嵐の吹き荒れる丘より。 作:■■■■■
斯くして銀行強盗は、私たちに一切の損害無く成功した──私なりの言い方に基づくなら、成功してしまった。
こう言い回すのも当たり前だろう。そもそも、銀行強盗は犯罪だ。存在そのものが犯罪のスラム街にいて、かつ生存そのものも犯罪の浮浪者だったからこそ、その認識が大きい。
まずもって銀行強盗を発想させて、それを実行するのがおかしい。
別に考えることは自由──思想及び良心の自由に基づくべきだが、それを始めたら、倫理的にも法的にダメだろう。現代社会の倫理観はどこに行ったのだろうか。それとも適用などされないのだろうか。
もっと言えば、乗るな。犯罪は犯罪だろう。
それを「相手が悪いから」──いや、実際にカスで愚図なクソ野郎に違いは無いが──さりとて黒に黒で対抗したら、五十歩百歩になるだろうに。なぜそこでそれを肯定して手を染めるのか、理解に苦しむ。
それを肯定する先生も先生だ。こともあろうに、生徒を健全に育て、責任を持つべき存在が何をしている。好きなことを好きにやらせるのが教育でも無ければ、特定層の後始末だけしかしないのも尻拭いとは言わない。ジョウゼフはこういう時、間違いなく躾けていただろうに。
さらに言えば、寒襟ミツルもどうかしていた。
案の定と言うべきか、今までにやられた事の恨み晴らしがごとくミツルの大暴れもあった事で、それはもう、今後は観光スポットにすることを検討すべきかも知れない程の大損害ぶりであった。
特定を極度に困難にさせる認識阻害の仮面を被っていて、かつ後始末をする必要性も薄いブラックマーケットだったからできた所業なのであって、こんな真似があちらこちらで出来るワケも無い。
というか仮に出来たとして、クソほど面倒くさい。それを達成する事が可能なのかと、やりたい事なのかは本質的に違う。
大体、私は面倒な事が嫌いだ。事前準備、アドリブの準備、後片付け、……全部面倒だ。ほとんどの人ならば、可能な限り少ない手数で、可能な限り早く、かつ余計な横槍も無く終わる──より望むなら後始末も楽なのが理想だ。
そういう、時間と金と、更には体力とを浪費するような事柄を増やしたいとは、一欠片たりとて思えない。
……それはそれとして、銀行が半壊する様を見るのは楽しかった。ざまあ無いな、とも思った。
それは犯罪であるだか、それは品位のなっていない事だか、ともかく死ぬほどつまらない貴族気取りの戯言を公言した手前では言い出すのは難しいが、やはり*スラムスラング*がベッコベコにされて泣かされているのは、愉悦出来る。
そりゃあ、嫌いな奴が怪我でもしたら愉快だろう。度合いが大きければ大きいほど因果応報だとバカに出来る。聖園ミカが怪我して病院送りになったのなら、そりゃあ嘲笑いに行くとも。後でやり返されるだろう事も折り込みで笑いに行く。
まあ、生死の境まで行ったら、多少思う事は出てくるが──例えばヒンドリーとかの、死んで欲しいほど嫌いなクズを除いては。
……まあ問題なのは彼女らだけで、私たちはそう深いものでもない。覆面水着団だか言うバカみたいなネーミングセンスのそれの責を負うのはアビドスの連中だ。
なら、本質的には部外者である私たちがそう綯い交ぜにされる事は少なかろうよ。私はそう結論付けて、目の前の事柄に意識を向けた。
現状はさながら邸宅のように芳しくなかった。その書類が語っていたのは、カイザーローンが徴収していた金額の多くが、任務補助金としてヘルメット団へ横流しされていたという事実だった。
書かなければ良かったものを、無駄に律儀なのには気になる所だ。『黒服』か? アレは契約を重視するきらいがあるので、もし協力するつもりなら(現状においてそのつもりはないけれども)、アレがその知識を植え付けたという可能性も考慮する必要はありそうだ。
