嵐の吹き荒れる丘より。   作:■■■■■

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新・あ・お、今・よ・お


十三話 ここではブラックマーケットに踏み込んだ邸宅の二人および"先生"との遭遇による顛末について語られる

 ブラックマーケット──いわば、『社会のはぐれ者』の行き着くところとして、トリニティやミレニアムではもちろん、ゲヘナ、ワイルドハントにおいても基本的に忌避されている地域として名高い場所だ。

 基本的に、と前置詞を置いたのは、少数ながらブラックマーケットに通っていた人も多いからだ。

 例えば、そこでしか売られていない品がある、掘り出し物探しには良い所である、そこでしか得られない『スリル(何かは記述しない。ただ、ソイツは生粋の賭博中毒とだけ記しておく)』がある──つくづく多様な理由だろう。

 後はここを本拠地にしていた輩もそれなりに多い。

 学籍──いわば人権だ──それを持たないけれど、企業に身を置いている訳でもない。そういった引き場所のないのがどうにか食っていくための場所として、おおむねは中層部か浅瀬の辺りに拠点を構えている事も多い場所でもある。

 こういう奴の大抵は、傭兵業や食販を含めた売店で営んでいこうとするのだ。最早レッドオーシャン──売り手側の飽和している産業と言うのに、よくもまあ鬱蒼と繁茂したがる物だ。これ以上増えた所で、出せるセールスポイントも無かろうに。

 

 ……そして、まぁ、……私の生まれ故郷とも言える。私達の現在地からは更に奥地の、深淵──本当の意味で誰も寄り付こうともしない所だと言っても差し支えないところではあるが、間違ってはいない。

 スラムと聞いて、実態に近いイメージ像を浮かべる生徒は非常に少ない。教科書の書いてある事柄に準えたままの想像にあるのは、いわば治安悪化の範疇を出ない──当たり前のようにある腐臭の元凶と目に明かりなど灯しちゃいない生者の画を全く省かれたものである。

 いや、無論、繊細に知らない生徒が信じ難い程に少ないのは良い事だ。それ程に富んでいる環境で生まれて過ごしてきたという証左なのであって、それを悪し様に捉えるのは《ルサンチマン》というそれそのものである。むしろ、想像力の欠如に嫉妬しているのが恥ずかしい弱者の図というものだ。

 

 話を戻そう。

 何度も言うが、私は、私の生まれを好いてはいない。むしろ嫌って、自分から遠ざけようとしてきたものの一つだ。

 目に映る何もかもが汚らしければ、良かったところなんて何一つなく、ただただ嫌な、冬の記憶だけしか思い出せないけれど、……その「生まれた場所」という事実は否定出来ない。

 事実として私は生きているし、幸運にも、すこぶる幸運にも、ジョウゼフ様に目をかけられた事で、上流、……とは言い難いが、生まれた頃よりは何等も質の良い生活が出来ている。

 生みの親に感謝する必要も、ましてや正の感情をどうして伝える必要も無いが、まあ、……最大限の妥協をする分には、マシと言っておく。

 

 

 

 さて、なぜブラックマーケットについてを語ったかといえば、それは今回の居場所にも関わってくるからだ。

 今現在、私たち──私たる安晶レイと寒襟ミツルの二人──がいる場所はブラックマーケットの浅瀬に当たる位置。ブラックマーケット通いにしては甘ちゃんと言ったって過言なまでに甘ったれたそこにいる理由は、他ならぬ水銀弾が関係していた。

 

 至極当たり前の話だが、私たちの取り扱う水銀弾──その原料となる水銀は特定の産地でしか取れない、信じられない程に希少で、少量で、高価なものだ。外、すなわちキヴォトスの一般生徒や民衆のようにおいそれとトリガーを引き、大量に消費して面制圧を図っていいような代物では有り得ない。

 そも、効力事態が、まとめるなれば《神秘》殺し、《恐怖》殺しと研究されている──ゲマトリアの連中が宣うには。《神秘》というのは私たちの心臓とも言えるものであるらしく、《恐怖》とはその反転したものだと言う。

 ……つまり何も分からないが、『黒服』に言わせれば、神秘・恐怖保有者における「終了手法の革命」だと(カスのベアトリーチェ以外には利用する意義も理由も無いらしいが)。

