取り上げた大罪人め!……貴様は所詮、……変わり得る事の無い、全ての悪に過ぎないのだ……!』

 

 他ならない──そして不可解な──彼女のもう一身の手によって。

 どこまでも残酷な、回避の出来ない未来の結末。

 

「──レイ? 貴女の言葉を使うのであれば、このような時間は、他ならない『無駄な時間』というものでは無いのですか?」

「……そうですね、失礼しました。些事に熱くなりすぎましたね」

「ごめんね、ナギちゃん。ほら、セイアちゃんもボーッとしてないで早く始めちゃおっか!」

「……ん、ああ、そうだね。さっそく取り掛かろうか」

 

 そんな回想をしていれば、ミカから呼びかけられた事で、今は協議の途上であるというのに気が付いた。

 考えに深く入り過ぎるのも考えものだな。私は改めて今の状況に向き合う姿勢を取る。

 

 内容自体は、以前と差程変わらない。「邸宅」からの接触が無い限りはトリニティ側からも関わろうとするな、というだけの、いわゆる不干渉条約である。

 何か変化のあった所と言えば、『特定人物(ヒンドリー──彼女もミカもナギサも、そして私も難色を示してしまうような大人だ)を捕縛した際、その処罰の権限を委任する』という程度。

 それ以外は特別大きな変化も無い。ナギサが「外交の練習のようなものですね」と前に言っていたのだけれど、そう言っても差し支えは無いようなもので終わった。

 そこでレイは懐中時計を覗き、

 

「それでは、近辺の所に仕事がありますので、失礼します。貴女達はよい午後を」

 

 と言い、早足歩きで去っていった。

 

 ……私は再び、考えに耽る。

 

 あの子供は、いずれ復讐鬼へと──その復讐対象は私達なのか、それとも自分自身か、「邸宅」か──自己の在り方を定義してしまうのだろうか。

 ……彼女の過去を知る事は出来ない。けれど、あの傷、あの無表情、あの内心の燻る負の感情から、ある程度は察せよう。

 ……あんまりじゃないか。あんまりじゃあないか。ただ苦しみ続けるだけの人生なんて。

 私はナギサに声を掛けた。

 

「……ナギサ。どうか、……君は、レイの親友として、あり続けてほしい」

「何を言い出すかと思えば。言われなくとも、私は元よりそのつもりですから」

 

 もしも、彼女が復讐鬼としての道を歩むとしても。あるいはそうではなく、あの結末を迎える側であったとしても。

 それを遅らせるための、幸せなだけの縁は、きっとあるべきだ。

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