……それはそれとして、こういう場にいる以上は何か考えの一つでも出しておくべきか。
「学校が破産したら貸し付けたお金も回収できないでしょうに……」というノノミの言葉に、私は一言だけ言う。
「土地が目的なのでは? 『ローン』という名に恥じず、土地か施設か、その両方かでも抵当に入れているのだと思われますが」
「土地? 砂漠ばかりなのに、一体……」
「案外、下らない目的かもな。七大名門を潰せた、ならば次は学校のどこかでも廃して、自分のモノにしてしまえだとか、何とか」
「そんなのだったら、カイザーローンはどれだけ強欲で、どれだけ私たちをバカにするつもりなの!」
癇癪玉のような怒りを含めた物言いに、私は心の底で同意する。
カイザーは搾り取れるなら種の一粒まで搾取し、薄ら色が付いただけの水になるまで薄め、それを高値で売る。世界の
だから嫌いだ。アレで上流を気取っている事があまりに無礼で、あまりに不愉快で、あまりに、……あまりに憎らしい。
人をどこまでもバカにして、自己中心的で、下品な連中。
脚の組みを変えて、ため息を吐きながら、私は思う。
所詮、そういうゴミだ。ヒンドリーと同程度のクズ風情。誰にも愛されるべきでない塵芥。
そう結論付けた。
「まあ、『敵は何を考えているかわからない』という事がわかっただけでも進捗だな」
「進捗、……ですかね……?」
「無知蒙昧から"有"知蒙昧になるだろう? それに、嫌悪感の走るクズの頭がおかしいとわかれば、『ヨシ、全員殺すか』と気分も据わる」
「うへぇ、随分と物騒だ〜」
戯言をほざくミツルに内心辟易しつつ。
これだから俗語で言うところの【脳筋】は。物事を単純化した二元的に捉えて、相手の生殺与奪を軸にした考えで見たがる。……まあ、実際、ハウンドは複雑な考えを挟んでいられる暇が少ないのは、そうだが。
だにしても、ミツルは特に考えが殺伐としすぎだ。もう少し、物理の行使にしても半殺しにするか、あるいは社会的に殺すか、くらいの観点は持っていただきたい。
よくもまあ、ジョウゼフ様はこの狂犬を上手く飼い慣らせたものである。私には未だ手に余る暴力装置だ。
さて、ミツルが物騒を言ったは良いけれども、議論はどうも行き詰まったように伺えた。カイザーコーポレーション本社の息が掛かった行動であると見ても過言では無い、という現状のアビドス高等学校──果ての見えない借金を抱えているそうだ──ではどうしようもない結論が出ただけ。
さらに言えば、私たちは無論、ヒフミにも打開は不可能だ。
私たちの陣営は、そもそもとしてこれに首を突っ込む必要性が少ないのもあるし、もとより今ここにいるそのものが偶然だ。彼女らを認識し、あまつさえ『邸宅』として、庇護下におく意義もない。
ヒフミにもどうやら人相応の正義感はあるらしいので、ティーパーティーを通じてナギサの耳にも届くだろうが、およそ私と同じ考え――利潤が少ないのに、必要な兵力は多くなる見積もりを立てねばならない――を導き出すだろう。すなわち、よほど心の贅肉が分厚くない限りは、甘い見積もりをしないだろう。
その認識の下、私は桐藤ナギサの判断以上に「大人」らしく、順序をつけて考えるべきだ。「すべては救えない」――それを、己の身体と、そして見てきたそれらたちの末路を、この中の誰よりも色濃く知っているのだから。
あくまでも不可能は不可能として処理し、席を立とうとした時、小鳥遊ホシノも同時に席を離れ、私になにか手招きするような所作と合わせて、唇を動かした。
――少し、話でもしない?