 まあ噛み砕けば、人間殺しを容易にするという事だ。亡霊共を撃ち殺せる代わりに、頭に一発、それだけで人間を撃ち殺せてしまう。とりあえずはそれで終わる話だ。

 

 まあそんなものは良いだろう。

 スラムチックに言えばこんな様に覚えておけば良い──クソ高い、クソ少ない、クソの人殺しにしかねない。

 だから今まで使用範囲を狭めていたというのに、然るに外に流出させやがった*スラムスラング*がいた訳だ。無論、ケジメは付けておいたし、もし同じ真似をすれば『どう』なるかは次の契約者にも見せておいた。随分恐れられた様だが、面子で食っている立場故、無礼には罰をもって答えなければならない。

 ……して、その横流し先の一つ、しかも大口の取引が多いらしい商人が確定したので、ソレと『話し合い』をするために、わざわざここに来訪した、という訳だ。

 

「……して、結局、何がしたいんだ? 当方を連れ回して、まさか雑多で鬱々としている故郷の観光、などと言うハズもあるまいに」

 

 とまあ今回の防衛役として起用した寒襟ミツルも同伴させてきたが、そのデリカシーの欠片も無い言葉に、深く深くため息を吐く。

 今までも私にはそうしていたのは覚えているが、こうも品性を欠かした発言をするとは思っていなかった。その通りであるだけに、コイツの脆弱部を抉り返してやろうかと思ったが、短絡的に復讐するのもまた品に欠ける。

 妥協して、さっさと話題を進める方が良いように思えた。

 

「腕でもへし折られて怪我人気分でも味わいたいって話なら、最初から言ってくれりゃあいいんですよ。ですけど、貴方はゴースト・ハントがしたいだけでしょうに」

「……失礼。つまらない冗談のつもりだった」

「笑えないブリティッシュジョークなら、もう少し品を持った言い回しにするべきでしたね」

 

 それでこれか。彼女が幾度となく主張していた「代々続いてきた【魔弾撃ち】の家系」とやらも、ジョークのセンスは教養として教わらなかったようだ。なんとまあ酷いと呆れながら、目的を言う。

 

「一番はカイザー関係に探りを入れる事、二番には学籍持ちの保護ですね。余計な悪印象を《邸宅》の管理地域には与えさせたくもないので」

 

 カイザーは《邸宅》と長らく険悪だ。

 理由として、主に水銀の争奪戦で不利になっているからであり、次いで圧倒的な数の暴力をより圧倒的な質の暴力で殲滅させられ続けてきたから。

 カイザーにとって、我々の独占する水銀は絶対的な権威の象徴なのだろう。なにせ、ゲマトリアの連中の推察とはいえ、神秘──おおよそ殆どの子供に対して効率的な暴力を震える媒体なのだ。

 キヴォトスでも有数の規模を持ち、数だけとはいえ訓練された暴力の規模も大きく、所有、領有する金も土地もある。

 その『数だけ』を補える武器を望むのも、無理はない。

 ……無論、そんな真似を我々は一片も許しはしない。そんなことを許していられるほど、余裕がないとも言えるが。

 次いでの段落だが、理由は知る気もないとはいえ、私たちの、……ジョウゼフ様が守り続けてきた邸宅とその領土を求めている。

 ラ・マンチャ地区の農産に適した平地、オラン・ヴィルのかつて栄えた廃墟街、ピークォド海岸の見てくれだけ綺麗な海、そしてワザリング・ハイツの荒涼した丘陵。……他にも様々な管理区が残っているとはいえ、はっきり言うなればメリットがない。あるいはソイツらにしか見えていないメリットがあるのかもしれないが、少なくともここまでつぎ込むほどのようには思えない。

 ……まあ、どうこうは言ったが、とどのつまり、存在が腹立たしい輩の牽制になれば良い、という事だ。

 

 二番目に学籍持ちを並べたのは、面子が理由だ。例え知りえぬとしたとて、最初に知る情報が「流出したものを堰き止めようとする努力すらしない」では、「邸宅はやる気のない連中」として見られるだろう。それでは私たちが無様だし、低く見られるのが気に食わない。

 更にいえば、外から見て責任感を持っていないと見做された所は、その後に何をしようと拭えない。第一印象が大半な認識が中心の世界で、マイナスから始まるのが如何にどうしようもないことか。

 ことさら、人の負の競争心を煽るような話題だけを取り上げる、クソッタレのメディア機関ばかりなこの都市じゃ。

 

 ……いや、良い。怒る必要も無い。失望する必要も無い。元からそんな物だと知っていただろう。身をもって覚え続けてきただろう。

 いつの間にか硬く握っていた手の力を意識して解き、深呼吸する。

 とにかく、頭を冷やす一瞬が必要だった。

 

「今更、緊張でも?」

「そう見えるなら、そう思えば良いでしょう」

「なら違うか」

 

 中を見透かすような言動を無視し、ようやく目的地に着いた。

 

「……それで、ここか?」

「ええ。早く終えれば、早く済みますよ」

 

 そのまま二つ目の言葉も無く、手渡された黒塗りの仮面を被りながら私たちは店内に入った。印象としては、やはりブラックマーケットの一店舗──長続きしない類のそれらしく、品の揃え方は大雑把で、対称的に壁紙やら小道具やらに装飾が多い。

 いらっしゃい、という言葉に呼応して、

 

「水銀弾に付いて伺いたいのですが、よろしいですね?」

「おぉ、……ええ、勿論だとも! お目が高いねぇ、コイツは特別な所から仕入れてんだ、人をビビらせるにゃあ丁度いい! なにせ──」

「私たちのところから、横領した特別製ですから、ね?」

 

 腑抜けた声を出して竦んだソレの顎をすかさず銃床で殴りつけ、

 

「何、取って食いはしませんよ。多少の話があるだけです。発話部分はイカれていませんでしょう?」

 

 立ち上がろうとしたソレの肩を片足で押さえつけた。

 

「さて、……【商談】を始めようではありませんか」

 

 売人は真っ先に口を開く。

 

「か、……金を出したって、オレは口を割らねぇぞ……! 誰がてめぇらなんかに話してやるかよ!」

「金? ああ、お金ですか? ッハハハ……」

 

 所感ですが、という前略を私は入れた。

 

「金銭というものはリソースです。無論、時間も、人員も。限られたリソースというのは、ここで消費するにはあまりに惜しい。ある人は『お金を手土産に、目上らしい態度を示せば応えてくれる』などと宣いますが、……下策ですね。それがそれらしく通用するのはスノバリーやプルーデリーの連中、あるいは幼い上流貴族の生まれあたり──」

 

 ……呆れたため息が聞こえる。誰ともわからない声だ──ゲマトリアの言う神秘が云々に由来する認識阻害が始まっている上で、他に人がいなかったハズなので、ミツルのものだろう。それでようやく、下らない長広舌を長々としているのに気がついた。こんな輩、本来は時間を割く必要も無いというのに。私の悪癖だ。

 

「まあ、さっさと言いましょう。下賤如きに割くだけのリソースなど、余っていない」

「てっめぇっ──」

「動けば撃つ。次いで言えば、控えている用心棒も既に制圧を終えてある」

 

 カシャン──愛銃に水銀弾を装填済みのミツルが銃口を向けた。引けば、頭部に直撃するだろう。

 本来駆けつけるだろう私的な護衛も、裏切るように唆して離脱させた。所詮は傭兵で、考えなしな類のソイツらは、端金だろうと、金を目にすればポンポンと旗本を変える輩に過ぎなかった、ということだ。

 やり切れない、とでも言いたげにくぐもらせた声で売人は黙る。

 

「ところで私は無駄が嫌いです。お金の消費も然り、時間の消費も然り、また人員の消費も然り。些事に割くだけのそれは存在しないのですよ──おっと、賃金の削減や人員削減とは意味が違いますよ? カイザーがやたら削りたがるものは無駄では無く、余裕、と読むので」

 

 悪癖も粗方満足したところで、本題に入る。

 

「さて、そこで私は貴方が何を選ぼうが好都合な尋問方法を思いつきまして。ええ、青ざめる必要はありませんよ。──ミツル、私の持ってきたリボルバーがあるでしょう? 弾丸を三発、入れる場所を適当に選んでもらいましょう」

「……ハァ。それがお望みなら」

 

 本気でやるのかとでも言いたげな沈黙の後、渋々承認したように、私の手から六連装を奪い取った。弾丸を滑らせるような音が一つ、二つ、三つ。静かに擦れる度に、喚く売人の声が少しずつ小さくなり、震えを帯びていく。