私が否定する一瞬の間も無く、
「おじさんたち、少しお手洗いに用事があるから、行ってくるねぇ~。ね、レイちゃん?」
「なんっ、……いや、ハァ、……随行しますよ」
退路はどうやらなくなったらしい。周囲より一言か二言、いってらっしゃいやら、どうぞやらと言われながら、臨時的に会議室として扱われているらしい教室の一つを、ホシノと同行して出るしか無くなっていた。
よくもまあ、私を無理に乗せてくれる。溜息をストレスと混ぜて一挙に吐き出しつつ、私は素直にその選択肢を受け入れた。
かの教室から距離を離し、どこかしらの一部屋に入ってから程なくして、ホシノは口を開いた。
「いやぁ~、ごめんねぇ? おじさんの話に付き合わせちゃってさ」
「結構。そうやって呼び止める以上は、何か実入りのある話題であることを祈りますがね」
「まぁまぁ、そんなきっちりとしなくたっていいでしょ~? 休み休み、ゆっくりやっていかなきゃだよ」
「そうしていられる暇が、私にはありませんから。一分一秒が惜しいもので、それこそ寝る時間の一時間も削らなくってはならない」
そう言えば、ホシノはどこか私が正気を失っているかのような、はたまた理解したら負けだ(私が予算の話をしたときのミレニアム生の顔でもある)とでも訴えるような顔つきで私を見る。何が悪い。
「動物性たる本能に抗って義務を果たすのは、人間らしさの象徴でしょうが」
「休むべき時には休むべきだよ……」
まあ、ともかくとして、とホシノは呆れたような口調をしつつ、どうやら本題へと話を進めるようだった。
「ブラックマーケットで何をしていたのかについて教えてほしいってだけなんだけれど。言いたくないなら、それでもいいよ」
私は「ふむ」と返事をしながら、一時考える。
水銀弾については言及できない。アレは、私たちの手の上でのみ管理されるべきもので、そもそもブラックマーケットに流れていることさえ許されない代物だ。
あの二枚舌の畜生未満も当然処断したし、今後はそれを売っている愚か者も見つけ次第頸を吊さなくてはならない。仮に、目の前の彼女が耄碌してそれを使いたいと言うのも避けるため、必要最低限だけで終えておくに問題は無い。
「概ね先生、……アビドスの貴方方と似たようなものですよ。表沙汰では明かせない、違法な代物です」
「それって、ちょっとだけでも言えないタイプの?」
「ええ。見つけにくい割に、他へと流出したら外交問題になる類の。ヒントはこれだけですよ。貴方とて、不必要な戦闘はしたいとは思わないハズだから」
「さすがに、無意味に戦いたいなんて思わないよ。おじさんだって、今の状況で敵を増やしたいとは思わない」
理性的な視点で、彼女は話を続けた。
「でもまあ、今回は私たちの都合に振り回しちゃっていろいろとごめんね」
「――嵐が丘の館主さん」
すんでの所で、私は司教杖を――血を硬質化させて形成した鎌を振るうところだった。彼女は知っていた。あるいは、私に鎌をかけたのか?
……いいや、後者だ。ほんの少しの微笑みの中に、驚きの感情が混じっていた――「本当だったんだ」とでも思っていそうな目の色だ。
まわりの環境音が静かに全て消えたように思えるくらい、聞こえにくくなった。代わりに、自分の心臓が早鐘を打つ音が鮮明に訴えかけ、呼吸の吐息が嫌に耳障りで、なのに強調して聞こえる。今すぐにでも逃げ出したいところだというのに、脚は鉄パイプが刺さったかのように、動きが鈍くなっていた。
「あの黒い仮面だったり、衝突地点で爆発を起こすハンマー。銃とハンマーにあったあの彫り込みもそうかな。そういう代物はキヴォトスじゃ見ない。そういうものって、大抵はミレニアムのものだけど、仮面については明らかに科学で説明できなさそうだし。あと、ミツルちゃんが若干レイちゃんを立てて行ってるようにも聞こえたんだよね。……昔らしくて、しかもオカルトっぽいならって、ちょっとだけ賭けに出てみたんだ」
「……嫌なものですね、そういうカマカケに反応する自分の浅見が」
鎌の変形を解き、杖へと戻しながら呻く。
ここで動揺してしまうから、私は完璧で無い。ジョウゼフ様のように、内心を明かさない姿で立っていられない。
知ろうとしてくる目が私を見ている。好きじゃない目だ。隠したい記憶をまさぐっているようで、気分が悪い。
それに反応する私にも、気分を悪くさせられる。
「でも、思ってたよりその場所のことを良く思ってるんだね」
「……ハ。よく言いますね。そうじゃなかったら滑稽ですよ?」
「それなら、あんなに義務だかどうだかなんて言わないし、そもそも館主の道なんて選ばないでしょ」
ただのジョウゼフ様への義理立てだ。自分自身を卑下するための言葉をいくつも思い浮かばせ、しかし泡となって消えていく。その言葉を選べば、ジョウゼフ様にも不義理を働いてしまうような、そんな直感があった。