 そうして、私の手に戻り、親指でハンマーを倒す。

 

「ブラックホーク。スターム・ルガー社が制作したリボルバー銃がどうとか、こうとか。まあ資本主義の犬の武器に興味なんて無いでしょうね。では本題を。──コイツは六連発で、中身は三発が入っています」

 

 空いている片手の親指を上げる──「一つは単なる鉛玉」。

 次に、人差し指を──「一つはこの店の品たる、質の悪い水銀弾」

 最後に中指を──「一つは、私たちの鋳造している水銀弾」

 クツクツと、私は喉を鳴らすように笑う。

 

「中身は私にもわかりません。何せ相談もしていなければ、私が今からシリンダーを回しますので」

「なあ、それ、オレが死んだって……」

 

 勢いを付けてシリンダーを回した後に、遮って言う。

 

「もし大当たり(邸宅水銀弾)中当たり(低俗水銀弾)を引いた所で、私には痛手にもならないし、他に思い当たりだってありもする。ああ、処理所ならもっと良い所も知ってますからね。安心して身を委ねるもヨシ、別に生きたいと思うなら、情報を吐いたって良いでしょう。無益な殺生なんて、時間も奪えば利益もマイナス! なんと価値が無いことだと思いませんか? 商人の貴方にも分かるでしょう?」

 

 それでは、といいながら拳銃の口をソレの眉間に向け、

 

「──では、始めましょうか」

 

 


 

 

「……人の心を投げ捨てるような事を良くも出来るな。拾い直したらどうだ?」

「生憎と、手の届かない程に深くの路地裏へと棄ててきてしまったので。今頃は靴底にへばりついているのでは?」

 

 そんなヤケクソじみた私の物言いに、まあいい、と溜め息混じりに話に一区切りを置いたのはミツルの方からだった。

 あまりにもつまらない仕事終わり、衣服に付いた汚れをさっと払って、『尋問』の痕跡が目立たない程度に整えた。

 

 ──結局の所、あの商人は全部を吐いた。余程死ぬのが怖かったらしく、汚らしく泣き喚き、体液を撒き散らしながら。

 聞けば、誰かが「この水銀を売ってみないか」と聞き、その質の良さ・利益の高さに釣られて買ってみたはいいが、供給が少なくなり(およそ私がケジメを付けたからか)、困窮したそのバカは水銀を薄めながらやりくりして、今に至るのだそう。

 人相書きを見せながら尋ねたが、どうやら異なる顔なのは間違いないそうだ。性悪の癖があり、また見たものしか書けないという制約付きだが、才覚についてはお墨付きの画力(とジョウゼフ様が褒めていた)を持つ一人に描かせたので間違いない。

 私は本当に嫌気が刺した。晒し首にすべきクズがより増えたのもそうだし、早急に終えなければ危うい類の連中だったからだ。

 金稼ぎしか見えない輩は、後先を考えない。無責任だし、もっと言えば自分の評価がどうなるかも鑑みないし、そもそも私たちに殺されて晒し首にされる、という可能性を考慮しない。

 どこかで知った言葉を使うなら、【無敵の人】だ。失う物がほとんど何も無いからこそ、何でもやる。あるいは後々失うなら今から暴れてやると考えているのかもしれないが、どちらにしても迷惑だ。

 弾も無駄にすれば、人の時間も無駄にさせる。手入れの手間も増やさせる。一体どこまでみっともなく生きて、私たちに迷惑をかけていないと気が済まないのか。つくづく、つくづく面倒で迷惑で腹立たしい。

 司教杖を持つ手は強く握り、靴音も荒い。自分でも明らかに苛立ちが外に出ていると感じられる。品のなっていないと心の奥底で自嘲する中で、私はやはり根底が変わらないのだと理解する。

 根底は()()()なのであって、いくら成り上がった所で、そしていくら貴族らしさを真似た所で、結局は貴族気取りなのだ。

 ジョウゼフ様のような、日頃より正しい様であり続けるのは出来ないし、迂遠に詰ませていくよりも、正面から手荒に叩きのめす方が性に合う。

 そう考え始めた所で、それを咎めるようにミツルが口を挟んだ。

 

「思い詰めすぎだ。およそ『なぜ自分はジョウゼフ様のように〜』などと思っちゃいるだろうが、所詮は他人だぞ?」

「……喧しい。知らないから言えるでしょうに」

「知らないから、言えることもある。それに、それなり程度の付き合いがある奴にクネクネされた所で、感じるのは気持ち悪さ以外にない」

「気持ち悪いだァ……?」

 

 いつだって、ミツルは私限定でデリカシーが無い。人の思いも知らないで、いつだってつまらない正論を吐く。自分はいつまでも未練がましく思う相手がいるのに、よくも言えたものだ。

 

「……ったく、貴方の*邸宅スラング*のお陰だかせいだか、今は考えるより殴ってやりたい気分ですね」

「壁ならいくらでも」

「貴方の顔です」

「野蛮だな」

「させたのは誰だか!」

「自業自得だろう?」

*コリアンスラング*並にクソな回答ですねッ!」

 

 そうしていつも通りに言い負けて、肉体言語で解決しようとした所で──大抵殴り勝つのはミツル側、元浮浪者と武家生まれは力の質が違う──、彼女は別の方向を親指で指した。

 

「さて、所で彼とは知り合いだろう?」

「そうやってまた話を逸ら……」

 

 そう言いながら目線だけは見やると、そこには先生が居た。事もあろうに、どう見たって私に手を振っている様子で、明らかに意識するべきものだった。

 お前は人に野蛮を晒すつもりか、スノバリー(紳士気取り)? ──目で語られる。

 とっととくたばれクソ野郎。──目で罵る。

 死ね、と直球さの過ぎる怨念を飛ばさなかったのは一種の温情と思ってもらいたいものだ。そも、ここまで自重ができる私の方が、ある一定は理性的ではなかろうか。

 自分で自分を無理やり納得させながら、私は他者宛の態度を取り繕う。

 

"レイ〜! 日直以来だね!"

「……まあ、そうですね。まさかここでとは思いませんでしたが」

"それは確かに、そうかも。ちょっとワケアリで、あるものを探していたらここまで……。"

「……忘れるべきですかね?」

 

 "無いかな。"と先生は笑って答えた。後ろからは「味の無い会話をする」とでも言いたげな鼻笑いが聞こえた。誰が間違えようか、ミツルの物だ。

 あの野郎は根底が悪魔なので、ああも人をせせら笑っていられる。邸宅ではナーバスになりやすい癖して、私を嘲笑う時はいつだってこうだ。すぐに気が悪くなるワケでも無いが、強い上にこのクソ悪魔のストッパー役──上羅(かみら)ルカがいなくなった事は、やはり、様々な意味で大きいように思える。

 

「先生、もしかしてだけどこの子と知り合い?」

"そうだね。多分皆は会ってないけれど……。"

「と、自己紹介を忘れていましたね。失礼ながら名乗らせて頂きます──私は安晶レイと申します。皆様とはあまり関わりのない区域に普段生活していますが、以後お見知り置きを。ミツル、貴方も挨拶を」

「当方も巻き込むか……」

 

 面倒そうに溜め息を吐きながらも(呼ばれて当たり前だろう)、挨拶は手短に済ませて本題に入ろうとしていた。

 

"所でだけど、私たちは今製造中止になった兵器を探しているんだ。そういうので、何か目星が付きそうな店ってあるかな?"

 

 それを聞いて、私は短く唸り声を上げるしかなかった。

 ……その話題には些か疎い。スラムの輩共が如何に生活をしていたか、ならわかるが、その浅瀬はわからない。

 極北の狼が南米の野犬の一日を知らないのと同じように、私は深層──あまりにも汚れたスラム街の空間しか知らない。故に力にはなれなかった。

 

「その辺は私の疎い話題ですね。先生に容易く協力してくれるだろう方なら伊澄真エリがいますが、彼女は今、すこぶる忙しいですから」

"そっか、じゃあ仕方ないかな。"

「でもモモトークなり電話なりで連絡くらいは出来るでしょ?」

「不可能だな。通信手段を持たないのがほとんどだし、そもそもを言えば、君たちの持つ携帯電話が通じない。陸にできた孤島さね」

「そんなバカな話あるの!? 今は皆携帯を持ってて当たり前みたいな時代なのに!」

「ありますよ、ここに」

 

 なにせ私は、それらを一年前まで知らなかったのだから。それも付け加えれば、有り得ないというような顔を全員が見せた。

 ミレニアムに所属した当初によく取られていた反応だ。今は流石に慣れたが、前はその度に「また同じものを見させられるのか」と嫌気が差したものだ。

 もっとも、今も差しているといえば、そうではある。結局、慣れただけだ。

 ──と、先生が焦りを含んだ音色で声を掛けた。

 

"武装集団が来てるみたい、身を隠して!"