「それに、……大切な場所を守りたいって気持ちは、私にもよくわかるから」
――けれどもそれは、全ての発言に重みを伴わなければならない理由とはならない。
少し前、先生が口にしていたものが頭の中で反芻される。
ああ、くだらない、くだらない。
その選択肢に意味は無い。その選択肢に利潤はなく、得られたとして、飯の種にならない『達成感』と『自己満足』。それで空腹を満たせるハズも、喉の渇きを癒せるハズもない。ただ徒労に終わる可能性が高く、故に、優先順位はどこまでも低い。
……同情心で、思考が揺らぐ。
どん詰まりで、身動きの取れない彼女らに、つまらない『同情心』で援護をしたところで何になる? 必要のない労力を、ここで割いたとて何になる? それは不必要な感性で、意味を持たない倫理で、否定されるべき思考回路、……そうでなければ、ジョウゼフ様のように、邸宅を残せてゆけない。だから切り捨てろとささやく自分がいる。
一方で、かつての私のように誰からも手を差し伸べられず、なのに未だにもがいている彼女たちにどうか、なにかしてやれるかと思い、後付けの屁理屈を考える自分もいる。
社会全体が私を見下すから。過去に侮辱されたから。今まで迫害されたから。
過去の私がそういった理由付けをしようとして。――それでもと喚く、現在の私が耳障り。
「……もし、必要としたのなら。私たちの力を求めるのなら。……『亡霊狩り』を、命じなさい。それこそが、私たちの最大戦力を駆けつけさせる声だから」
「……うへ。レイちゃんってさ、思ってたよりも優しいね」
「優しくなどないですよ。これは、ただ、……単に、同情です。つまらない同情。意味を成さない憐憫と、全くしょうも無い救済欲求。それらも綯い交ぜにされた、侮蔑されるべき感情だ」
結局の所、私は、過去の自分を黙殺することで目をそらした。「ここで協力することで、先生という人物に好印象を抱かれるのは悪くない。個人に限らず、その組織全体への好印象を持ってもらえることは、ひいては【嵐】を退けられるから」と、そんな屁理屈をこじつけて。
これは、逃げじゃない。……そう、投資だ。黒服が好んで使いたがる、いわゆる投資行為の一環だ。
あるいはマネーロンダリングとしての活用とでも言い訳は立つ。所有している金銭のすべてが綺麗な資金、という事は無い。褒められたものでない手法でかき集め、接収し、あるいは本来処罰されるだろう手口によって得たものも少なくない。
それらを、カイザーを退けた後にアビドスから土地を買い上げ、その中に混ぜておけば良い。後は貸し地として、住民から土地代でもせびるなり、なんなりすれば、良好だろう。
そのための偽善的な救済活動だ。
自分を過度に低める悪癖と知りながら、打算的に――露悪的な観点あっての行動であるように心で矯正する。
最近はあまりにも、……あまりにも、心の平穏を無くさせるようなことが多くて、気疲れする。近頃はミレニアム内でもつまらない撃ち合いが発生するようになった。意味の無い撃ち合い、意味の無いいがみ合い。これがないだけで、どれだけ余計な調停をする必要がなくなり、どれだけ無用なカフェインを摂取せずにすむのだろう。
私ばかりにだけ、世界は厳しい――違う。この社会が、どんな事情であれ、ほんの数ミリだろうとレールを外れてしまった存在に厳しい。
「話は、それだけでしょうね」
「う~ん、……まあ、そんな感じかな」
「無いのなら、私は早くここを出ます。寒襟と、ハウンドの幾班かに話を通しておかなければならないようですから」
私は早々に部屋を出ようとした。これ以上目を合わせていると、余計な嫉妬感情と罪悪感を感じとってしまうかもしれないからだった。
今考えるべきは、ハウンドのどの課に行かせるかであって、自分の感情についてでは無い。三課は適応のために訓練を始めているので、出すには尚早。二課は現状において一時欠けるのも辛い存在で、一課は最高峰な分に、人と合流させるには癖が強すぎる(ミツルが性格問わず選り好みした即戦力の集まりだから当たり前だが)。
……だとするなら、四課だろうな。対人を全勝できる程度には実力がついた分、他に比べれば驚異的、かつ大きな痛手を伴わない。そのぶんの穴は自分が埋めることになるだろうが、マァ安い。これで多少の整いはするだろう。
――その考えを断ち切るように、一言。
「お互い大変そうだけど、頑張ろっか」
「……そう、ですね」
沈黙で返すには、あまりにも感情の処理が追いつかず、乱暴に会話を終えることもできず。
返答にもなっていないような言葉で、戸を力の失せたような後ろ手で閉めることしかできなかった。