「当方らはほぼ無関係ではあるまいか──」

「従って損はしないかと」

「……そうか」

 

 言われるままに先生の近くへと位置取ると、見えたのはマーケットガードに護衛されているらしい一台の車。そこから一人が降りて、何かの取引をしては、品物──現金だ。それを置いて去っていった。

 カイザーローンか。ミツルが憎らしく言った言葉に皆が反応して、密かに騒々しくなる。

 

「良く知っていますね。何か縁でも?」

「有るさ。家系が取り潰しになった理由だよ」

「……失礼しました」

 

 謝るな、と言うミツル。

 

「驕りなのだろうな。嘗てキヴォトスの七大名門最高峰であった家を取り潰せて、その当主だったのをこき扱い、使い終わった入場チケットどころか、何にもならないショボイ紙クズのように捨てるのが余程楽しかっただろうさ。今や唯一の生き残りは借金逃れを選び、家宝を持ち逃げした、どこまでも不名誉な恥さらし扱いだ」

"……酷い。"

「酷いのは返せない見込みも立てずに借りた方だ。返せないなら、家も、家族も、誇りも取り上げられて当然だろう。……思うところはあるが、それはそれで、これはこれだ」

 

 気に病むな。そう言いながらも、口を真一文字に閉ざすミツルは間違いなくカイザーローンを憎んでいた。

 それもそうだ。自分の一切を理不尽に奪われて何も思わない人はいない。何も恨まず、何にも八つ当たりしない人はいない。

 いつまでも纏わりつく苦痛を友と出来る人など、そう多くは無い──あるいは、この世に決して存在しない。

 

 と、気を入れ替えるような口調で、先生はある事を言った。

 

"……よし! 銀行強盗に参加しない?"

 

 ──なんて? こう思った。

 ──何を言っている、コイツは? こうとも思った。

 そりゃそうだろう。精々マトモな大人だと思ったら、急に気の狂れた戯言をほざくのだ。意味がわからなくなるのも当然だし、下手をすれば【黒服】の方がまだマシかと思わせられるような発言だ。間違いなく「よし!」で始めていいものでもなかろう。

 それは隣も思ったのか、暫く固まったままだった。

 

「な、何がどうしてそうなったんですか?」

"まず製造中止の兵器を探しているってのは伝えてたでしょ? それなら集金確認の書類を見れば良いってなった。"

「はい」

"でも今は銀行の中にあって、それを証拠とするには難しいのはイメージ出来ると思う。"

「まあ、はい」

"それを銀行強盗のどさくさに回収できるでしょってなって。"

「はい?」

"で、今。"

「『で、今』と違うんですけど?」

 

 聞いても動線がわからない。何がどうだかだ。

 道端にあった理髪店のクーポンを拾ったら真性の暴力集団が報復しに来た、が如き脈絡の無さじゃないか。思わず頭を抱えた。

 

「ん、大丈夫だよ。計画ならちゃんと組んであるし」

 

 違うそうじゃない。覆面マスクを被って、あからさまに「今やらねばいつやる?」と示したげなそれを見て、余計に理解を放棄したくなった。

 

「……なあ、乗らないか?」

「乗りませんが?」

「乗れば、コイツらに責任をおっかぶせた上で当方は好き放題にダメージを与えられる──これほど貴重な機会はそうあるまいよ?」

「アンタ何言ってんですか?」

「実際今回に限って、我々はほとんど傍観者みたいなものだったろうに──たかが二人だ、なんとでもなろうよ」

「もしかして私を巻き込んだ上でブレーキ役にもしようとしてます?」

 

 言っていて、間違いなくそうだろうなという嫌な確信があった。

 

……銀行強盗が! 十分に! ……十二分に犯罪であることを周知してもらいたいのですがね!

 

 どの道、今は周りのそれに合わせるしか無さそうだった。

 仕方なく仮面をまた被り、面倒事に巻き込まれる覚悟でもする事にした。

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